【伝蔵荘日誌】

2011年10月3日: 人体に対する放射能の影響考 GP生

 先日、分子栄養学の勉強会に久し振りに出席した。 講師は公立高校の元物理学教諭Id先生で、三石先生のお弟子さんに当る方だ。 勉強会の発足は10年前。 当時は30名以上の会員がいた。 札幌や長野県大町市の様な遠隔地から参加された人も多かった。 年齢層は50代から60代の高齢者が多く9割が女性であった。 出席者の多くは三石先生の分子栄養学に順じた食生活により、本人や家族の病気、疾患を克服した経験を有していた。 自分もその例に漏れない。現在では、会員は女性4人、男4人にまで減少した。 Id先生を中心にした自由討議は理詰めの議論ゆえ、衰えつつある脳細胞の老化防止には有効のようだ。健康レベルアップに必要な情報交換の場でもある。今回のテーマは「人体に対する放射線の影響と対策」の総括であった。

 福島第一原発の事故により、当初問題になった放射性物質は半減期が短いヨウ素131であった。 現在では半減期30年のセシュウム137による問題が中心だ。 各種メディアによる情報は、興味ある事柄をことさらに強調するだけで、放射線の人体に対する影響の全体像が捉え難い憾みがある。

 東京都内に居住する者にとって、外部被曝を恐れる心配はほとんどない。  むしろ、食物由来の放射性物質による内部被曝の方が可能性は高い。現在、国の食品暫定基準は国際放射線防護委員会(ICRP)勧告を基準にして、飲料水を含む食物由来の放射線量を「年間5mSv」とし、食物分類ごとに割り振った値を用いている。 飲料水の場合、放射線セシュウムで200ベクレル/Kgだ。  因みに、ベクレルは放射線の強さのを現す単位で、Svは放射線を浴びた時の人体に対する影響を現す単位だ。 放射性物質は種類により人体への影響が異なるため、ベクレル値にそれぞれの係数をかけてSv値を求めている。

 現在、世の中の関心は各食品がが暫定基準値を超えたか否かで、「食品全体で年間5mSv」を見据えた総体的な議論は皆無だ。 食品ごとの数値に一喜一憂しているのが現状だ。 基準値を超えたら「即、危険」との感覚だ。 メディアも情緒的感覚でこれを煽っている。 放射線の基準値とは警戒値であって、この値を超えたら何かが起こるか否かの境界値ではないはずだ。 絶対値として一喜一憂すべきものではないと思う。

 人体に対する放射線の影響は長崎・広島の被爆者を対象とした疫学調査とチェルノブイリ周辺での疫学調査を基に議論されている。 研究者毎に意見の違いはあるが、年間100mSv以上の被曝を受けた場合、人体に対する発ガンのリスク認識は同一の様だ。 即ち「30歳で1000mSv被曝した人が70歳で固形ガンになるリスクは、被曝をしない人に比べて1.5倍」とのデータがあり、ここから推論した「100mSv被曝した人のリスクは1.05倍」との認識だ。現在、年間100mSv以下の領域での統計学的データーが不足していて、放射線リスクの有無すら不明だ。 研究者によって見解は異なるが「100mSv以下での人体にの変化は見落とす程度でしかない」ことは一致しているそうだ。極論すれば、子供は別にして生体に影響が現れにくいと考えることも出来る。しかし、放射線により人体への影響が皆無かと言えば、そうとも言い切れないところが悩ましい。 「良く分からない」が本当の所のようだ。

 現在、福島県を中心に各所で問題になっている被曝量は、年間100mSvではなく20mSv以下の被曝だ。福島県では校庭の暫定基準が20mSvであることが社会問題化した。先のICRPは一般公衆での参考レベルは1〜20mSvと勧告している。  この範囲であれば子供を含め、人体に対して影響が起きないと考えられているようだ。 「平時で1mSvの基準なのに20mSvでは大変危険だ」との意識が働いてしまうのが親かもしれない。 数値の大小で言えば、小さいほうが良いに決まっている。 低濃度被曝の科学的データの少なさが、情緒的判断を促していることは否めない。

 年間100mSvの被曝による発がんリスクは1.05倍。 これを大きいと見るか、小さいと見るか意見は分かれる所だ。 各種データから被曝線量が500〜1000mSvでの発ガンリスクは1.4倍、喫煙者のリスクは1.6倍、エタノール換算450g以上の大量飲酒は1.6倍だ。 100mSv以下の被曝はによる発ガンリスクは野菜不足より小さいとする意見もある。科学技術ライターの漆原次郎氏は「定量的に、正しく恐れる」事が重要と述べている。 けだし、至言である。

 インド南部のある地方は地下に放射性物質を含む鉱石が分布していて、住人は年間10〜20mSvの自然放射線を浴びているそうだ。2009年の大規模疫学調査で総線量600mSvの人達でも、対象地域と比べガン死亡リスクの差を確認できなかったとの報告がある。同じ線量でも短時間で浴びたか、長時間で浴びたかの差は大きいようだ。

 青森県の玉川温泉はガン治療の効能でよく知られている。放射線量を調べてみたら、「赤い鳥居前で4.288μSv/h、岩盤で5.266μSv/h」の値があった。 年間線量で37〜46mSvに相当する。放射線被曝により片や発ガン、片やガン治療。この事実をどう考えたら良いのだろうか。 新しい知見が待たれるところだ。

