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2013年1月30日: アベノミクスの行方 T.G.

 マルクス・エンゲルスのレトリックを借用すると、「一匹の妖怪が世の中を徘徊している。アベノミクスという妖怪 が。」と言う状況である。(マルクス・エンゲルス「共産党宣言」

 アベノミクスなる話題で世間が喧しい。金融政策なんか目に一丁字もない新聞記者やテレビキャスターが、訳知り顔でしゃべっている。誰が付けたか知らないが、安部新内閣の金融財政策の呼称だという。昔アメリカ大統領レーガンにちなんでレーガノミクスなる言い方があったが、あれをもじったのだろう。それにしても驚いた。安部内閣が何もしないうちに、日経平均株価が2000円近く上がり、円安が90円を超えた。口先介入すらしていないのに、いったいこれは何だ。景気は「気」であることを実感する。今まで何をやっても駄目で、日本人が夢にまで見た円安が、あっという間に実現された。もう経団連は四の五のつべこべ泣き言は言えない。まあせいぜい頑張ってくれたまえ、米倉君。

 この気分の大転換は、この3年半のあまりにも杜撰で、あまりにも無能な民主党政治に、絶望的な気分に突き落とされていた国民が、そこからやっと抜け出せそうだという、一抹の安堵感が生むのだろう。そう言う意味では政権交代も悪いものではない。しかしながら反動も出る。成功には(まだ成功しているわけではないが)妬みも出る。さっそくドイツのメルケルおばさんが一発かました。「アベのやり方は間違っている。アベノミクスは通貨戦争を誘発する行き過ぎた円高是正だ」と。よく言うよ。ギリシャ、スペインの、仕組まれたユーロ安でさんざん儲けたくせに。2チャンネル用語で言えば、「お前が言うな!」の見本です。だってまだ何もしていないんだよ、アベちゃんは。

 追従して韓国が泣き言を言う。中央日報が「アベノミクス、最大の被害国は韓国」などと、おかしな記事を書いた。これも「よく言うよ、お前が言うな!」の見本です。そもそも被害国というのはどういうことだ。まるで日本が犯罪者のような言い方ではないか。そもそも一国の通貨政策のどこが犯罪だ。どこの国でも、お前の国でもやっているではないか。民主政権が韓国に甘いのをいいことに、さんざん円高ウォン安政策をやって、サムスン、ヒュンダイに甘い汁吸わせたのはお前らの方だろう。お陰でソニーパナソニックは潰れる寸前です。この国の悪い癖だね。自分に都合が悪いことはみな相手のせいにする。従軍慰安婦のでっち上げはその典型です。

 国内でも、アベ嫌いのマスコミがあれこれケチを付けはじめる。その代表は朝日新聞だ。原とか言う編集委員が、「高成長の幻を追うな〈政権再交代〉」などと馬鹿なことを書いている。この新聞社はアベ叩きが社是なのだという。それによれば、「市場はしばしば誤ったメッセージを発する」、「アベノミクスは日本の将来にとっては危うい路線である」、「効果が薄く、副作用が大きい」、「日銀に輪転機をぐるぐる回してお札を刷るよう求めている」、「その先にはギリシャのような危機連鎖が待っている」等々である。経済記事としてこれほどいい加減な文章はない。そもそも安部は日銀に輪転機を廻して1万円札を刷れなどと一言も言っていない。「将来にとって危うい根拠」は何一つ示していない。ギリシャと日本の違いがまるで分かっていない。要するに金融経済に無知な記者が、安部嫌いに凝り固まって根拠曖昧なケチを付けているに過ぎない。こんな低レベルの新聞を有り難がって読む連中の気が知れない。

 今回のアベノミクス騒動で(騒動というのも変だが)、日銀の独立性が話題になった。安部が日銀白川総裁にインフレ目標2%を迫ったのが、中央銀行の独立性を歪めるという批判である。これは海外の論調もそうだが、自民嫌いの日本のマスコミにも受けた。お忘れかも知れないが5年前、衆参のねじれをいいことに、白川氏を日銀総裁に無理やり押し込んだのは民主党である。そのことは2008年3月14日の伝蔵荘日誌にも書いている。当時政権の座にあった自民党が、武藤とか言う財務省の黒幕を押し込もうとしたことへの批判である。今になってその不明を恥じている。武藤の胡散臭さはともかく、白川氏が日本を悩ますデフレに対して、これほど無能というか無気力な人物とは知らなかったので。

 白川氏はシカゴ大学でアメリカ中央銀行FRBのバーナンキ議長と同窓で、バーナンキなど真っ青の大秀才だったという。研究者として大学に残ることを奨められたと言う。その大秀才が長く続くデフレをどうにも解決出来なかった。と言うか解決する気がなかった。青白い秀才に国家の運営を任せては駄目という典型である。 同じシカゴ学派のバーナンキは、「デフレ対策は中央銀行が思い切ってカネを刷り、金融機関に流し込めばよい」という考え方で、一方の白川氏は、「お札を刷っても景気や物価の刺激効果は乏い」と言う信念に凝り固まっている。考えが真反対である。しかし金融経済は理屈でなく結果である。バーナンキはドル札を刷りまくってアメリカ経済をリーマンショックから立ち直らせたが、白川氏の日本はデフレの海に沈んだままだ。このまま行くと日本が潰れかけるほどに。

 そもそも中央銀行の唯一最大の役割は物価の安定である。その目的を達するために、中央銀行にだけ通貨発行が許されている。通貨の発行量で物価をコントロールするためだ。物価安定目標はインフレだけではない。デフレも重要な対象である。この5年、白川氏はそれをまったくやらなかった。自身の理論に凝り固まってデフレを放置した。百歩譲ってやったとしても、結果が出ていない。金融行政は結果である。結果が出てナンボの世界である。大学の研究室とは違う。安部ならずとも責任を取れと言いたくなる。責任を取らせることが日銀の独立性を毀損することにはならない。日銀は何をやっても許されるパラダイスではないのだ。日本の物価と経済に最大の責任を負っている組織なのだ。安部総理が白川氏の首根っこを押さえつけて、インフレ目標率2%を文書で書かせたことは正しいやり方である。

 しかしアベノミクスがこの先どうなるかは分からない。なにせ金融政策でデフレを解消させた国は歴史上例がない。初めての試みなのだ。毛利元就ではないが、アベノミクスは、金融政策、財政出動、成長戦略が三本の矢だと言う。金融政策は簡単だ。1万円札をじゃんじゃん刷るだけでいい。その気になれば誰でも出来る。財政出動も同じぐらい容易だ。「コンクリートから人へ」などと寝ぼけたことを言っていないで、とにかく政府が金を使えばいい。最も難しいのは成長戦略である。古今東西、為政者の意図的戦略で成長産業が見つかった例はない。すべて瓢箪から駒である。金融と財政は目的ではない。手段に過ぎない。成長がその結果、果実である。アベノミクスが失敗に終わるとすれば、何をやっても成長が見いだせなかった時だろう。しかし手をこまねいているわけにはいかない。このままデフレと不景気が続いたら、後10年で日本は沈没するだろう。確たる対案を示さずにアベノミクスにケチを付けるのは、首吊りの足を引っ張るのと同じなのだ。しばらくは黙って見ていよう。

 

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