【伝蔵荘日誌】

2012年3月28日: 免疫力とタンパク質 GP生

 この冬流行したインフルエンザも、乾燥状態の解消と共にようやく下火になって来た。 最盛期にはアクアダンスの若いインストラクター達が相次いで罹患し、休講が相次いだ。 生徒のおばさん達は元気いっぱいなのに。我が家では、幸い誰も感染を見ずに、最悪期を乗り切れた様だ。今年は、同じA型ウィルスでも、タンパク質の構造が微妙に異なった為に、ワクチンの効果なかった事例も多いと聞く。 同型ワクチンを接種すれば、インフルエンザ対策が万全かと言えば、そうは問屋が卸さないから厄介だ。

 先日の分子栄養学勉強会のテーマは「免疫系における情報の伝達」であった。マクロファージがウィルス等の抗原を認識し、この情報をT細胞→B細胞のルートで伝えることで、抗体が産生されることは誰でも知っている。この情報だけでは自分達の免疫力を強化するには、どうしたら良いかの判断は出来ない。 勉強会では、進化した獲得免疫の精緻な働きを知ることが出来たのは収穫であった。

 人はMHCと呼ばれる固有のタンパク質を有している。MHCは2000万年前から多様化が始まり、人体が様々なウィルスや細菌から種を保存する為に、進化して来たと言われている。MHCは免疫細胞の膜上に突き出た、Y字様の構造を持つタンパク質だ。このY字様の溝に取込まれた抗原断片の構造が、溝に合致するか否かで、自己か非自己か判断される。 この能力を有する細胞を抗原提示細胞と呼ぶ。人のMHCの構造が全て同一ならば、免疫反応が不十分な場合には、全ての人が死滅する恐れが生じる 。それを防ぐために、人のMHC構造に違いが生じたのが通説の様だ 。MHCの構造の違いはDNA配列の違いによる。人の場合、MHCをHLA抗原と呼んでいる。

 この構造の違いが、臓器移植の際の大障害になる。 移植された臓器細胞は、本来の自己のMHCの構造と異なるから、非自己と判断されて、免疫は移植臓器を攻撃する。 従って生涯、免疫抑制剤のお世話にならざるを得ない。当然、感染症に対しての抵抗力は低下して、臓器移植が成功しても、別の困難が生じることになる。 MHCの構造が全く同じ人の臓器を得るのは至難の業だ。

 人体がウィルスに感染すると、パトロール中の抗原提示細胞たるマクロファージがこれを取り込み分解する。 分解はアミノ酸が連なるペプチドの段階まで断片化される。この非自己ペプチドと細胞内で作られるMHCとが結合し、細胞膜まで運ばれる。更に細胞膜外に突出した形で、他の免疫細胞に抗原提示を行う。 同時に、マクロファージは他の免疫細胞を呼び寄せるために、サイトカインやケモカインを放出する 。これらは100種類以上のあり、全て目的が異なるのだから、免疫系の働きは複雑を極める。

 抗原処理と提示を行う細胞はマクロファージだけではない。 樹状細胞は抗原処理・提示能力を更に進化させた細胞だ。 MHCを細胞膜上に強く現わし、樹の枝のような突起を沢山延ばし、T細胞とより接触し易くしている。 情報伝達方法はマクロファージと同じだが、貪食機能は退化している。

 T細胞の細胞膜にMHCの受容体が有る。 これが抗原提示細胞のMHCと結合し、抗原情報の伝達が行われる。この結合を確実にする為に、二つの細胞を接着させる機能を持つタンパク質が、それぞれの細胞に存在する。 更に、T細胞は抗原提示細胞を刺激して、提示能力を成熟させるための、タンパク質を有している。 これら複数タンパク質の相互作用が、抗原情報を正確に伝達するシステムとして、生命活動を支えている。 これらの働きを認識して、機能活動を助ける生活を行うことが、自身の健康に繋がる事になる。

 T細胞は二種類が存在する。 ウィルスに感染した細胞を自殺に追い込む、キラーT細胞と、B細胞に抗体を産生させる、ヘルパーT細胞だ。それぞれのT細胞はMHCの構造が異なり、T細胞の役割分担を明確化している。キラーT細胞は感染細胞と結びついて、これにタンパク質分解酵素を送り込む事で、対象細胞を自殺に追い込む。 キラーT細胞が攻撃対象細胞を認識する過程も、各種タンパク質の精緻な機能により行われている。

 ヘルパーT細胞は受容体を通してB細胞に抗原情報を伝達する。 伝達を受けたB細胞は抗原に適切に対処すべく分化し、更に細胞分裂を行う事で抗体産生量を飛躍的に増加させる。 この情報伝達によりヘルパー細胞は活性化される。活性化したヘルパーT細胞は多様なサイトカインを分泌し、B細胞のみならず、マクロファージやキラーT細胞を活性化させる。実際には免疫細胞間で更に精緻で複雑な相互作用を行っていることは、目を見張る思いだ。

