【伝蔵荘日誌】

2012年1月27日: 日本経済の再復活 T.G.

 新聞発表によれば、昨年の貿易収支が31年ぶりに赤字に転落したという。 震災や原発事故の影響で、石油やLPガスの輸入量が増えたことが原因だと言うが、製造業を中心とする日本の貿易産業の長期低迷が根本にあるに違いない。

 別の新聞報道では、輸入総額が前年比12%増えたにもかかわらず、輸出総額は2.7%減。 品目別では、自動車が10・6%減、半導体等電子部品が14・2%減と大きく落ち込んでいると言う。 震災やタイの洪水の影響や円高による一時的落ち込みもあろうが、日本が誇る製造業の国際競争力に陰りが出始めたことが根本原因であるに違いない。 資源小国の日本は、食料やエネルギーなどの資源調達に見合う外貨を輸出で稼がなければならない。 幸い現時点では外国投資の配当などを含めた経常収支が黒字なので何とかなっているが、今後長期にわたり貿易収支の赤字が続けば、国家経営が成り立たなくなるだろう。

 別の記事では、韓国のサムスン電子との競争に耐えられず、パナソニックや日立が薄型テレビの国内生産から撤退すると報じている。 同じく日産自動車が、ウォン安を武器に売り上げを伸ばす韓国・現代自動車にシェアを奪われ、小型車の生産工場をタイに移すと言う。 かってテレビや小型自動車で世界のトップランナーであった貿易立国の日本が、今は見る影もない。 なぜこうまで落ちぶれてしまったのか。

 1980年代、日本のテレビ、半導体、小型自動車が世界を席巻した。 その頃仕事でアメリカの防衛産業を訪問したことがある。 そこで各種の戦闘指揮所システムを見学させてもらった。 驚いたのは、システムの中核機能である大画面表示ディスプレイに、ソニーのトリニトロンブラウン管が使われていたことだ。 80年代初めまで世界最大のエレクトロニクスメーカーだったGE、RCAが、日本との競争に敗れ、テレビ事業から撤退し、アメリカ国内でブラウン管製造が行われなくなっていた。 やむなく国防秘の軍用システムにも日本製ブラウン管を用いなければならなかったのだ。 やがて世界中のリビングルームが日本製カラーテレビで埋め尽くされるようになった。

 半導体の状況はもっと激しかった。 1986年の半導体売り上げランキング10社のうち、NECをトップとする日本企業が6社を占め、世界の販売高の50%を日本企業が売り上げた。 たまりかねたアメリカ政府が半導体摩擦を仕掛け、301条発動を脅しに日本の半導体産業に縛りをかけた。 それでもアメリカの半導体産業が返り咲くことはなかった。 そのとき受けた傷が、今の日本の電子産業の凋落につながっている。

 テレビや半導体製品の特徴は、いったん製造技術が確立してしまえば、後は生産コストだけが頼りの製品であることだ。 分かりやすく言えば、技術力がなくても誰でも作れ、人件費の安さだけの勝負だと言うことである。 代表的半導体製品DRAMの核心技術は超細密化にある。 その頃、アメリカと日本はR&Dでその細密化技術にしのぎを削った。 かっての我がN社はこの分野で世界のトップ企業であったが、今は見る影もない(泣)。 研究開発があるレベルに達してしまうと、もはや技術はいらない。 後は体力勝負である。 出来るだけ安価に、歩留まりのよい製品を作れるかどうかにかかっている。 メーカーから半導体製造装置を買ってきて、ペッタンペッタン印刷するだけでいい。 DRAM製造は印刷と同じである。 印刷にさしたる技術はいらない。 サムスンだって作れる。

 テレビもまったく同じである。 液晶テレビは半導体の固まりである。 ブラウン管から液晶に移行したことでその傾向がますます強まった。 研究レベルの高度な技術開発は要らない。 そうなれば人件費が安い後発の発展途上国の方が有利である。 今の韓国と同じく、日本もかっては後発後進国だったのだ。

