【伝蔵荘日誌】

2011年11月12日: 低レベルの放射線考 GP生

 先日、細野原発事故担当大臣が浜松市で講演し、福島第一原発事故に関連して「年間20mSv程度の低い放射線量の被ばくが健康に与える影響について、有識者による作業チームを作り調査する」旨の考えを示した。 遅きに失した感はあるが、世の中に蔓延している放射線恐怖症を払拭し、国民が低レベル放射線に対し正しい認識を持つべく、施政者は努力しなければならないのは当然のことだ。

 「年間100mSv以下の低レベル放射線被爆の、人体への影響に対するデーターは少なく、本当の事は良く分かっていない」と、今まで認識していた。 これは自分の勉強不足であった。 講談社ブルーバックス、「人は放射線になぜ弱いか---第3版」(著者近藤宗平)を読んで、目から鱗が落ちる思いがした。 低レベル放射線の生体に対する研究結果は、実験室・疫学調査等の研究データー量は多く、この本に取り上げられているものは一部に過ぎないようだ。 著者は京大在学中に広島原爆調査に赴いて以来、阪大や近畿大を中心に放射線の人体に対する影響を研究してきた、放射線防御に関する第一人者である。

 現在、日本人の放射線に対する認識は、「どんな低レベルでも、放射線は毒で、放射線量ゼロが望ましい」と言うものだろう。 だから、一部の市民は線量計片手にホットスポット探しに狂奔しているし、多くの人は福島の避難区域の線量調査結果に神経を尖らせている。 放射線は人体に影響の出る「しきい値」が無く、「或る線量以下なら発ガンの危険率はゼロと言う値は無い」と言う「直線しきい値なし説」に基づいた認識を共有しているからだろう。 この説は1958年に国連科学委員会が医学者の反対を押し切って、遺伝学者の説を採用したもので、疫学的証拠をつけて、発ガンと遺伝的影響に関する危険度を数値化した。 日本のみならず世界各国が、これを基本哲学として国内各種の規制値を定めて現在に至っているそうだ。 この説が、現実の結果と乖離しているにもかかわらず、この説を信奉して、法的根拠と心情的根拠になっているところが、混乱の原因のようだ。

 広島、長崎の被ばく者及びその子供達や、チェルノブイリ汚染地区の住民及びヨーロッパ各地への避難民、スリーマイルズ島周辺の住人の発ガン及び死亡率、染色体異常、更に実験室での数十万匹のラットによる被ばく実験の結果など、世界中の研究結果から、著者は、被ばく放射線量には「しきい値」が存在する事を圧倒的説得力で著述している。 例えば、原爆被爆でも100mSv以下なら放射線ガンのリスクは存在しないことも、その一つである。 人体に対する放射線の影響は、「発ガン」と「染色体異常による遺伝的影響」の二つに集約される。 この双方に「しきい値」がある理由として、著者は次のように説明している。

「自然放射線により、DNAを含め人の細胞は多数の損傷を受けているが、人体はDNAの修復機能と排除機能により影響を排除している。 細胞のDNA二重切断の確率は、被ばく量が100mSv以下ならば、自然DNA損傷の変動幅の中に埋没してしまう。 細胞が損傷して治らない時、酵素の働きで細胞をアトポーシス死に追いやり、放射線の傷は完全に排除される。 被ばく者10万人以上を対象にした調査で、500mSv以下では遺伝病の発生は見られなかった。」 そのほかにも多くの詳細な根拠を説明しているが、「自然の10倍程度の放射線量が安全であることは、科学的証拠の総括で到達できる結論た。」と述べている。 全ての自然放射線量は、宇宙線0.36mSv、大地ガンマ線0.41mSv、体内全部1.63mSvの合計2.4mSvだから、年間24mSv以下の放射線量であれば「人体の防御機能により、心配無用」なのだ。

 微量の放射線は生物に害を与えず、生命の活力を高める場合が多いことも昔から知られている。 その理由は最近の研究で明らかになりつつあるようだ。 これはホルミシス効果と呼ばれる。 ホルモンの様に作用すると言う意味で命名された呼称だという。 線量としては10mSv程度の微量を生物が浴びると、微量被ばくを察知して生体は防護タンパクの産生を開始する。 その後、中程度の線量を被曝しても、直ちに防護体制が取れるため、染色体異常を低減させる。 低線量の放射線の全身照射を週2,3回ずつ数週間行い、その後ガンの部位に大量照射する治療法が好成績を上げているそうだ。 放射線のホルミシス効果については、「生物の環境適応力」が放射線の刺激で向上するとの見方が有力である。 青森県の玉川温泉のガン治療効果の裏付けになる。