 キラーT細胞が感染細胞に小孔を空ける酵素パーホリンや、その小孔を使って送り込まれる分解酵素プロテアーゼもタンパク質だ。 抗原提示細胞が取込んだ抗原を分解する酵素も、抗原断片を細胞膜外に送り込む媒体もタンパク質だ。 健全な免疫の働きは、タンパク質無しでは一歩も機能しない。

 情報伝達に不可欠なMHCタンパク質は変形Y 字型で、抗原断片を取込む部位は二重構造をしている。 抗体もまたY字型の二重構造だ。 どちらにも共通なのは、S-S結合と呼ばれる硫黄原子同士の強固な結合構造を持つことだ。Sを含有するアミノ酸はメチオニンとシスティンの二種類しかない。 どちらも人体では合成できない必須アミノ酸だ。 食品から日常的に摂取しない限り、免疫力の低下は確実に生じる。 これらアミノ酸は魚類、牛豚鶏肉、鶏卵の含有が高い。 風邪を引いたときの卵酒は、理に適った処方と言える。

 感染菌と闘うには、適正な防衛免疫部隊の大増員が必要だ。 そのために免疫細胞は敵軍の性格に合わせて分化を行う。 分化にはタンパク質のみならず、ビタミンAとコエンザイムQ10が要求される。 分化された細胞は更に分裂し、増殖を行う必要がある。 これらの働きは全てDNAのコントロール下で行われる。 この時、アミノ酸や核酸が必要だ。肝臓は核酸やQ10の製造に大忙しだろう。 これらの産生反応にも、アミノ酸や各種ビタミン、ミネラルが動員される。肝臓で複雑な反応を経緯するより、必要物質を大量に含む食品を摂取した方が早い。 サプリメントなら尚早い。これらの、生体活動にはエネルギーが必要だ。 非常時では各細胞のミトコンドリアはATPの大増産の最中だろう。 感染源と闘っている最中では、消化吸収の早い炭水化物の摂取も、エネルギー源確保のために怠れない。

 インフルエンザに感染すると体温は上昇する。 この発熱反応はサイトカインの働きに依る。 体温が高いほど、人体の酵素反応は高まるからだ。 そのために、ミトコンドリアが大車輪でエネルギー産生に励み、体温を上昇させる。 この時、頭部や頸動脈を冷却し、脳細胞の保護を行う必要がある。 解熱剤の服用は、最前線で敵と戦っている免疫兵士を、鉄砲で後ろから撃つようなものだ。昔から、風邪を引いたら下手に薬は飲まずに、栄養を摂り、暖かい布団の中で頭だけ冷やすのが常道だった。 人体機能に適った対処法を昔の人は知っていた。

 インフルエンザで医者に行くと、他の感染症予防のために抗生物質が処方される。 二次的症状が出ていないにも関わらずだ。 抗生物質は腸内細菌に少なからずダメージを与える。 余程のことが無い限り、飲まないに越したことはない。日常生活の中で、必須アミノ酸を含んだタンパク食品やビタミン、ミネラルを豊富に含む食生活と、十分な睡眠が健康管理の基本であることは論を待たない。ストレスは免疫力を低下させる。ストレス対策の栄養条件確保も忘れてはならない。

 生体機能が活発な若い人でも、油断すればインフルエンザに感染する。高齢者は長年の感染歴から、各種抗体は十分保持しているから、若い人より有利と言える。 けれど、免疫の働きは加齢と共に衰えるし、免疫活動をサポートする各種物質の産生能力も低下する。 対象抗体は保持していても、必要物質の産生機能が劣えていては、折角の抗体も宝の持ち腐れだ。 ワクチン接種により抗体産生の準備が整っても、それから先が機能低下となれば、感染確率は低下しないだろう。 ましてや、未経験の抗原に対しては、免疫対応は更に遅れることになる。

 自分の母は介護施設へのショート入所で、よく肺炎に罹って入院となった。家庭では通常食以外に、配合タンパク食品に各種ビタミンを多量に加え摂取させていた。 だから家庭内介護時には感染症と縁が無かった。 80歳の半ばを過ぎても、タンパク質やビタミンの必要十分の摂取で免疫力を向上出来たと思っている。 施設の食事では望むべくも無い事だ。

 高齢者であればこそ、自分の体に如何なる栄養源が必要か考え、日々対処する事が必要だ。 摂取すべき栄養量に平均値はない。 個人によりDNAが異なるのだから、自分自身のの栄養学を確立し、日々の生活の中で継続する努力が必要だ。 生き物たる人体の状態は、一日として同じではない。 自分の体の変化を感知し、摂取栄養源を修正する事が必要となる。これ等を継続することは、感染症に限らず、生活習慣病を含む多くの病気から身を守り、老後の健康生活をより確かにするだろう。 自分の健康を医者任せ、他人任せにはしてはならない。 自分の主治医は自分なのだから。
  

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