 さる10日にラスベガスで開かれた世界最大の家電見本市CESで、最も活気に溢れ、来場者で溢れかえっていたはサムスンなど韓国企業ブースだったと言う。 かつては日本メーカーがCESの話題の中心だったが、今や片隅でひっそりしているという。 今や世界中の家電売り場はサムスンやLG電子製薄型テレビで埋め尽くされ、ソニーやパナソニックは見かけないという。 今の日本と韓国の関係は、一昔前の日本とアメリカの関係と同じである。 DRAMやテレビのような低技術製品は、日本のような先進国は韓国のような発展途上国に勝てないと言うことだ。

 サムスンは今や売上高11兆円。 ソニーやパナソニックが束になっても敵わない。 サムスングループ全体の売上高は韓国GDPの22%に達する。 雇用は韓国労働市場の3割にも達する。 97年のアジア通貨危機で国家破産に追い込まれた韓国経済は、IMF介入でかろうじて立ち直った。 その過程で多くの財閥企業が解体された。 つぶれかけたサムスンは国から公的資金の注入を受け、韓国の将来をかけた半官半民の企業として再出発する。 やがて選ばれたサムスン、LG電子、ヒュンダイなど、少数の財閥企業が急成長し、韓国経済を支えるようになった。 韓国は産業全体の裾野を押し上げる政策を諦め、一点豪華主義に徹したのだ。

 歴代韓国政府はこれら選ばれた財閥企業に対し、税制などありとあらゆる優遇策を採ってきた。 例えば韓国の電気料金は日本の3分の1と極めて安価である。 電力会社に無理やり赤字経営をさせ、サムスン、LG電子、ヒュンダイには安い電力を供給する。 大幅なウォン安政策を進め、農業を切り捨て、アメリカとのFTAも進めた。 日本とは大違いである。 人件費の安さを含め、これでは日本企業は太刀打ちできない。 今やこの3社で韓国の輸出の7割、GDP半分以上を占めるようになった。 大袈裟に言えばこの3社が韓国経済そのものであり、3社が転けたら韓国そのものが転ける。 先進経済国でこれほどの危うい寡占を見たことがない。 中央日報によれば、さすがに最近では国内で批判が出てきているようだ。

   それにしてもサムスンはおかしな会社だ。 東京大学の吉川研究員によると、サムスンの基本戦略は革新技術につながる研究開発をほとんど行わないことだという。 既存技術の改善、改良、組み合わせで、新製品や新サービスをつくることに徹している。 つまり悪く言えば物まね企業である。 世界中からアイデアと最新技術やパーツを導入して商品開発を行う。 短時間でキャッチアップし、コストがかからない。 サムスン自慢の半導体製品も薄型テレビも、元はNEC、ソニー技術のコピーである。 シェアを伸ばしているスマートホンもアップルのクソ真似だ。 独自開発技術は皆無である。 金と時間のかかる研究開発には手を出さず、物まねで一時的な浮利を追うことに徹している。 そのためサムスンが売れば売るほど、対日本の貿易赤字が増える構造になっている。 自分で開発しない部品、素材、製造機械を、あらかた日本からの輸入に頼っているからだ。 しかしながら、アメリが日本に追い越され、日本が韓国に追い越されたように、今をときめく韓国製液晶テレビや半導体や自動車も、やがてインド中国などの後発国に追いつき追い越される運命にある。 そのときサムスン、ヒュンダイだけが頼りの韓国はどうするのだろう。

 他の国のことはどうでもいい。 パナソニックやソニーやNECの低迷は、もはや不可逆的な歴史の必然なのだ。 今後とも、日本はテレビや自動車で輸出を支えることは出来ない。 日本に負けたアメリカが、ITや金融分野にスタンスを移し、世界一の大国であり続けたように、日本もそろそろ別の産業分野に転身すべきだ。 そうしなければ日本の将来はない。 それがどのような分野か分からないが、まだ余力のあるうちに総力を挙げて見つける努力をすべきだ。 韓国と違い、はるかに高い技術と産業の広い裾野を持っている日本には十分可能なことだ。 にもかかわらず、産業界にも政府にもそう言う意欲や機運がまったく感じられないのはどうしたことか。 肝心の政府に至っては、デフレ下の増税などと見当違いのバカ政策に入れあげて、産業政策には見向きもしない。 消費税も社会保障も、経済が好転した後の話だ。 ない袖は振れないと言うではないか。 ねえ、野田君。   

目次に戻る