【伝蔵荘日誌】

2012年6月16日: 最後の分子栄養学勉強会 GP生

 長年続いてきた分子栄養学の勉強会が先日終焉を迎えた。 第一回は平成13年4月にスタートした。 爾来11年間継続したことになる。 月一回の開催だから、回数にして100を超える。 始まってからの3,4年は30人前後の会員が毎回出席していた。 最終回の出席者は5名。 女性3人、男性2人だった。

 勉強会の目的は、生体内での代謝を遺伝子レベルで学ぶ事により、生体維持に必要なベストの栄養条件を考える事だ。 従って、健康を意識せざるを得ない高齢者が出席者の殆んどを占めていた。 80歳近くの方もおられた。 毎回、札幌から航空機で往復される女性がいた。 彼女は難病に侵された息子さんが大学病院から見放された時、分子栄養学の草分けである三石巌先生の指導により、彼が命を取り留め、全快した経験を有している。 高タンパク、メガビタミンにより、人の自然回復力が極限まで引き出された結果だ。 彼女は自身と家族の健康レベルアップの為、勉強会に出席していた。 講師は三石先生の直弟子にあたるId先生。 以前近県の県立高校で物理学の教鞭をとられた方だ。

 三石先生は大学で理論物理学の教鞭を長くとられた方で、ご自身の肉体的弱点を克服されるために、分子生物学に基ずく分子栄養学を提唱され、自らも実践された。 糖尿病と白内障を抱えておられたが、95歳の長寿を全うされた。 先生95歳の時の最後の著書が「医学常識はウソだらけ」で、平成9年6月の初版である。 同年1月にお亡くなりになっている。 自分は近所の書店に並ぶ同書と偶然出会った。 題名に興味を持ち、パラパラと中を拾い読みした。 題名にもある通り、自分が認識している今までの常識と異なる中身であった。 購入し、帰って読み始めたら、止められない、止まらない状態で、一日で読み切った。 大きな衝撃を受けた。

 自分は若い頃から医者知らず薬不要で、体力は同年輩の友人に負けたことはなかった。 健康には自信があった。 自分の両親は戦前の生まれであったが、両人とも極めて健康であった。 この本の内容からすれば、自分の健康は両親から遺伝したDNAの賜物と若さの故であり、このままで老後を迎えれば、自信過剰のしっぺ返しを受けるのが必定である事を知った。

 最初は、当時まだ絶版になっていなかった三石先生の著書を片っ端ら読むことから始めた。 三石先生は、ご自身が創設した分子栄養学に基づいた栄養補完食品を製造販売する目的で、メグビー社を立ち上げていた。 先生の著書でこれを知り、同年7月より「配合タンパク+ビタミンC、B群」からなる食品の摂取を家人と始めた。 ドッグフード、キャットフードは犬猫に最も適した栄養素を配合した餌だ。 ならば、人間に最低限必要とされる「フード」は何かとの発想で、先生はこれを「人フード」と名づけた。 加齢を重ねるにつれ、通常の食事では摂取栄養にアンバランスが生じる。 食品だけで必要量のタンパク質を確保しようとすれば、過剰な脂質を摂らざるを得ない。 従って、要らざる栄養をカットし、足らざる栄養を補完する必要が生じる。 勉強するにつれ、必要とされるビタミン、ミネラル、抗酸化物質等が次第に加わり現在に至っている。

 勉強会の初期の頃は、「分子栄養学の基礎」、「良質タンパク質の科学的意味」、「酵素反応」、「老化と活性酸素」などがテーマであった。 今まで考えてもみなかった内容であり、月一回の勉強会が楽しみであった。 勉強会で得た知識を家庭に持ち帰り、家人に話すことで、家庭内の食生活は少しずつ変化していった。 Id先生からの教授される知見のみならず、会員間の雑談の中に教えられる事柄も多かった。

 会を重ねるごとに、勉強内容は少しずつ専門的になって行ったように思える。 生じた疑問を追求していく形の勉強になると、知的好奇心は満たされても、日常生活に直ちに反映される要素は少なくなる。 このことが、年数の経過と共にに、勉強会参加会員が次第に少なくなった理由だと思っている。 札幌や長野、栃木等遠方からの参加者が退会していったのは、やもうえない事だろう。

