【伝蔵荘日誌】

2012年4月14日: 禁酒・禁煙談義 GP生

 「陶山」と言う銘柄の麦焼酎がある。 香、舌触り、甘み、そして深みのある馥郁感。 これほどバランスのとれた麦焼酎は寡聞にして知らない。 佐賀県有田町の酒造蔵の産である。 この素晴らしい味覚が自分の禁酒を狂わせた。

 年に何回か禁酒を志し、実行している。 理由は極めて明確。 体重と体脂肪の増加を防ぐことにある。 決して大量でないアルコール飲料の摂取が体重増加に繋がるのは、その飲み方にある。 就寝前に飲む悪習が十年以上前から身についてしまった。 当時は介護生活の最中で、心身共に疲れ切った身は、一日の仕事が終わっても直ちに寝ることが出来なかった。 身体はともかく、心の疲れを癒やす手段としてアルコール飲料の力を借りた。 当時の主たる飲料はウィスキーだつた。 それが焼酎に替ったのは、いつ頃だつたのだろうか。

 それにしても、就寝前の飲酒は間違いなく、体脂肪と体重を増加させる。アルコール1gは7Kカロリーの熱量を有する。 25度の麦焼酎200mlを就寝前に飲んだとすると、およそ350Kカロリーの摂取となる。 これが全て代謝エネルギーに替るなら問題はない。 しかし、就寝中の基礎代謝で全てか消費されるとは思えない。 主成分エタノールは肝臓でアセトアルデヒドを経由し酢酸となり、更に、活性酢酸たるアセチルコエンザイムAとなって、エネルギー産生の原材料となる。 エネルギーが必要十分であれば脂肪酸に替えられ、肝臓を経由して体内各所に非常用エネルギー源として蓄えられることになる。焼酎は栄養学から見ると、カロリー以外に何も摂取出来ないエンプティ―飲料だ。

 毎日ほぼ同じ時間帯に、スポーツジムで体重と体脂肪率を何年も測定し記録している。 毎日就寝前に飲酒を続けると、誤差を含めて0.1Kg/日の割合で体重が増加し、一週間程度禁酒すると、変動幅はあるものの、体重は緩やかな漸減を辿り始める。 昨年の飲酒・禁酒の繰り返しの中で確認した人体実験の結果だ。 禁酒を続けても、体重の減少割合は、増加割合に比べて、著しく低い。 禁酒により体脂肪の増加に歯止めがかかっても、食生活改善と運動量の増加を同時に行わない限り、体重減少は困難だ。 一度身についた脂質は容易なことでは燃焼してくれない。 人体が遥か昔に体験した、飢餓に対抗する防衛手段だからだ。

 努力の結果、腹回りの脂肪が減り、皮膚がたるんで来れば、しめたものだ。ところが、体重減少傾向に気が緩み、そこに、味い深い焼酎が出現すると、つい誘惑に負けてしまうことが問題だ。屋久島産の芋焼酎「三岳」や栃木産の麦焼酎「夢草子」等のレア物が手に入った時に、心の葛藤が起こる。 そして、ほとんどの場合、善なる自分の敗北に終わる。 「夢草子」の素晴らしい香りと喉越しの爽やかさや、原料の芋を意識させない、洗練された味覚の「三岳」の魅力に抗し兼ねるからだ。 昨年、二人の友人が相次いで「三岳」を送ってくれた。 こうなると、如何なる抵抗も無意味となる。 「陶山」の魅力は、これ等二者に勝るとも劣らないから厄介だ。 しかも、地元の酒屋で幾らでも手に入る。

 禁煙にも苦い思い出がある。 30代の後半の頃、禁煙を思い立ち、2年間実行をした。 最初の三日、そして一週間、十日間の辛い時期を乗り越えての2年間であった。 もう大丈夫と考えていた、その安易な気持ちが間違いのもとだった。 後輩と二人して出張した群馬県は山中の宿で、食事の時に酒を酌み交わし、かなり酩酊した後、後輩が「一本どうですか」とタバコを手渡してくれた。彼に悪意はなかった。 自分は酔いの為か、覚悟不足も祟ってか、禁煙の意思は脆弱となり、無意識にタバコに火をつけた。 その一本が命取りで、2年間の悪戦苦闘が水泡に帰した。 アット言う間に喫煙習慣に逆戻りだ。本当に禁煙出来たのは40台の始めに、一念発起した結果で、現在まで30年近く続いている。 幾ら酔っても、戯れに喫煙を勧められても、もう大丈夫だ。

 一昨年から昨年に懸けて、親戚や知人3人が相次いで手術する羽目になった。いずれも心筋梗塞である。 その内二人はバイパス手術、他の一人は2回に亙るバルーンによる冠動脈の拡張で、何れも命を取り留めた。 三人に共通するのは、飲酒と六十、七十を過ぎても止めることの出来なかった過度の喫煙だ。このうち二人は手術後、酒やタバコときっぱりと縁を切った。 現在健康状態は極めて良好で、老後の生活を楽しんでいる。もう一人の知人が問題で、手術後暫くは医者の指導で禁煙を続けたが、量は少ないものの、現在も喫煙を続けている。 どうしても止められないようだ。身体に負担の少ないバルーンであることが、禁煙覚悟を弱めたのかもしれない。

