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2011年10月25日: iPodとCDと音楽と T.G.

 今朝の読売新聞に、「iPod革命10年…160億曲販売でCD激減」という記事が載っている。それによると、「アップル社のiPod発売以来、音楽を聞く行為がまったく様変わりし、ほとんどがwebサイトからのダウンロードとイヤフォーンに変わった。それまで主流だったCDの販売が激減し、ニューヨークなど大都市では大型レコードショップが消滅した」、とある。アスキー創業者の西和彦氏は、「iPodがソニーのCDを壊滅させた」と、その衝撃度を語っている。

 確かに自宅近辺でも駅前のレコードショップはあらからなくなった。これと言ったCDを買おうと思ったら、ネットで買うか東京まで出るしかない。勤めていた頃は会社帰りに秋葉原で途中下車し、石丸電気のオーディオ館に立ち寄ってCDやLPレコードを買うのが楽しみだった。今でもあるのだろうか。あの頃のオーディオ館は3階フロアがすべてクラシック、4階がジャズの売り場で、CDやLPが何千枚も展示されていた。音楽好きには堪らないフロアだった。このご時世、とてもあの規模で現存するとは思えない。あの頃の秋葉原には大型オーディオショップがあちこちにあったが、今やほとんど消滅している。ちょっとしたオーディオパーツを探すのも一苦労だ。

 iPodの功罪はいろいろ語られているが、手軽に音楽が楽しめるようになった代わりに質が劣化したという批判がある。世界最大の音楽販売サイトiTuneがサービスを始めて以来、160億曲が販売されたと言う。そのほとんが1曲1ドルの低価格商品で、コンテンツは音楽性の低いロックやポップスばかり。しかも音質が悪く、まともなオーディオシステムでは聞くに堪えない。あれはイヤフォンで聴くことを前提にしたお手軽、手抜き商品なのだ。たしかにあの程度の曲や音源なら、高価なスピーカーやアンプは要らない。耳に差し込む粗末なイヤフォンで充分だ。

 昔からオーディオファンの究極の目的は原音忠実再生、いわゆるハイファイ(High Fidility)にあった。シンフォニーホールで聴く交響楽やピアノの生演奏に出来るだけ近い音を再生することである。そのために1台数百万円もするスピーカーやアンプなど、高価なオーディオセットを揃えた。ハイファイ再生は難しい。いくら金をかけても、原音とはほど遠い。オーディオマニアの見果てぬ夢である。しかし低品質のiTune音楽には(それを音楽と言うとして)そんなものは無用の長物なのだ。自分もかっては中程度のマニアで、一時期凝っていろいろ機器を揃えたが、いかにせん安物である。あたかも目の前にオーケストラやピアノがあるようには聞こえない。それでもターンテーブルをトーレンスに換え、SMEのアームにオルトフォンのカートリッジを付け、ウエスギの真空管アンプでタンノイを鳴らしたら、うちのカミさんにですら「いい音ね」と褒められた。何百万円もするシステムだと、歌い手の口が等身大の大きさに感じる。安いシステムだと目の前に大きなお化けような口が歌っているように聞こえる。うちのシステムだとその中間、バケツぐらいの大きさだ。

 ロックやポップスなど、近頃の若者音楽はそもそも原音がない。歌声も楽器の音も、PA(パワーアンプ)で無理やり増幅し、大出力スピーカーで原音とはほど遠い歪んだ音を大音響で流す。楽器はもっぱら電気コードでPAにつなぐ電気ギターやキーボード。ピアノやクラシックギターのようなアコースティック楽器は使わない。だから聴衆は生の歌声や楽器の音を聴かされていない。あれは“PAと言う楽器”が出す機械音なのだ。だから音質は二の次。多少音ががさついても歪んでいても、耳をつんざく大音響で誤魔化される。それを録音した音源もまた然り。原音再生もへったくれもない、ただの“雑音”に過ぎない。高価なオーディオで聴く価値などさらさらない。あんな音楽性皆無の大音響を、日がな一日イヤフォンで聴いていたら、音楽レベルも下がるし、年取って難聴になること間違いなしだ。

 LPレコードからCDに変わって音質は劣化した。CDは録音された原音データをサンプリング周波数44.1kHz/16bitに落としてデジタル記録する。1枚で60分以内という、ソニーとフィリップスが作った規格上の制約である。だから2万ヘルツ以上の高音と50ヘルツ以下の低音はばっさり切り捨てられる。楽器が出す倍音も入っていない。だから演奏場所の空気感や臨場感に欠ける。アナログLPは高低音も倍音も収録されるからCDよりはるかに情報量が多く、音がいい。CDのような硬い音ではなく、自然な柔らかさがある。デジタル録音でも、最近は24bit/96kHz、192kHzや、1bit/2.8MHzと言った高音質録音が当たり前になっているが、CDに焼くときは16bit/44KHzという格段に低い音質に落とされてしまう。iTuneよりはマシと言え、いかにも中途半端。CDの一大欠陥である。だからiPod程度のエセ音楽に駆逐される。

 しかし今後の音楽文化はどうなっていくのだろう。iTuneのようにCDの10分の1に圧縮された低品質コンテンツを1曲1ドルで売られたら、作曲家や演奏家は商売にならない。やる気も起こらない。必然それに合わせたお手軽演奏、お手軽作曲に流れるだろう。悪貨は良貨を駆逐する。リスナーのレベルはますます下がり、音楽の芸術性は退化するだろう。今世の中に溢れている、とても音楽とは言えない低質な歌や演奏がそのことを如実に示している。モーツァルトの頃は録音技術などなく、音楽家は楽譜を売るか、演奏会の収益しか入らなかった。それでもあんなハイレベルな作曲家や音楽が生まれた。音楽文化、すなわち人々の音楽に対する趣向レベルも進化した。iPod以降はただただ劣化の道を辿っている。これからはモーツァルトもバッハも生まれず、人々の音楽性は、アフリカの原住民音楽と同じレベルに立ち戻ってしまうのだろうか。もうモーツァルトやバッハや、マイルス・デイビスやビル・エバンスは生まれないのだろうか。それがスティーブ・ジョブズの功績だとしたら何をかいわんやだ。

  

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