【伝蔵荘日誌】

2013年4月13日: 朝鮮半島の行方 T.G.

 2008年9月の日誌に、「金正日総書記の政治生命が終わったとき、彼を引き継ぐ後継者がいない。 北朝鮮はすぐさま四分五裂するだろう。」と書いた。 まったくの見込み違い。大いに不明を恥じる。北朝鮮は若い三代目が引き継いで、依然として意気盛んである。貧困にあえぎながら、一向に国が潰れる気配がない。アメリカを相手に大芝居を打っている。世界の一大奇観と言えるだろう。

 この見込み違いの原因は二つある。一つは、権力者が人民の飢え苦しみに何の痛痒も感じなければ、どんな不条理な独裁体制でも維持出来ると言う真理に気付かなかったこと。二つめは、この国の人たちが“進むべき道を自ら切り開いた歴史を持たない民族”であるのを忘れていたことだ。だからこの国にはアラブの春もジャスミン革命も起きない。シリアのような反政府勢力が生まれない。李氏朝鮮時代以前から現在に至るまで、この半島の人々は自らの意志と努力で国の将来を決めたことがない。フランス革命や、ロシアの共産主義革命や、アメリカの独立戦争や、日本の明治維新のような経験がない。最初は中国(支那)に始まり、続いてロシア、日本、アメリカなど、いつも他国に命運をゆだねて来た。国民もいまだにそれを良しとしている節がある。

 もう一つ予想が狂いそうなことがある。西ドイツが東ドイツを吸収したように、朝鮮半島の統一は韓国による北朝鮮の吸収合併による思われていたが、最近どうも雲行きが怪しい。北朝鮮の恫喝が最高潮に達した4月11日、それまで強気の発言を続けていた朴大統領が突然北との対話を言い始めた。 それも与党セヌリ党の強硬派議員の反対を押し切って。おそらく彼女の心中には、一連の北とのいざこざで、せっかく築いた経済成長が吹っ飛び、元の途上国に戻ってしまう恐怖が湧いたのだろう。韓国経済は脆弱である。国家資本の蓄積は乏しく、大方を外資に依っている。絶好調サムスンは資本の過半が外資だ。円安ウォン高で輸出も先細りである。外貨準備も乏しく、外資が逃げ出したら国が潰れる。実際1997年の通貨危機の際はそうなった。IMFの禁治産国に成り下がった。北が巻き起こした混乱がその再現になるかもしれない。その恐怖が彼女に膝を屈しさせた。失うものが多い金満国家韓国は、失うものがない北朝鮮には抗いようがないのだ。

 こういう情勢になって、国内からも離米、親中の動きが出始めている。韓国政府の金大中顧問は朝鮮日報のコラムで「米中二股外交」を主張している。「アメリカも大事だが中国もそれ以上に大事。北朝鮮問題の解決は中国に依存するしかない。二股外交やむなし」と堂々と言い出している。朴大統領の北政策の変容は、こういう国内世論の後押しもあるに違いない。先祖返りというか、日韓併合前の、支那、ロシア、日本を天秤にかけた二股、三股外交の復活である。これではアメリカも馬鹿馬鹿しくなるだろう。いったい今まで汗水かいたのは何だったのかと。朴大統領は、民主党政権時代の日韓通貨スワップを蹴って、中国と通貨スワップ協定を結んだ。もう日本を頼りにしない。97年のようなことがあっても、日本ではなく中国に助けてもらうという決別宣言である。果たしてそううまく行くものだろうか。中国は日本のようなお人好しではない。

 韓国の情勢変化について、米サンディエゴ州立大学のホフマン教授は、ロイター誌のコラム「朝鮮半島の用心棒役、米国から中国に交代を」で次のように言っている。「米国はこの60年間、多額の軍事費用を担って、韓国の用心棒役を務めてきた。この負担は米国の国家予算を圧迫するのみならず、38度線の両側で米国への反感を生み出した。韓国軍の士官候補生を対象に2004年に行った調査では、北朝鮮よりも米国を「国家最大の敵」だと考える人のほうが多い結果となった。」と述べ、「もうそろそろこの引き合わない役目を中国に引き継ぐべきだ」と結論づけている。最近アメリカ国内でこういう論調が増え始めている。

 米軍が韓国を守っているのは行き掛かりである。日米安保やベトナム戦争やイラク、アフガンのように、アメリカが望んだことではない。60年前、金日成の軍隊が突如38度線を越えたとき、戦後処理で駐在していた米軍は予想もしなかった戦いに巻き込まれた。不意を食らって東シナ海に突き落とされそうになった。慌てた本国から援軍が駆けつけて、かろうじて38度線の北に押し戻した。以来やむなく38度線防衛に当たっているだけである。「金食い虫の引き合わない役目」はアメリカ人の本音だろう。在韓米軍は日米安保による在日米軍とはまったく異質なのだ。徒労に過ぎないのだ。米軍は半島における有事の際の指揮権を2015年に韓国軍に返す。それに伴い、駐韓米軍の段階的引き上げにかかるだろう。アメリカ経済が逼迫しており、いつまでも3万人にも上る兵力を置いておけないのだ。

 日経ビジネスに、日経編集委員、鈴置 高史氏と木村幹・神戸大学大学院教授の、朝鮮半島情勢に関する刺激的で興味深い対談が載っている。

 曰く「韓国株まで揺さぶり始めた金正恩の核恫喝」
 曰く「保守派も米中二股外交を唱え始めた韓国」
 曰く「米国が韓国に愛想を尽かす日」等々。

 対談の末尾で二人はこういっている。「韓国が米国離れしてしまえば、東アジアの国際秩序は、かつての本来の地政学的な状況に戻る。 朝鮮半島はアヘン戦争前の中華帝国の支配下に入る。」と。つまり南北朝鮮は、中国をバックに核を持つ北朝鮮と、金のなる木、サムスン、ヒュンダイを有する韓国が、中国の指導力の元統合され、圧倒的力を持つ中国の冊封国状態に戻ると言うことだ。いわば中国傀儡国家北朝鮮による半島統一である。

 これは日本にとって悪夢でもある。明治維新以来、日本がもがき苦しんだのは、この一衣帯水のところにある、相対する中華、小中華帝国との軋轢である。それにロシアの南下圧力が加わり、国家存亡の恐怖に苛まれた。その結果、日清日露の戦争、日韓併合、満州国樹立、日中戦争と足掻き続けた。その状況の再現である。二人は対談を次のように締めくくっている。

 「そうなると中国は韓国や北朝鮮、あるいは台湾まで含めて日本包囲網を作ってくるでしょう。それに応え、日本の左派や従中派は「外国軍が駐屯していない韓国を習おう」、「米国を除いたアジア共通の家を作ろう」と言い出すでしょう。でも中国の属国になったことのない日本の人々が、中国の風下で生きていけるのか――。」

 3年前、中国に阿って東アジア共同体などと馬鹿なことを言い出した首相がいた。明治維新後の日本は、もがき苦しみながらも独立独歩を守る努力をしたが、今日の日本にそう言う気概が残っているのだろうか。かってのように国民が一致して難題に立ち向かうことが出来るのだろうか。やはり悪夢と言うほかない。

 

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