伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2011年10月13日: スティーブ・ジョブズの死 T.G.

 スティーブ・ジョブズが亡くなった。今をときめく世界のスーパーヒーローが、たった56歳という若さで。死因はかねて患っていた膵臓癌だという。彼の率いるアップル社は、今年の春、株の時価総額がアメリカ最大の会社になった。まさに絶頂期の死である。いまだ長らえて世界一の億万長者になっているライバル、ビル・ゲイツとは対照的だ。もっともジョブズ自身は死ぬまでゲイツをライバルとは思っていなかったらしい。ビル・ゲイツなんてただのクソ真似野郎と思っていたらしい。それはともかく、アメリカのIT業界が生んだ最大のヒーローであることは間違いない。

 今ではiPhoneやiPadの方が知名度が高いが、アップル社はパソコンメーカーである。基幹製品はマッキントッシュ、通称Macと呼ばれるパソコンである。(“であった”と言うべきか。)世界シェアではマクロソフトのウインドウズPCの10分の1にも及ばないが、優れた操作性と洗練されたデザインで根強い愛好者がいる。音楽や映像、デザイン関係の業界で使われるパソコンは、Macがメジャーブランドだという。自分は使ったことがないが、よほど使い心地がいいのだろう。

 話題を呼んだ新製品、iPhone4s発表直後と言う劇的なタイミングの死だったので、世界中が驚き、アメリカ大統領をはじめ、あらゆる方面から追悼、賛辞が寄せられた。中には「今世紀最大の偉人」などと、いささか誇大評価と思えるものから、「アダムとイブ、ニュートンの万有引力と並ぶ世界3大林檎」、などという妙ちくりんな比喩まである。確かに彼がアップル社に復帰した2000年以降(それまでは自分が作ったアップル社から追い出されていた)、世に問うたiPod、iPad、iPhoneは創造性にあふれた画期的な製品で、IT機器の枠を越え、世の中に多大な影響を与えたことは間違いない。アップル社はiPhoneでマイクロソフトを追い越し、株価が世界一になった。

 世界最大の物まね企業サムスンがさっそくコピー商品を売り出し、アップル社と係争になっている。かねてアップルはiPhone用に独自設計したCPUチップをサムスンに製造委託していた。サムスンはそれを自社用チップに作り替え、OSはグーグルのAndroidを乗せ、見た目も操作性もiPhoneとそっくりのスマートフォン、ギャラクシーを売り出した。サムスンは独自技術だと言い張っているが、どう見てもクソ真似だ。独自技術なんてどこを探しても見あたらない。NECのDRAMチップとソニーの液晶テレビのコピーで、世界最大の電気会社にのし上がったサムスンの真骨頂である。アップル社の主張を認めたドイツでは販売禁止の判決が出ている。その絵に描いたようなクソ真似製品を、アップル社に相手にしてもらえなかった我らがNTTドコモが、さっそく採用したのはお笑いである。日本のIT企業はアップルかサムスンの販売代理店になるしか能がないらしい。実に情けない。

 iPod、iPad、iPhoneは、IT機器の枠を越え、人々に多大な影響を与え、世の中を変えてしまうだろうと盛んに言われる。はたしてそれほどのものだろうか。iPadやiPhoneの創造性、革新性は認めるにしても、いささか誇大評価ではあるまいか。確かにiPodは音楽の聴き方を変え、ソニーのCDやウォークマンを駆逐した。iPhone、iPadが携帯電話や一部のパソコン機能を不要にし、生活習慣に影響を及ぼす可能性がある。しかしそれは従来型パソコンや携帯電話のヒューマンインタフェースを少し変え、いくぶん便利にしただけのことではないか。優れた操作性はあるにしても、インターネットにぶら下がる多様な端末機器の一つに過ぎないのではないか。

 今までもこれからも、オフィスや書斎の机からパソコンは追放されず、電話機としての携帯電話の需要もなくならないのではないか。その証拠に、iPadはバックアップやメンテナンスにMac、もしくはWindowsパソコンが要る。大容量パソコン無しには維持管理も出来ない。あんな小さな画面では、お遊びや子供向けゲームは出来ても、分厚い契約書類やプレゼン資料やエクセル表を作ったりするのは無理だ。込み入った資料に目を通すことも出来ない。これからもオフィスの仕事道具は大容量、大画面パソコンであり続けるだろう。社会変革という意味では、iPad、iPhoneはインターネットやWindowsパソコンが与えた影響にははるかに及ばない。 時代のズレもあり、いまだiPhoneの評価が定まっていないにしても、世の中に与えた(与えるだろう)影響の大きさは、トータルで見てiPhoneよりWindowsパソコンの方が上ではあるまいか。

 ジョブズはビル・ゲイツをライバル視していなかったらしいが、並び立つ好敵手、永遠のライバル同士であることには違いない。ビル・ゲイツにはiPadやiPhoneは創れなかっただろうが、パソコン戦争ではジョブズはビル・ゲイツに完敗した。今ではパソコンと言えばWindowsのことであり、Macは好事家の道具だ。1995年にWindows が発売されて以来、世界中の仕事場と書斎の机はWindowsマシンで席巻された。世の中はWindowsパソコンで動いていると言っても過言でない。Macのシェアは10%もない。ビル・ゲイツは一人勝ちで、とっくの昔に世界一の金持ちになり、今では経営の一線から身を引き、悠々自適である。それなのにジョブズは、汗水垂らして働いている最中に道半ばで死んだ。パソコンマニアは、ビル・ゲイツはパクリ屋で、ジョブズのような独創性はないとけちを付ける。しかし単なる物まね上手だけであれほどの成功はおさめない。確かにマウスで画面操作するGUI機能はMacのパクリだったが、それ以外の、ワードやエクセルのようなビジネス機能はMacが劣っていた。技術的には一長一短であるが、ビジネスで成功したのはWindowsの方だ。

 スティーブ・ジョブズはロック界のスーパースター、エリック・クラプトンに似ている。晩年の修行僧のような知的な風貌がそっくりだ。両方とも実の両親ではなく、祖父母や赤の他人に育てられた不幸な生い立ちが共通している。大学を中退して好きな道に進んだのも同じだ。二人ともその道で並び称されるライバルがいた。クラプトンは有名になる前、初期のビートルズと共演したことがある。ギターの腕を買われて誘われたが、ビートルズには加わらず、独自の道を歩んだ。あろうことかビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスンの奥さんに横恋慕し、彼女に捧げる“愛しのレイラ”という名曲を残した。ロックスターとして成功した後、麻薬に溺れて一線を退いたことがあるが、その後復活した。ジョブズが一時アップル社を追放され、乞われて復帰したケースに似ている。ギターの名手で、ビートルズより歌唱力や演奏技術ははるかに勝っていたが、名声ではとうとうビートルズに及ばなかった。技術で勝っていても、ビジネスではビルゲイツに及ばなかったジョブズに似ている。 合掌。

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