【伝蔵荘日誌】

2012年9月13日: 日本人の国防意識 T.G.

 先週、陸自ヘリ開発の官製談合疑惑で東京地検が川崎重工を捜索に入ったと各紙が報じた。 小さな記事だったので忘れた向きも多かろうが、いずれも不潔なものを見る蔑むような論調だった。 今朝の産経の朝刊のコラムで曾野綾子氏がこの事件に対していかにも彼女らしい論評をしている。 川崎重工は防衛庁から潜水艦、ヘリ、戦闘機など過去4年間で5千億円強の発注を受けている大手防衛企業である。 他の防衛企業と同じように、過去5年間に将官クラスを含む34人の再就職を引き受けている。 彼女は彼らが官製談合の主役と目されて捜索を受けたことに疑問を投げかけている。

 「こうした事件が起きると、日本が兵器を持つことが悪だという意見が必ず出てくる。」、「しかし、北朝鮮がミサイル発射したとき、各地に配備された迎撃ミサイルに誰も反対しなかった。」、「兵器を知悉した人が軍事産業に再就職して、知識や経験を生かすことのどこが悪いのか。」、「防衛庁がらみの受注は様々な理由で利益の出ない年もある。 それを埋め合わせることで防衛の特殊技術を維持させることのどこが悪いのか。」、「一概に癒着だ汚職だと決めつけるのはまったく常識的でない」、「これでは日本の防衛産業は成り立たない」などなど、朝日毎日なら腰を抜かすような、絶対に書かない論調である。

 かって大手防衛企業と目された会社に在籍した身としては、まったく同感である。 よくぞ言ってくれたと溜飲が下がる。 50代の初め、防衛関連部門の管理職をしていた。 そのころ防衛汚職疑惑が持ち上がり、自分の周りからも大勢の逮捕者が出た。 営業担当専務も捕まり、類が社長にも及びそうになった。 疑惑物件の直接担当者でなかった自分は免れたが、新聞社から「事業部長だったのだから、何か知っているだろう」と、電話取材を受けたりした。 会社は日本中から轟々たる非難を浴び、この事件を契機に社長が引退し、社の業績が悪化し始めた。 今ではあの会社はいつ潰れるかと、世間から好奇の目で見られる存在である。

 その頃の我が社で(今でもそうかな?)航空自衛隊の防空システムを担当していた。 全国各地に設置したレーダー網で敵機の侵入をいち早く察知し、戦闘機にスクランブルをかける大規模ネットワークシステムである。 その維持メンテに関する受注を官製談合で水増ししたという疑惑である。 今度の陸自ヘリとまったく同じ構図である。 防衛事業で甘い汁を吸っている悪徳企業、死の商人だと、マスコミもそれに煽られた国民も我が社を一斉に非難した。 今でもその時の悪印象は拭えていない。 社勢が低落した遠因の一つである。

  防衛事業は利幅の薄い、まったく儲からない商売である。 お国のためというか、一種の慈善事業のようなものである。 それを言うと友人達からも信じてもらえないが、事実である。 会社では部門ごとに次年度の事業計画を作る。 防衛以外の事業分野は事業部利益7〜8%を見込むのが普通だが、防衛部門はどう頑張っても1〜2%しか出ない。 うっかりすると赤が出る。 会社全体の間接費を差し引いた税引き後損益でみれば、間違いなく赤字すれすれである。 当時の我が社は年間売り上げ5兆円。 その中で防衛事業の売り上げは全部合わせてたったの1千億円。 年商の僅か2%の、ゴミのような事業だった。 これだけ苦労してもぼろ儲けの悪徳企業と非難されるなら、いっそのことやめてしまったらどうかと、真面目に考えたものだ。 やめたところで売り上げの50分の1を失うだけ。 会社の損益向上には貢献する。 設備や優秀な技術者をもっと儲かる事業に振り回せる。 防衛事業は機会損失だ。 会社を辞めて10年たった今でもそう思っている。 防衛事業は商売ではなく社会貢献だと。

 当時の同僚や上司の逮捕容疑は、防衛庁担当者との癒着による必要経費の水増しだった。 ローディングと呼ばれる人件費の割掛けと工数の水増しである。 それに違法接待の疑惑も重なった。 実態としては必ずしも間違いとは言えない。 そう言う事実も多少はあっただろう。 しかし川崎重工のケースと同じく、官民一体で防衛技術を存続させようと言う意図の方が大きかった。 この防空システムは完成から10年以上経っていて、最小限の維持管理予算しか付かなくなっていた。 担当者達は極めて小規模で薄利な受注を必死になって守り、技術の存続をはかったのだ。 曾野綾子的に言えば、「「防衛庁がらみの受注は様々な理由で利益の出ない年もある。 それを埋め合わせることで防衛の特殊技術を維持させることのどこが悪いのか。」である。

 軍事技術はいつの時代も最先端技術でもある。 ほとんどの民生品は高度の軍事技術の派生商品である。 航空機も船舶も、パソコンもiPhoneもインターネットもなにもかもそうである。 軍事技術開発と維持には莫大な研究コストがかかる。 それを民間機やコンピュータのような民生品で回収できればいいが、ほとんどの軍事技術は防衛受注品で回収するしかない。 日本の防衛庁も幾分かの研究開発費は見込んでくれるが、社員教育を含む大部分は会社の持ち出しである。 だから利幅が極端に薄い。 真面目な話、社会貢献と思わなくては馬鹿馬鹿しくてやっていられない事業である。

 日本の政治の特殊性も災いしている。 例の武器輸出三原則である。 法により軍需品の輸出が固く禁じられている。 こんな馬鹿なことをやっているのは日本だけである。 研究開発コストは製品に割り掛けて回収する。 諸外国の軍需企業は武器輸出で量産効果を高め、回収するのが常識である。 日本は小規模の防衛庁発注だけで回収しなければならない。 これでは軍需産業は成り立たない。 韓国、中国も含め、諸外国は武器兵器を他国に売りまくっている。 それで開発コスト負担を下げ、技術を維持できている。 日本はそれが叶わない。 それを補う努力も、一つ間違うと悪徳企業と貶められる。

 潜水艦探知に使われる我が社のソノブイの性能は、当時世界最高水準と言われていた。 だから日本の海自の対潜水艦能力は世界一とも言われる。 しかし売り先は日本の海上自衛隊しかない。 とても民生品に生かせる技術ではない。 僅かな受注で高度の技術レベルを維持するのは極めて困難である。 軍事技術は何でもそうだが、容易に他社が取って代われる技術ではない。 我が社が疲弊すると、日本の対潜水艦能力も下がるだろう。 中国の潜水艦能力が高まるに連れ、尖閣防衛も難しくなるだろう。 しかしながら、そう言うことに日本政府も国民もまったく無関心である。 こういうのを極楽トンボというのだろう。 尖閣の波が高まっているのに、オスプレイで無意味なデモ騒ぎをするのも同根だ。    

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