 人体に対する悪影響はアルコールよりタバコの方が大きいようだ。タバコの害は活性酸素の一種、過酸化水素にある。 肺胞で過酸化水素化が発生する過程はかなり複雑だ。 過酸化水素は酸化力こそ弱いが、比較的安定していることが問題になる。 安定している故、肺胞から血中に入り全身を廻ることになる。 人体はこの活性酸素を無毒化するため、還元酵素を産生し水と酸素に分解している。 加齢により酵素産生機能は当然低下するから、抗酸化物質摂取で補わない限り、悪影響にストップをかけられず、臓器の老化が加速することになる。 ニコチンが脳内神経伝達物質と同様な働きをすることで、喫煙により頭がすっきりする効果はある。 しかし、この程度の効用では、遥かに大きい喫煙による害をカバーしきれない。

 過酸化水素はタバコの煙に含まれる、一酸化窒素やこれの酸化物たる二酸化窒素、それに鉄・銅等の重金属に遭遇すると、最強の活性酸素であるヒドロキシラジカルに変身する。 ヒドロキシラジカルは極めて短命であるので、近くにある細胞を酸化して消滅する。 冠動脈でこれが起これば動脈硬化の引き金になる。近くにコレステロール等の脂質があれば、酸化されて過酸化脂質となる。 これを排除するためにマクロファージが集結し、これ等の死骸を含めてアテロームを作ることになる。 更に、血管を塞ぐことになれば、狭心症に繋がる。 体中のどこでも起こる化学反応だが、心臓や脳内で起これば致命傷になりかねない。体内にヒドロキシラジカルを無毒化する酵素がない以上、対抗するにはビタミンEの摂取が早道だ。

 現役の頃、大変お世話になった人にMY社長がいる。 凄まじいヘビースモーカーで、会議の時にはタバコワンカートンを持ち込むのを常とした。 一本当たりの喫煙量は少ないのだが、点けては消しのチェーンスモーキングである。 会議終了時には持ち込んだタバコの殆んどは、灰皿の内で山となった。このMY社長が肺ガンと分かり、手術をしたが、手の施しようがなかったと聞いている。 肺胞が蛙の卵状態だったそうだ。 手術後まもなく亡くなられた。「社員の諸君に、タバコはやめたほうが良いと伝えて欲しい」が遺言だった。

 若い頃、営業をイロハから教えてくれた人がKY部長だ。 大の日本酒好きで、アフターファイブは会社周辺の飲み屋で過ごす。 飲み相手として部下が定期的に声をかけられた。 部下には「体に悪いから食べろ食べろ」と言うが、自分は固形物には一切箸をつけない 。昼飯は決まって愛妻弁当だが、家に帰っても夕食は食べなかったようだ。 これがほぼ毎日だ。 60歳少し過ぎて、肝臓を悪くして急逝された。

 エタノールやアセトアルデヒドの分解酵素が働くには、システィンやタウリンなどの含流アミノ酸を含むタンパク質はもとより、ビタミンB1、B2、B6、それにニコチン酸が不可欠だ。 過剰のアルコールは肝臓内で脂肪酸に替る。  そのままでは脂肪肝一直線だから、タンパク質と結合させて肝臓から送り出す。これにはアミノ酸のメチオニンとかビタミンB群の仲間の、コリンやイノシトールが必要だ。 ビタミンB6欠乏食で脂肪肝を発生させた動物実験があるそうだ。アルコール分解過程でも活性酸素は発生し、肝臓を傷めつける。タンパク質も各種ビタミンも抗酸化物質の摂取もない、エネルギー源はアルコールだけの夜の食生活では、50歳を過ぎたKY部長の肝臓は、さぞかし悲鳴を上げていただろう。

 MY社長やKY部長は苦労人で、懐の深い人間学の大家でもあり、魅力溢れた人生の先輩であった。 現在の自分の心中に、当時お二人から受けた薫陶が間違いなく生きている。生前、お二人の辞書には禁酒・禁煙の二文字は無かったのだろう。

 就寝前の飲酒と言う、自分の悪癖を完全に止める自信はない。 飲酒、時々禁酒の繰り返しになる公算大だ。 ましては大量の飲酒ではない。 アルコールは量にして、男80g、女40gが一度に飲んではいけない限度と聞いている。 自分にとっては25度の焼酎で300mL強の量だ。これ以下に抑えることは何とかなりそうだ。 アルコール代謝に必要な栄養源を夕食時に摂り、代謝時の活性酸素対策も忘れ無いことだ。

 と書いてきて、悪癖を治すことが出来ない自分を正当化するために、理屈を並べている様に思えてきた。 この辺で談義を止めにする。
 

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