【伝蔵荘日誌】

2012年6月10日: TVブラックアウトと人との類似 GP生

 最近、築40年近い五階建てマンション全ての部屋で、地デジ画面が突然映らなくなった。以前、落雷により同じ現象が生じた時は、直ちに、アンテナ下にある電波増幅器のヒューズを交換して復旧した。今回は、各機器を点検したが、全て作動中の青ランプが点灯していて、外見的には異常の有無が判断できなかった。建物のメンテナンスを依頼してる協力業者に連絡をして、電気屋の派遣を依頼した。

 地デジ移行に際して、この建物のテレビ電波システムを如何するかを専門業者に相談した事がある。「アナログに比べデジタルは情報量の桁が違うので、3C配線では対応できない。アンテナを含め建物内配線を全て5C以上の太いものにしないとだめだ」と診断された。この改善費用は半端ではない。 どう対応するか考えた結果、アンテナのみを交換し、各部屋での受信状態を調べた上で個々に対応する事にした。工事は量販店に依頼し、僅かな費用で収まった。 地デジ・BS共、観賞に耐えうる画像状態を確保できた。唯、末端の部屋での受信状態が悪いので、家庭用増幅器を提供して解決した。

 ブラックアウトは「増幅器の経年劣化によるのでは」との推測の基に、増幅状態を測定した。やや性能劣化はあるものの、全ての世帯で一斉に電波ダウンが生じる程ではなかった。各階にある分配器での測定では、最大値100に対して、50〜60の値であった。それでも映らないとすれば、そこから,各室に横引きされた配線の抵抗が大きいためと推測される。特定の部屋のテレビが映らないなら、部屋への配線劣化が考えられるが、全室同時の劣化は考えられない。

 当日は休日でもあり、新たな機器を入手出来なかった為、古い増幅器をタンデムに繋いで電波の増幅を高めて対処した。その結果、全てのチャンネルは無理だが、数チャンネルが受信可能となり、その日はこれで終了した。テナントさんには「申し訳ありませんと」頭を下げて回った。 翌日、当該マンション15世帯への電波増幅能力を持つ機器を手配した。これのセットで万事解決するはずであった。ところが、新旧交換したところ、今まで見えていたチャンネルや、BSまでもが完全アウトとなってしまった。

 新増幅器に交換後、各部屋での電波状態は30以下であり、画像が安定する40以上のレベルにはなかった。家庭用増幅器は5〜6程度しかレベルを上げられないから、この状態では対応不能だ。原因が判らないので、対応の方策が立てられない。テナントさんに頭を下げても解決するわけでない。協力業者を含め三者で相談した結果、「メイン増幅器以降の回路に抵抗要因がありそうだ。増幅器からの建物に入る屋外メイン配線の交換。各階のパイプスペース内の電波分配器の交換。接続箇所の総点検。及びアンテナの向きの再点検」を行う事とし、必要器材を手配した。

 今日、全ての工事が完了した。結果は成功。末端分配器出口の電波レベルは、各チャンネル90以上をキープした。工事の途中で、40年前の杜撰なケーブル接続箇所が2か所も見つかった。地震により建物が揺れただけで、接触不良が生じるようなレベルで、この部位の接続不良がブラックアウトの原因の一つになっていた。

 今回のトラブルを経験して、古いマンションと高齢者との類似に想いを馳せた。マンションでの生活を営むために、各種ライフラインが備えられている。 人の血管に相当するのは、上下水道管やエネルギー運搬の電線、ガス管だ。 血管は一本で賄っているが、人工物は4本のラインが必要だ。 神経に相当するのが、電話線とテレビフィーダー線だ。各部屋は細胞と言える。住人はDNAだろう。ライフラインによるエネルギーや情報を得ながら、細胞たる室内の全てをコントロールしている。住人の努力とセンスにより、老朽化した細胞膜たる壁は新品に近い輝きを取り戻している。携帯電話、PC、スマホは脳内神経伝達物質に相当するかもしれない。電波送信系統での不良部品を交換した結果、テレビ回線は生き返り、ブラックアウトは解消された。 人にとっては、視覚神経が回復して視力を取り戻したようなものだ。

 大分前に建物内の水道配管をすべて交換したことがあった。三十数年が経過して、鉄管内の錆が増殖し、流量が低下したり、蛇口から赤錆が流れ出すようになったからだ。 人で言えば、プラークやアテロームの沈積により、血管内径減少による高血圧や動脈硬化症を起こしたようなものだ。人では冠動脈のバイパス施術やバルーンによる血管拡大で対応することになる。建物では、全配管を塩ビ管に換える工事で事足りる。しかし、建物への外付け配管となり、多少見栄えは悪い。人の皮膚の外に人工血管を取り付けるようなものだ。 水頭症の患者のように、体内を流れる事の出来なくなった髄液を皮膚内に人工パイプを埋め込み小腸に送る例もある。

