【伝蔵荘日誌】

2012年1月3日: 年の瀬を振り返って GP生

 新年を迎えて三が日が過ぎ、親類や知人・友人からの年賀状もあらかた届いた。昨年の大震災や原発事故の後遺症は継続中で、「明けましておめでとう」と素直に書けない心情でもある。 けれど、賀状の殆んどは、前向きで明るい基調で表現されたものが多かった。 特に、若い人達は家族の幸せを、葉書一杯に写真で飾り、見る人の心を和ませてくれた。 やはり年賀状とは、旧年がどんな過酷な年であっても、新しい年に希望を見出す標でありたいと思う。昨年の年の瀬を振り返ってみて、「喪中連絡」が例年に比べて多い感じがしたし、内容にも変化が生じているのが気になった。 喪中葉書を見ながら、人の来し方行く末を考える事が多かった。 昨年を振り返り、師走に入ってからの想いの一端を、書いてみることにした。

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 喪中連絡は例年だと両親や義父母の死去に伴う内容であったが、昨年は連れ合いや兄弟姉妹の死亡の記述が多くなってきた。 記載内容が自分たちの世代に近づいて来たのが気にかかる。 自分のみならず、知人友人たちも一緒に歳を取っていくのだから、仕方のないことだ。毎年、賀状にご夫婦の写真が印刷されていた先輩からの葉書には、「妻死去により」と書かれていた。 夫婦円満の笑顔は二度と見られなくなった。  人が加齢を重ね、病を得て、この世を去っていくことは、人の定めであるにしても、長年交誼を重ねた人たちが、一人、また一人と、あの世に旅立って行かざるを得ない事に寂しさを覚える。

 昨年を振り返ってみると、知人や友人が「病を得て倒れた」との知らせが多かったように思える。 最近でも、かっての山の仲間であるOt君が脳梗塞で倒れたことを知った。 幸い、致命的な症状でなく、早い回復が見込めるとかで、一安心だ。 ある日突然、脳梗塞発症となれば、本人のみならず、家族の心配はいかばかりだろう。 脳梗塞に限らず、ある年齢になれば、命にかかわる病の発症は避けられない事だ。

 北の将軍様が心筋梗塞で急死した。 将軍様は父親同様に、遺体は永久保存されるそうだ。 旧ソ連のレーニンの遺体保存が有名だが、人は何故このような愚かなことをするのだろうか。将軍様の場合、遺体の維持には驚くほどの金がかかるとの事。 貧しいかの国で、この金を食糧輸入に廻せば、どれだけの国民が救われることか。

 死者の生前の姿を残し続けることに、どの様な意味があるのだろうか。個人崇拝の究極の現れであるのは分かるにしても、魂の抜殻たる肉体を崇拝の対象にしたり、生者の権力維持の手段とすることは、死者に対する冒涜でもある。魂こそが人の本体であり、肉体はこの世で生きるための、乗り船に過ぎないからだ。

 人の体は生きていてこそ、この世で意味があるのであって、生物として自力生存が出来ない身体は、その人の外見を留める「骸」と言う名の物体に過ぎない。人は生命を失った瞬間、魂は身体から抜け出し、別の場所に移動する。抜け出した魂が何処の場所に行くかは、人それぞれで、自らの死によってしか確認はできない。 北の将軍様とて死すれば同じ事だ。 魂の乗りものたる肉体は、この世では不要の存在となるから、昔から土に返してきた。 魂が再び時を得て転生するように、土に還った肉体もまた、形を変え、新たな魂を得て再生を果たす。これが、この世とあの世の間の摂理だからだ。

 人が死した時、この世に未練が残ると、あの世に素直に帰れない事が起こる。場合によっては、地縛霊となって死んだ地に留まり、多くの人々を惑わすことになる。 死んだことが判らず、さりとて生き返ることも出来ずに、苦しみのあまり、この世で暗い心を持った者に同調して、しがみ付くからだ。だから、家族や縁者は、死者がこの世に未練を残さないよう、死後の周辺を整理する。 もしも、遺体を土に返さず、永久保存を施したとしたら、死者の魂はどのように感じるのだろう。死後にも魂が存在することを知り、この世で自身が為した結果の報いは、自らがあの世で受けることを心得て、人の道に背かぬ生き方をした人ならいざ知らず、何百万人の国民を餓死させて恥じず、虚しい権力欲と虚栄に生きた将軍様が、現世に執着しないはずがない。 生前、人の道に外れた悪政により、多くの人々を塗炭の苦しみに追いやり、死して尚、現世に執着する魂は永遠に天上界に戻れず、あの世の最底辺で永く彷徨うことになろう。 遺体の永久保存はそれを後押しする。

