【伝蔵荘日誌】

2012年10月16日: 高齢者が病を背負って生きるとき GP生

 最近、70歳を過ぎた高齢者への見舞が続いた。一人は、急性腎盂炎により救急車で搬送された近親者の女性だ。 昨年、連れ合いが心臓バイパス手術で一命を取り留めたが、持病の糖尿病が悪化したうえ、認知症が始まった。日々のインシュリン注射は妻に頼っている。薬の管理も妻任せだ。足腰が不自由の為、日常生活は連れ合いなしには不可能で、老老介護の典型だ。 生活を支える妻が心身の過労から倒れた。

 もう一人は、先日の日誌に書いた、旧友のKa君だ。入院先が我が家から徒歩三分も要さない近場にあるので、時々顔を見に病室に立ち寄っている。僅かに会話は可能だが、少しずつ身体が衰えているようだ。 7月半ばに緊急搬送された病院で、余命一ヶ月と宣告された。ガンが全身に転移して手の施しようがない。栄養剤の点滴で身体を維持している。苦痛や痛みがないため、モルヒネの必要もなく、意識を保ったままのベット生活を送っている。

 親しい友人の兄は昨年脳梗塞で倒れ、治療の結果回復し、家の近くのリハビリ専門病院に入院し社会復帰に備えた。 ところが、入院3日目に脳梗塞が再発し、現在も意識不明のまま、入院生活を続けているている。退院の見込みは全く立っていない。 年齢は70歳半ばだ。

 若い時は健康であることが当たり前で、余程の事がなければ入院生活とは無縁だった。 目先の日常に夢中になれたし、将来にも期待と希望を持っていた。 生命力に溢れ、いずれ人生の終焉を迎える時が来ることが、理屈では分かっていても、遥か先の事として実感などあるはずがない、最高に幸せな年代であった。しかし、現在入院している同年輩の人達の見舞いで病棟を訪れると、彼らの想いが如何ばかりか、真剣に考えざるを得なくなる。

 急性腎盂炎の女性はそれほど時間を要せず退院に至るだろう。 けれど、高齢になり大病すると身体全体にガタがきて、疾患そのものは完治しても、体調を以前と同じ状態に戻すには、かなりの努力と時間を必要とする。自宅に戻っても、待っているのは要介護2の連れ合いの世話だ。 子供達は、それぞれの所帯を抱え、親の面倒に全力投球とはいかない。高齢者の夫婦が助け合って生活するには、お互い、最低限の心身の健康が必要であろう。現実は、限界を超えている。子供達との真剣な相談が必要だ。

 友人のKa君の場合は奥様や家族の万全のバックアップにより闘病生活を送っている。 気分の良い時には、自ら看護師さんにお願いして、外の空気に当たっている。彼にとっては大きな楽しみの様だ。 たまたま、病院の前を通りかかったとき、彼が玄関前にストレッチャーの上で横になっていた。 話をしていると、看護師さんから「どの様な関係ですか」と聞かれたので、「小学校の同級生だ」と答えた。それは珍しい関係だとかで、事務室からカメラを持ってきて、ツーショットを撮ってくれた。 その間、あまり口のきけないKa君は嬉しそうに笑っていた。 生きていることを実感している笑いに思えた。

 入院している高齢者を見舞って感じるのは、病回復への強い願いだ。 不治の病であっても、当人に諦めの表情はない。人の生命に対する本能的欲求の現れなのだろうか。 退院後の生活の過酷さが予想されても、病院では医師の指示を守り、食べ、そして寝る。 病により意識が回復しない高齢者と言えども、表に現れない意識の下で、病とと闘っているのだろう。

 人にとって、この世だけがたった一つの人生ではない。 前世があり、死して後、新たなる来世があるはずだ。 あの世に還り次の生誕に至るのには、あの世で100年単位の修業を終え、現世での過ちをすべて修正し終わる必要があるようだ。潜在意識が90%開けたあの世では、本当の修行が進まないから時間がかかるのだそうだ。だからこそ、この世に生まれ、生きることに意味がある。簡単に、この世の人生を終わらしてはいけないのだ。この世に限っては、たった一度の貴重な修業の場であり、かけがいの無い人生なのだ。 あの世では、魂だけで生きることが出来ても、この世では魂の乗りものたる肉体無くして、生きる事はできない。 肉体が傷み、衰えればこの世での生活はままならない。 潜在意識が、僅かしか開けていなくとも、この世で生きなければならない欲求が、潜在意識の中から滲み出てくるから、生きる事に執着が生じるのかもしれない。