 「HOW TO」的な知見は少なくなったが、分子生物学的レベルで生体の機能を勉ぶ事は、単なる知識の取得ではなく、生体のメカニズムの基礎的思考法を学ぶ事に繋がる。 日常生活でも、加齢により、人体には医者に掛かるまでもない色々なトラブルが生じる。 この時、勉強会で身についた思考法は、原因を考え、家庭内で出来ることがないか、対応を考える助けにはなる。 自分で判断出来ない時は、調べ勉強するか、先達に相談することになる。 この時は勉強会のネットワークは大きな助けとなった。

 最終回のテーマは「細胞膜の膜タンパク質と電気的性質」である。 人の細胞は 60兆もの多くから成り立っていると言われている。 これら細胞膜は脂質二重構造による油の風船状で、膜を安定させるコレステロールが存在し基本構造を作っている。 これだけでは、細胞外から必要物質を取り入れられないし、細胞内生成物を外部に排出することも出来ない。 細胞内外の物流の為に、各種タンパク質が膜内に存在し、これ等タンパク質が形作る受容体のチャンネルにより物流が行われている。 今回はこれ等受容体タンパク質の種類や機能を脳神経細胞を例にとって学ぶことにあった。

 アセチルコリン、セロトニン、ギャバなどの神経伝達物質が、シナプスでの受容体タンパク質に結びつき、これの刺激でタンパク質製チャンネルに原子一個分が通過できる隙間が生じナトリウムイオンが通過することで、電気信号が伝わる仕組みを知った。 神経伝達物質の種類だけ受容体の種類がある。 更にCaイオン、Mgイオンが神経伝達システムに複雑に絡んでくる。 これ等はDNAのコントロール下、物理、化学的法則で機能していて、神秘的要素は一切ない。

 脳内神経細胞数は150億個と言われている。 電子顕微鏡の観察から、一つの神経細胞から10本以上の電気信号伝達機能を有する軸索が延び、それぞれの先端は数十のシナプスを形作っている。 更に一つの神経細胞には数百のシナプスが形成されている。 想像を絶する脳神経細胞間相互のネットワークが各臓器のコントロール、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、運動のみならず、記憶、言語や知的活動、精神活動を支えている。 人の脳は如何なる進化の過程を辿り、此処までに至ったのであろうか。 脳細胞が刺激を受け続ければ、遥か将来には、進化した人類が存在するかもしれない。

 電気伝導部たる軸索の絶縁低下やアルミニュウム等の金属による変質で、アルツハイマー病が発症し、活性酸素による酸化や血管の梗塞により、神経細胞が機能を失いうことで脳疾患が生じる。 精神疾患は神経伝達物質産生低下により生じる。 これ等トラブルを効果的に予防する医学的処方は確立されていないようだ。 抗鬱剤は余剰の神経伝達物質が処理される過程に干渉し、シナプスに留める機能でしかない。 かって日本人の死因のトップにあった脳溢血は、栄養条件の改善につれ、血管が強度と弾力性を増したことで影をひそめた。 現在は栄養条件の変化により脳梗塞が増加している。 脳細胞や毛細血管で生じるトラブルの原因を考え、防止することは分子栄養学の観点から可能なのではないかと思っている。

 脳神経細胞膜での物質の遣り取りと同様な働きは、60兆全ての細胞で日々休みなく行われている。 全身で考えれば、タンパク質製の受容体の種類は、細胞内の代謝活動に必要な全ての物質及び細胞内産生物質に対応できるだけあるはずだ。 その総数は天文学的数字だろう。 想像を絶する。 受容体機能の維持は、日々食物から供給されるタンパク質を中心にした栄養源に依存している。 細胞機能が衰えがちな高齢者にとって、必須アミノ酸を十分含有するタンパク源とビタミン、ミネラル摂取の多寡は寿命に直結する。 粗食は美徳ではない。 代謝機能は30歳を100としたとき、70歳では60以下に落ちると言うデータもある。 血流が滞っては、必要物質がジャストインタイムで目的細胞に届かない。 トヨタの看板方式を人体で実行するには、部材の準備と日常の運動が必要とされる所以だ。

 とにかく勉強会はTHE ENDを迎えた。 別れのお茶会で、会員から再出発の要望が出された。Id先生は検討したいとのご返事であった。 再開に際しての幾つかのアイディアが出され、可能性の高いものもあり、今後に希望が持てる感じもした。 自分の年齢を考えて、何時まで能力が追いつていけるか、不安が無い訳ではない。 しかし、否定的に物事を考えるのは性に合わない。 三石先生の「日々、学習者たれ」の精神だ。 三石先生は95歳でこの世を去るまで学習者であり、分子栄養学の啓蒙に勉められた。
 

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