【伝蔵荘日誌】

20116月13日: 高齢者にとってのタンパク質 GP生

 先日、山の仲間であるAt君からメールを貰った。「毎日の食事で何を気を付ければ良いか」を教えてほしいとの内容であった。彼は東北のある町から30Km近く離れた山中の別荘地に家を建て一人で暮らしている。退職後の生き方の一つだと思うが、妻子は別の場所で生活しているから、現代版仙人生活と言えるかもしれない。人の生き方はそれぞれだから良し悪しを第三者が口を挿むことではない。先日、所要で近くに行ったついでに彼の山荘に立ち寄った。一人暮らしは食生活が単調になり、栄養が偏りがちになるので食品の栄養関係の話をした。その後、その時の話の内容の確認やら質問やらのやりとりをメールで何回か行った。それまでは卵、ニンニク、人参等の食品単品の質問だったが、今回のメールは本質的な事項なので、少し気合を入れて以下の様に返信した。

 人体は水分を除けば70%以上がタンパク質で造られている。筋肉、皮膚、細胞間質、血管、水晶体、骨(骨の75%はタンパク質)、血液の中のビタミン、ミネラル、脂質を運ぶタンパク、代謝にかかわる何千もの酵素、ホルモンの原料、60兆ある細胞膜の構成材料等々限がない。

 人体はDNAの指示通りにアミノ酸から日々タンパク質を合成している。人体はタンパク質が食物として供給されなければ、筋肉等からタンパク質を引き抜きアミノ酸に分解して利用することになる。そうしなければ人体の維持が出来ないからだ。長期の入院患者がオカユ中心の低タンパク食を食べ続けると痩せるのは、寝たきりで使わない筋肉からタンパク質を引き抜きアミノ酸源とするからだ。従って、退院時に直ぐには歩けなくなる。分子栄養学を勉強している医者は少ないから,殆んどの病院での食事はカロリー栄養学での献立のため低タンパク食になる。妻が肝臓のトラブルで入院した時には病院に隠れて、プロテインパウダー20gにビタミンCとビタミンB群を牛乳にミックスしたドリンクを一日二回毎日運んだ。妻の回復力の速さは主治医と看護師を驚かせた。高タンパク食の効果だと思っている。

 食事由来の新品のタンパク質に比べ、体内からの再利用タンパク質はいわば古材で、古材アミノ酸からのDNAの指示で造られるタンパク質は欠陥品が多くなる可能性がある。家を古材だけで建てたら、どんな家になるか想像してみれば良く分かるはずだ。新品のタンパク質不足が続けば体調不良や病気の遠因となる。若い時は、生体の代謝が活発て少々の無理はきいた。学生時代のワンゲル合宿で、あの粗食で2週間の山行が出来たのだから。70歳を超えた高齢者にあの当時の栄養条件で、あれだけの肉体的負荷をかけたら命取りとなろう。高齢になると、コッテリ系の食事よりサッパリ系の食事を好むようになるし、 それが健康に良いと信じている人も多い。だから、タンパク源は肉を避けて魚類になりがちだし、摂取量も少なめとなり、「卵はコレステロールが多いから」と避けることになる。

 タンパク質を構成しているアミノ酸は20種類ある。このうちの9種類はヒトが体内で合成さ出来ないアミノ酸である。これを必須アミノ酸と言うが、これを含むタンパク食品を毎日摂取しなければならない。これ以外の11種のアミノ酸は体内で合成出来るのだが、例えばストレスが増加した時にグルタミンの必要量が増加するが、体内の合成が追い付かない。

 また、腸の働きが低下するとグルタミンやアルギニンの産生は低下する。現在、アルギニン、システィン、グリシン、グルタミン、プロリン、チロシンが条件付き必須アミノ酸とされるが、食品から摂取したほうがベターと言える。高齢者が動物性たんぱく質を中心に各種のタンパク質を摂取しなければならないのは、必須アミノ酸の中で動物性食品からしか摂取出来ないものがあるからだ。タンパク質の手軽な供給源である卵は、ヒヨコの生体となる栄養素をすべて含有している完全食品だ。必須アミノ酸をバランスよく含んでいる100点満点のタンパク食と言える。

 必須アミノ酸の中でメチオニンは構造に硫黄(S)を含むので含硫アミノ酸と言われている。システィンもこの仲間だ。これら含硫アミノ酸は詳細は省くが人体で極めて重要な役割を担っている。卵以外で人体に必要な量の含硫黄アミノ酸を必要量摂取するのは難しい。卵が腐ると硫化水素臭がするのは含硫アミノ酸の分解の結果だ。タウリンとオルニチンはタンパク質ではなく、遊離した状態のアミノ酸単独で生理作用を持つ。

