【伝蔵荘日誌】

2012年12月27日: 一寸先の闇  GP生

 政治の世界では政局がらみで、局面が突然予想外の方向に動く故に、よく「一寸先は闇」と言われている。 我々庶民にとって、昨日と同様な今日が在り、明日もまた同じだろうとの想いから、日常生活で、一寸先の闇を意識することは殆ど無いだろう。 では本当に闇は存在しないのだろうか。この世で確定的な事などないし、人の心は常に揺れ動いている。心を乗せる肉体は生身であり、体内では意識されぬままに、新陳代謝が激しく営まれている。 自分達の生活そのものが、危うい動的平衡の上に存在している。この不安定な安定感を意識して保つ努力をしなければ、見えなかった闇が突然姿を現すことになるのかもしれない。

 最近の事だ。結婚3年で1歳の女の子を持つ、知人の夫婦に危機が訪れた。 夫が妻のカードを使い、スロットに50万円近くをつぎ込んだ事が発覚したことに端を発する。 以前にも、妻に隠れて70万円の借金をサラ金で行いギャンブルにつぎ込んだ。これが妻に分かり、この時は離婚寸前まで行った。 離婚を留まったのは、程なくして妻の妊娠が分かったからだ。その時は、夫は心配する双方の両親に対して、「今後、絶対にこの様なことを事はしない」旨、頭を下げて誓った。 それから、一年半足らずして再び同様な事を行った。

 妻に責められた夫は「死んで償うと」家を飛び出し、連絡が途絶えた。 4日目に、死にきれず持ち金を使い果たして、やせ細って屍の様な形相で戻ってきた。 夫は間違いなく心を病んでいた。 親族が相談の上、遠方地に住む夫の両親が息子を治療させるため、引き取り連れて帰った。 診断の結果はギャンブル依存症であった。 誰が見ても、今後の夫婦生活は困難。殆んどの縁者は、この機会に離婚した方が子供の為にも良いとの意見だった。 しかし、妻は子供と二人の生活に自信がなく、決心がつかぬまま心が揺らいでいる。

 夫が借金までして、ギャンブルにのめり込んだのには、何らかの理由があるはずだ。 当人は、勝った時の快感が忘れられないと言っているが、それだけでは説明がつかない。 仕事や家庭でのストレスの何かが引き金となり、現実から逃避を図ったのかもしれないし、本人にも説明できない根源的闇を心に抱えているのかもしれない。 つい最近、新しいマンションに引っ越し、家具や電気器具を買い替え、少なくとも妻はルンルン気分でいたはずだ。 前回の事で、夫が悔い改めたと信じていた妻は、突然、奈落の底に突き落とされた。 妻にとって、その時まで、先に闇が存在すると意識することは無かったろう。

 自分にも忘れられない記憶がある。 対馬の鉱山勤務時代で30代の初めの頃だ。二の方で行った坑道での溶接作業の不始末から出火し、坑木に燃え広がった。 この為、全山の生産は10日間止まつた。 鉱山消防隊の決死的作業や、酸素遮断の為の坑道閉塞作業、延焼坑道めがけての幾本も打ち込んだボーリング孔からの注水作業等を、鉱山総動員で行い消し止めた。 自分は出火責任者として、10日間坑内に詰めっきりで、自分のチームの陣頭指揮を行った。 幸い、家人は所用で実家に帰っていたので、辛い思いをさせずに済んだ。 坑内で数回寝た記憶はあるが、細かい事は覚えていない。 三交代の作業チームを果てることない思いで、24時間指揮した事は、今も心に残っている。

 消火が確認された当日、睡眠不足と疲労困憊の極限の中、労働組合事務所で安堵感に浸っていた。 信賞必罰の鉱山社会だ。後は、会社からの処分を待つだけだ。 命を取られるわけではない。好きなようにしてくれとの思いだった。そんな時、実家から電話がかかってきた。「父が、くも膜下出血で倒れ、意識不明」だと言う。 正に、一寸先は闇だ。放心状態で天を仰いだ。天は坑内火災鎮火だけでは解放してくれなかった。 更なる試練が待っていた。翌朝、博多港行の船の飛び乗った。 今にして思う、天が自分に与えた、この世での試練であったのだろう。