 放射線が人体にダメージを与えるルートは二つある。第一ルートは細胞核内にあるDNAの切断だ。 DNAの二重螺旋の内一本が切られても人体はこれを修復する。 二本同時に切断されたら、この細胞はアトポーシスする。 切断部がガン抑制部であれば発ガンの可能性が高まる。細胞内の通常のDNAは「複製」と「修復」の機能を有するが、ミコトンドリアDNAは複製のみで、修復機能を持たない。 ミトコンドリアDNAの切断によるアトポーシスは細胞内へのエネルギー供給の停止を意味し、細胞の機能は失われることになる。第二ルートは細胞内に大量に存在する水に作用した場合だ。 放射線は水分子を分解して、活性酸素スーパーオキサイドを発生させる。 この活性酸素がDNAに作用して異常を生じさせる。DNAに与える危険性は活性酸素の方が大きいと思える。

 細胞分裂時にDNAの二重螺旋は開裂し、それぞれ一本になる。 従って、生殖細胞や、消化器系細胞細胞の様に分裂の激しい細胞はダメージを受けやすい。 成長期にある子供は細胞分裂は大人以上に激しい。 子供は小さい体に大人とほぼ同数の細胞数を有しているから、単位面積当たりの細胞数は大人よりはるかに大きい。 大人と同じ量の放射線を浴びたとしたら、子供のDNAを直撃する確率は高くなる。 この二点が子供が放射線に弱い所以であろう。

 放射性物質による内部被曝を防ぐことは日常生活で大事だ。 地上に降り注いだ放射性物質がほこり等で舞い上がる。 これの対策は花粉症と同じだ。食物に付着して体内に入る放射性セシュウムは食物繊維によく付着する。   食事時に野菜ジュースのみならず食物繊維の多い食品の摂取は必須だ。 食物繊維に吸着された放射性セシュウムは体内に吸収されず、直ちに外部に排出されてしまう。放射線物質で生じた活性酸素は還元して水にしてしまうことだ。 これには、ベーターカロチンが有効だ。 カボチャや人参の摂取は欠かせない。内部被曝時の放射線対策は抗酸化力を有するサプリメントの摂取が有効なことは知られている。 杏林予報医学研究所の山田豊文先生の「食生活と抗酸化栄養素摂取の提案」に詳しい。

 矢沢潔氏が「Voles in Chernoby」に寄稿した「チェルノブイリの元気なネズミの秘密」は興味深い内容だ。 1996年4月の「ネイチャー」からの引用である。 チェルノブイリ原発汚染地域で捕らえた191匹のハタネズミと汚染されていない地域のネズミと比較した結果、汚染ネズミは汚染された食べ物を食べ、自らも強い放射能を帯びているにもかかわらず、形態的異常は一匹も見られなかった。 遺伝子を調べたら、汚染地帯のハタネズミのミトコンドリアDNAが予想を上回る速さで突然変異を起こしていた。 通常の自然界に換算すると1000万年の間の突然変異が、僅か10年で生じていたことになるそうだ。更に驚くべきことは、このDNAの突然変異は片っ端から特殊な酵素によって修復されいてた。 遺伝子学者は10年間で1000万年分の突然変異を経験していながら、ハタネズミは全く進化していない事の方が驚きだと述べている。生物とはかくも安定した存在なのだろうか。

 チェルノブイリのハタネズミが長期間の被曝に対抗し、生体を安定的に維持する手段を獲得したことは確実だ。 酵素による修復能力を獲得したネズミだけが繁殖し、適応出来なかった個体は絶滅した可能性もある。 詳細は不明だ。ネズミの生体と人体は異なるが、ネズミに生じた放射線に対する防御反応が、人体で生じないとは言い切れない。 先の南インドの調査では、低濃度被曝により人体に放射線耐性が生じた可能性に言及している。被曝量が250mSvを超えると間違いなく人体に影響が生じる。 しかし、20mSv以下の被曝に対し徒に恐怖感を持つ必要は無いようだ。

 福島の汚染地域を完全に除染するのは困難であろう。 放射性セシュウムをそのまま放置すれば線量が1/1000になるのに300年かかる。例え、可能な限りの除染を行っても、低濃度の放射線による被曝は避けることは出来ないだろう。 現在、福島県内では放射線による人体被害は報告されていないが、長期にわたる疫学調査の継続は必要だ。 且つ、低濃度放射線の人体に対する影響を英知を結集して見極める必要がある。 日本にはこれを実施する優秀な頭脳は多い筈だ。 中途半端な情報の提供はかえって不信感と混乱をもたらす。特に成長期の子供に対する、低濃度放射線の影響に対する知見の集約は急務であろう。

 現在社会は色々な媒体を通して、放射線情報が氾濫している。 漫然と見ているだけでは、混乱と不安が同居することになる。 国・地方地自体の情報も何処まで信じて良いか判らない。 ならば、自らが情報を整理、分析し帰納させるしかない。医者の見立ては専門家の意見として尊重しながら、分子栄養学に基づいた自主的健康管理を強く訴え、自分の健康は自分で守ることを説いた故三石巌先生の教えの様に。
  

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