 原爆の様な瞬時の被ばくと放射線汚染地での低濃度長期被ばくとは、分けて考えなければならないだろう。 日本人は広島、長崎の原爆被害の悲惨さと恐ろしさを誰でも共有している。 原子力の平和利用に際しても、日本人は根底に恐怖感を秘めていることは否定できない。今回の福島第一の事故に際しても、政府のミスリードもあり、国民は何を信じて良いのか判らない状態だと思う。 微量の被ばくに対して、行政がいくら安心安全と声を大にしても、信じることが出来ず、疑心暗鬼に陥ることになる。 線量計で測定しても、数値がゼロでない限り、測れば測るほど不安は募ることになる。

 ネットで面白い記事を見つけた。 週刊ポストの転記で、「国会議事堂がホットスポット」との内容だ。 議事堂には花崗岩が大量に使用されている。 その花崗岩の外壁線量は0.29μSv、年間線量で2.5mSvになる。地中の岩石には微量の放射性物質を含有する。 特に花崗岩中の量が多いことは知られている。 ラジゥム温泉では10mSvを超える所も知られている。 これ等に対して、誰も危険だとは騒がない。 同じ線量でも、国会議事堂のは安全で福島第一の放射線は危険だと考えているのだろうか。

 知人の男性が現在、前立腺ガンの放射線治療を行っている。 土日を除き毎日の通院治療で37日間続けるそうだ。 「家に帰ってくると、何とも言えないけだるさに襲われる」と話していた。 聞いてみると、「放射線は一回10秒以内の照射で、方向を変えて4回行う。 ピンポイント照射の為のCTスキャンはトータル10分近くになるとのことだ。 胸部X線に比べて、CTの放射線量は桁違いだ。 この線量が37日間続けて下腹部に照射される。 更に、ガン治療の放射線照射は、短時間とは言えCT以上に強力だ。細胞分裂の激しい生殖細胞のみならず、下腹部の正常細胞の損傷は免れない。 「一晩寝ると、体のだるさは消えて、自覚症状はなくなる。」と話していた。 人が自覚しないうちに、体内では懸命の修復作業がフル回転しているのだろう。 修復に携わるのは各種酵素だ。 知人には、照射前の抗酸化物資及び酵素産生の材料たるタンパク質と各種ビタミンの摂取を怠らないよう話しておいた。 福島の汚染地域の住人で、この知人男性の様な症状を呈した例は、寡聞にして知らない。

 人体にはカリウムが体重の0.2%存在する。 この天然カリウムの一万分の一は放射能を持っている。 従って体重50Kgの人で0.01gの放射性カリウムを体内に常に蓄えていることになる。 放射能単位で3000ベクレルだ。 体内で毎秒3000個のベーター線が発生し、一つのベーター線が250の細胞を傷つけるので、毎秒75万個の細胞が被ばくする計算になるそうだ。 被ばく線量は1.0mSv。 それでも人の寿命は延び続けてきた。 微量の外部線量に脅え大騒ぎしている人は、多分この内部被ばくを知らないのだろう。 だから、大文字焼きのための三陸の松の使用に大騒ぎし、放射線を検出しない瓦礫の処理に「健康被害が心配だ」として反対する。 行政も無知ゆえ、反対住民を説得できず、東京都を除いて、瓦礫の受け入れを決断できないでいる。

 24mSvは時間換算で2.7μSvとなる。 人が比較的線量の高い場所に長時間留まることは少ないはずだ。 平均して、24時間2.7μSv以下の被曝なら健康被害は出ないと考えれば、ホットスポット云々に神経を尖らせ、自らを放射線恐怖ストレスに曝すことの愚を考えなければならない。 いたずらに脅えるより、食生活を含めた生活習慣の改善で、人体の修復機能を高めることの方が、遥かに大事だ。 単純に発ガンを考えれば、少量の放射線に比べ、喫煙の害の方が遥かに大きい。 チェルノブイリでは、汚染地に残留した住民が生き生きしていて、避難した人達にガンを始め病気が多発しているとのデータがある。 自然発生する細胞の損傷補修機能は強いストレス下では正常に機能せず、良品の細胞まで破壊して病を重くしているからのようだ。

 先の本の巻頭に寺田寅彦の言葉として「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎるのは易しいが、正当に怖がるのはなかなか難しい」とある。 正に、むべなるかなだ。「人は放射線になぜ弱いか」は心ある国民必読の書である。
  

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