 ところが、人体にとって神経の異常は、部品交換が不可能だから厄介だ。 精神の病は心の在り方も絡む故、テレビ電波送信システム改善とは訳が違う。知り合いの心療内科医の話を聞くと、心を病む患者患者の増加が著しいそうだ。患者は若年層が圧倒的に多いという。 心療内科医は患者との会話は十分するが、特別の場合を除き生活上のアドバイスはしない。患者の心の内に溜まった鬱憤を、医者に吐き出させることが大事の様に思える。医者は患者の症状に応じて、抗鬱剤、睡眠導入剤、精神安定剤等の処方をするだけだ。 心の病を治療するのは医者のアドバイスではなく、患者本人の自覚と努力によるしかない。 各薬剤は治療の手伝いをするためのわき役に過ぎないからだろう。

 鬱病の原因は食生活にあるとの説が有力なようだ。 脳の神経伝達には多くの伝達物質が関与している。その中で「セロトニン」の量が重要だと言う。 鬱病患者の脳内のセロトニン量が圧倒的に少ないことが知られている。セロトニンの原料は必須アミノ酸の一つ、トリプトファンだ。肉、タマゴ、牛乳等動物性食品に含まれている。 トリプトファンが作られても、ブドウ糖がなければ脳内の必要場所に取り込まれないという。だから、夕食の後、甘いデザートを食べるのは理にかなっているそうだ。でんぷん質はブドウ糖まで分解されるのに時間がかかる。砂糖であれば短時間でブドウ糖として機能するからだ。

 テレビの電波は強すぎると、液晶画面に横筋が入って見苦しくチラつく。 電波には適正強度範囲があるようだ。強ければ良いというものではない。脳内伝達物質は、興奮系のドーパミン、アセチルコリン、ノルアドレナリン、抑制系のギャバ、調整系のセロトニンとう役割分担が違う。それぞれがバランスよく存在することが、精神の安定に必要なようだ。調整役のセロトニンの安定供給が精神の安定、強いては心の安定に決定的意味を持つようだ。 単純に、電波強度だけをコントロールすれば画面が安定する様な単純なものでないから厄介だ。

 鉄筋コンクリートの建造物では、築40年近くなれば外壁の剥離やひび割れ、くすみや変色が生じてくる。コーキングやペンキ等の補修の厚化粧でごまかしている。それでも、古色蒼然とした老化を隠すことが出来ない。 加齢による老人の皺や肉体の衰えを隠せぬように。ライフラインの更新で機能が蘇り、鉄筋コンクリートとしての肉体強度が維持できれば、見栄えはともかく、建物として使用には耐えうる。人も然りだろう。

 人であれ建造物であれ、この世に存在する物体で永遠なる物は存在しない。いずれは朽ち果て土に還っていく。 建物とていずれ訪れる耐用限度まで、機能を果たすようメンテナンスに励むのは当然だ 。高齢者がこの世で健康に生きていくためには、建物以上にケアーが必要なことは論を待たない。 肉体は建物との類似性はあるのしても、人には心があり、心が人の本質であることを想えば、単純比較は言葉の遊びに過ぎなくなる。 人体の築年数が進み、何のために生きるのかの目標が不透明になれば、肉体を維持する事が目的化することになる。  その様な老後だとしたら淋しいことだ。

 テレビで寝たきりの高齢者に対する、胃ろう等の栄養補給による延命の是非を論じていた。胃ろうは肉体維持の究極の手段だ。一時的に胃ろうを行い、将来、自力咀嚼の可能性があるのならともかく、会話はできず、呼びかけにも反応しない脳死に近い高齢者の延命は、本人の意思が確認できないだけに、近親者は難しい決断を迫られる。高齢者の自然死は餓死と脱水であるとすれば、自分は自然死を選びたい。自分の肉体が耐用限界を迎えたのなら、この世の掟に逆ってまでの無用な延命をしないために、意識のあるうちに、近親者や医者に延命拒否を明確に伝えておきたい。

 テレビブラックアウトの原因を協力業者と考え、対応策を実行しながら、既に築70年を超えた、我が身体の今後を考えさせられた。ブラックアウトの様な現象が、我が身に起こらぬ事を願いながら。  

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