 尖閣諸島では中国の漁業監視船の群れに、海上保安庁の巡視船が一隻づつ昼夜を分かたず張り付いている。 何時まで続くか判らない。道理の通じる相手ではない。 中国が「尖閣は核心的利益」と声を大にしている以上、妥協があるはずがない。 安全保障オンチの前民主党政権は、米軍と自衛隊と共同での沖縄無人島での離島奪還訓練を中止した。 このような配慮が通じる相手ではないのが分からないのか。 付け込まれるだけだ。 日本の総力を挙げて、実力で尖閣を守る姿勢を示す事が、如何に大事か国民は知っている。 中国とのチキンゲームが何時まで続くか誰もわからない。 結果がどうなるかは闇の中だ。 闇の中を手探りで進むことに脅えたほうが負けなのだ。 日本政府首脳は今、胆力を試されている。

 阪神淡路大震災の時の村山総理は「何せ初めての経験だから」と言って、自衛隊即時派遣を決定すらできなかった。 革新系の兵庫県知事も自衛隊派遣要請をためらった。 その結果、初期救援は遅れ、死傷者は増加した。 3.11大災害に際しては、菅総理は周章狼狽し、官邸は機能不全に陥った。 施政者にとって、一寸先は闇、何が起こるか判らないとの心構えが必要なのに、両者ともその自覚すらなかった。 突然の事態に際して必要とされるのは、胆力である。 如何に優秀なスキルを有しているとしても、胆が据わっていなければ発揮は出来ない。 かくも最低無能の最高責任者の施政時を狙ったように、大災害が発生するのは偶然ではないだろう。

 最近も、万里の長城で高齢者三人が遭難死した。 ツアー6日目に予想外の大雪に見舞われた。 それでも、ガイドを始め比較的若い女性が助かっている。 高齢者故の低体温症によるものかもしれない。 ツアーに参加した誰れもが、寸前に横たわる闇が見えなかった。 人生経験豊かな高齢者であっても、一寸先の事は起こってみなければ分からない。 危機に直面して、防寒用装備をもっと準備していればとの思いに駆られたかもしれない。 結果が出てからの後悔は、虚しさしか残らない。

 この世は荒い波動に満ちていて、一時も安定していない世界であると言われている。 この世に生きる者にとっては、一寸先は闇に包まれ、先の見えない人生を強いられる。 潜在意識が開かれていない故に、自分がこの世に生を受けた目的も、役割も闇に包まれたままだ。 其れが、人の魂の修行に繋がるそうだが、大変に厳しい現世と言える。

 もし、先が見えてしまったら、どれ程、味気ない人生になる事だろう。 何年か先に、自分が病気ゃ事故により命を失い、死に至る前に、かくかくの苦しみに悩まされると事前に分かったとしたら。また、人生真っ盛りの時期に、自分がこれから辿る道を見通す事が出来たとしたら、生きる意欲は生じるだろうか。 人がこの世で生きる上で、一寸先が闇であることは天の配剤でもあるのだろう。

 施政者にとっても、我々庶民にとっても、例え、一寸先に闇が存在しているとしても、漫然と手をこまねく事無く、事が生じた時に最善の判断と決断を行えるよう、自らの人間力を磨き続ける事が必要なのだろう。 事を行うに際して、「最悪を予想し、最善の備えを」との危機管理の鉄則も、心に留めておく必要がある。 先が見えぬ闇が存在しているからこそ、時には生きるために、苦しみあがきながら、突然生じる困難に立ち向かわざるを得ない事になる。 困難や苦難を全力で乗り越える事は、人がこの世に誕生した目的の一部を、果たすことに繋がるのかもしれない。

 先の若夫婦が今後、如何なる道を辿るのかは闇の中だ。 しかし、闇の中に光を照らせるかは、双方が思い遣りの心を持って、信頼関係を築けるかに掛かっている。 例え、明日を見通す事が出来なくとも、自身の誤りを正すには、己の自覚と努力しかない。 親兄弟、親類縁者、医者、カウンセラー等周囲の助力は必要かもしれないが、自らを助けるのは自分自身しかない事を、若い夫が悟ってくれる事を願っている。まだ、物心つかぬ幼い我が子の為にも。
 

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