 タウリンは含硫アミノ酸のシスティンから人体内で作られ、肝臓、心筋、網膜、脳等で重要な役割を果たしている。オルニチンはタンパク質の代謝で生じるアンモニアを無害な尿素に変換する回路を活性化させ、かつ成長ホルモンの分泌やタンパク質の各種合成に役立っている。栄養ドリンク剤にタウリン含有のものが多く、スポーツドリンクにはオルニチン含が多いのは上記の理由による。タウリンもオルニチンも体内で作られるが、高齢になると産生量が低下するので、これ等を含有する食品やサプリで摂取したほうが効率が良い事になる。これ等サプリの効能も必須アミノ酸含有タンパク質を十分摂取しての話で、そちらの手を抜いてサプリだけでは効果は薄いと考えた方が良い。

 プロテインスコア―100のタンパク質とは卵と同等バランスの必須アミノ酸を含むタンパク質の事で、ヒトはこれを毎日体重の1/1000の量を摂取する必要がある。主要食品のプロテインスコアーをいくつか挙げると、卵は100、サンマ96、イワシ91、豚肉90、牛肉80、牛乳80、米飯73だ。ひと頃、健康食品として話題になった大豆は56しかない。大豆の健康効果はタンパク質よりむしろイソフラボンやレシチンによるものと割切った方が良いと思う。但し、動物性タンパク質の摂取には脂肪がついてまわり、飽和脂肪酸の過剰が問題となる。高齢者にとっては脂肪過多の心配のない配合タンパク質の摂取を考えざるを得ない。

 美肌に効果ありとしてコラーゲン食材が人気だが、体内で吸収される時はアミノ酸レベルに分解され、コラーゲンとしては吸収されない。コラーゲンは人体構成に必要なタンパク質なのでビタミンCを共同因子として体内で合成される。食したコラーゲンからのアミノ酸が全て美肌に利用されるわけでない。コラーゲンを構成するアミノ酸は3種で極めてありふれた物であり、高い金を出してわざわざサプリとして摂取する物ではない。過剰に摂取すればアミノ酸の種類が少ないため利用は限られるので、余剰分は肝臓で尿素に分解され尿中に排出される。腎機能に問題のある人ほどプロテインスコアーの高いタンパク源を考える必要があるのは、体内での利用率が高く無駄が出ないからだ。

 故三石巌先生は日本で初めて分子栄養学を提唱された方だ。DNAの働きを基にした生体の各種代謝にタンパク質、ビタミン、ミネラルがどの様にかかわっているのか、健康レベルを上げるためにはどうしたらよいのかを、高タンパク、メガビタミン、活性酸素対策を柱に体系化された。先生はプロテインスコアー100のタンパク質にビタミンC とビタミンB 群を加えたものをヒトフードと名づけた。犬や猫にとって最適の栄養条件を整えた餌をドッグフード、キャットフードと言うように、人にとって最適の栄養条件を満たす食物との意味だ。人にはプロテインスコアーを意識したタンパク質とビタミン類の十分な摂取が必要条件であり、その他ミネラル類、必須脂肪酸、活性酸素スカベンジャーや腸内細菌活性化食品等の摂取が十分条件となる。

 高齢者の単身生活は自分で健康管理を行わなければならない。手抜きの食生活は間違いなく寿命を短縮させる。若い時と異なり、高齢者は体内で生産される有用成分の産生量が低下する。例えば、ひと頃有名になったコエンザイムQ10は60歳を過ぎると産生が減少する。Q10は細胞内でエネルギー産生に不可欠の物質だから、年寄りが元気をなくすのは当然のことになる。必要量を補うのは吸収率は悪いがサプリしかない。いずれにしても、タンパク質の摂取が十分でなければ、色々な栄養素をサプリで補っても、本来の効能が発揮されない。抗酸化作用は別にして、代謝ではビタミン・ミネラルは単独で機能するのではなく、タンパク質合成時の共同因子なので、アミノ酸源の十分な供給なくては働きようが無いからだ。プロテインとは「第一の物」との意味だそうだが、むべなるかなと思う。身体の健康を維持だけでなく、健康レベルの向上を計り医者や薬と縁の少ない人生を希求するには継続的な学習と実践しかないと考えている。

 At君が栄養と健康に関心と意欲を持ってくれることは大歓迎だ。昔からの親しい山の仲間が何時までも元気でいてくれるのは、何よりも嬉しいことだから。大震災後も羽鳥湖近傍の山中で、心身とも健康な生活を営んでくれることを願ってやまない。
  

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