 人はいずれ病を得て、この世を去っていく。 自分の全細胞を、本来有する寿命まで使い切って、ある日突然この世を去っていく幸せな人は少ない筈だ。  人は誰でも遺伝的欠陥を有するし、無意識であっても自分の肉体に無理を強いて生きているから、歳を重ねるにつれ、後天的ダメージも蓄積されていく。それでも、心して生活すれば、高齢になっても大きな病を繰り返すことは防げる筈だ。 この世での魂の乗り物たる肉体を愛おしむと同時に、本来の自分である心の大切さを知ることは、高齢者の老後に決定的な意味を持ってくる。

 「色心不二」なる言葉がある。 「色」とは目に見える物、ここでは「肉体」の事だ。 「肉体と心は人にとって、別々のものではなく、二つが一体となって人を形成している」との意味だ。若い時は、深く考えることなく突っ走ることもできたし、未熟な心の様々な変化にも、若い体は悲鳴を上げることなく、柔軟な対応が可能であった。高齢になれば、身体は勿論、心の柔軟性も衰えてくる。 心の衰えは体を更に衰えさせるし、その逆もまた同じだ。 「痛ましからずや、かかるうちに、生涯尽く」では、「何のためのこの世での人生ぞ」と後悔することになる。

 卒業時に13人居た同期の山仲間は、4人が鬼籍に入り、連絡先不明が1人、闘病中3人で、日常生活に不自由無しは5人に過ぎない。この世に生まれて70年以上過ぎれば、生身の体に何が起こってもおかしくない。身体不調の原因は、両親から貰った遺伝子と自身の長年にわたる生活習慣のしからしめるものだから、誰を恨むことも出来ない。 この年になると、自分のこの世での人生結果が問われていることにもなる。

 歳を取って、惰性で生活していると、意欲や気力が何時しか衰えて来て、気が付くと体力までもが、そぎ落とされる結果になる。 そうなると重度の体調不良に陥った時、心を閉ざしがちになるし、親しい友人にも病気を知らせず、心を閉ざして引き籠りになりがちだ。歳を取っても、現状に何らかの意義を見出し、ささやかであっても日常生活に意欲を持っことが出来れば、病は遠ざかり、たとえ病を得ても、軽微な結果をもたらすことになろう。

 秋田のWaさんは脳梗塞による失明の苦しみの中から、TG君や自分に電話をして心の内を吐露してくれた。 その積極性が失明後の生きる道を、自ら悟ることに繋がっている様に思える。人の性格や想いはそれぞれだし、人生観も皆異なるから、良し悪しは如何とも言えない。 けれど積極的に病と向き合った方が、良い結果をもたらすことは多いように思える。 自分の周辺を見てもも、自分の人生に前向きな人ほど、現役引退後に病気もせず、元気に生活している人が多いようだ。

 後輩のOh君が自作の水彩画を用いた、素晴らしい卓上カレンダーを送ってくれた。 落ち着いた趣きのある作品6枚が印刷されていた。 彼は山行、温泉旅行のみらず、東北の被災地救援活動もしている。 小柄で齢70歳に近いが、身体壮健だ。 積極的な生活が肉体を支えている。 彼とは学生時代に良く山に行ったが、その頃の積極性あふれる行動は歳を取っても変わっていない。自分事にしても、現在も若い時と同じような発想をして、時には同じような過ちを繰り返しては、苦笑している自分を想うと、人の生き方は余程の事がなければ変わらないのかもしれない。

 昨年は大震災により多くの人達が亡くなり、更に多くの人達の人生が狂わされた。 生身の肉体を以て、この世を生きて行く限り、地震や津波に限らず、想定外の事が何時生じてもおかしくない。 自分の行く末を間違いなく想定することは、誰でも出来ない事だ。 想定外の事は何時でも起こりうることを想定して、生活するしかない。昨年の自分を振り返っても、予想外の出来事続きで、気の休まることは少なかった。 歳を取ったら、もう少しのんびりとした生活が出来るかと楽しみにしていた。 だが、全くの期待外れだ。 この世に生きる限り、「ノンビリ」だの「安定」だのは無理な相談の様だ。 現世自体が荒く激しい波動に満ち溢れている世界だから、安らかな生活は極楽浄土でしか望めないのかもしれない。厳しい現世ではあるけれど、生ある限り「心の修行」は続くものと覚悟して生きるしかないのだろう。

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  新しい年を迎えても、人の生死に関心があるのは、自分が年寄りの仲間に入った事と、余生の長さが約束されていないからだろう。 自分を生み、育んでくれた両親はすでに居ない。 自分がこの世で、何を成すべきなのかも、自分の人生の目的も定かではない。 けれど、多くの人達との縁の中で成長し、加齢を重ねてきてた事は間違いはない。 これから、新しい人たちとの関わりも、前向きに生きれば生じてくるだろう。 自分の親しい知人・友人達、それに家族は、前世のいずれかの時に縁の有った、魂の仲間達のはずだ。 今年が如何なる年であるかは、神のみぞ知ることだが、前世、今世を問わず、「縁のあった仲間たちと共に、今年も生きていかなければ」と思っている。
  

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