 だからこそ、殆んどの人は辛く過酷な環境に耐え、生きようとするのだろう。病床に身を横たえ、客観的には生還の望みを絶たれても、自らの命を縮める行為には至らない。少なからずの人々が、己に負けて自らの命を絶っていく。 理由は不明にしろ、70代の現職大臣が自らの命を絶った。高齢と言えども、健全な肉体を有している人間が、理由の如何にかかわらず、自ら命を絶つことは根源的罪悪なのだ。現世の苦しみから逃れるための行為なのだろうが、死んだ後、魂に安らぎも救いもなく、苦しみながら自らが犯した過ちを悟るための、長い修行が始まることになる。「何故、生きて問題を解決しなかったのだろうか」との後悔に苛まれながら。この世の苦しみは、この世で解決することが、人に課せられた摂理なのだ。

 Ka君は27年に亘る、闘病生活の末、死期が近いと言え、自分たちが病室に顔を出すと、ニコッと笑い顔をみせる。共通の友人の話をすると、更に嬉しそうな仕草をする。 体も顔も自ら動かせないけれど、彼は今この時を間違いなく生きている。 いずれ、天上界に還ることになろうが、あの世での安らかな魂の生活を約束されている様に思える。

 先日、過っての山の仲間であるYa君と卒業以来48年ぶりに再会した。 エンジニアの彼は自動車会社に勤務し、海外生活も長い。退職後、2年半前に大病を患ったが、長期にわたる治療の結果回復した。 学生時代、彼は落語研究会にも所属していた。現在は著名落語家の主催する勉強会で修行している。その発表会に招かれ、TG君と一緒の出掛けた。演目は「目黒のさんま」。さすが年季が入っていて、他の演者と一味もふた味も違う上手さだつた。病の方はすっかり良くなったようだ。病状からして、そこまでの回復は奇跡に近い。 落語が縁で知り合った同好の志との交流は素晴らしいことに思えた。彼の生甲斐の大きな原動力になっているように感じる。生来明るい性格の彼が、前向きに生きる事で、病を克服し、現在の心豊かな生活を招き寄せたのだろう。 この日、自分は久しぶりに心も明るく、満ち足りた時を過ごさせてもらった。

 山仲間のWaさんは脳梗塞による失明から2年半が経過し、元気で生活している。 現在、地元で詩吟の会に入り修行している。眼が見えないためにCDを聞いて練習するとの事だ。 先日も、「春望 杜甫」を電話で聞かされた。例の「国破れて山河あり 城春にして草木深し---」だ。張りのある元気な声で、受話器を耳から少し離して聞くはめになった。 それでも、高齢になってからの失明は、心に影を落としているようだ。これも、無理からぬことだと思う。

 70歳を過ぎれば身体の健康は個人差の世界だ。 もし、自身が病を背負って生きなければならないとしたら、どの様に対処すればよいのだろうか。治る病なら別だが、しからざる場合、悩み苦しみもがいていても、道は開けない。上を見ても限がない、下を見ても限がない。 現実は自分が一番良く分かっている。他からの慰めの言葉は、百万弁を弄されても気休めにはならないだろう。 自らが何らかの覚悟の元、有るがままの身体状態と折り合いを付けて生きなければ、愚痴と恨み節の世界に迷い込んでしまう。こうなれば、老後の生活は更に悲惨なものになろう。 高齢者にとって生身の体を有する以上、明日はどうなるか判らないのが現実だ。

 今は健康で日常を過ごしていても、加齢を重ねれば、臓器の劣化や体力・気力の低下により、生活の質が劣えて来るだろう。いずれベット生活を余儀なくされることは、誰でもが避けることが出来ない現実た。その時に、如何なる心情で身を横たえ、この世での人生を終わらせるかは、偏にに、これからの生き方にかかっている。70歳を過ぎても、明日はある。日々精進しなければとの思いだけは強い。
 

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