【伝蔵荘日誌】

2011年5月5日: オサマ・ビンラディンの死 T.G.

 希代のテロリスト、オサマ・ビンラディンが死んだ。 正確に言うと、米海軍特殊部隊SEALに殺害された。 9.11以来10年間、アメリカが目の敵にして、アフガニスタンやパキスタンの奥地をあちこち探し回ったが、とうとう見つからなかった。 それが何とパキスタンの首都、イスラマバードの郊外の5メートルの塀に囲まれた豪邸に隠れ住んでいたと言うから、灯台もと暗しの見本である。 日本で言えば、麻原彰晃が山梨県上九一色村のサティアンではなく、渋谷の三軒茶屋のアパートで見つかったようなものだ。

 死んだと言うのはアメリカ合衆国大統領の言である。 他に確たる証拠はない。 死体はおろか、写真を見た人もいない。 大統領の舌先三寸である。 なぜか合衆国政府は持っているはずの現場写真を公表しない。 よもやアメリカの大統領が、そんな馬鹿げた嘘はつくまいと思うしかない。 死体がビンラディン本人のものだという証拠はDNA鑑定だという。 少なくとも10年以上前の、逃げ隠れする前のビンラディンの毛髪や血液を、どうやって入手したのだろう。 それが本人のものだという確証はあるのだろうか。

 それ以外にも腑に落ちないことが多々ある。 死体は直ちにヘリでインド洋に浮かぶアメリカ海軍艦艇に運ばれ、翌日に水葬されたという。 普通の葬儀でも、火葬まで通夜を挟んで最短三日はかかるというのに。 不自然なまでの電光石火である。 なぜそんなに急がなければならなかったのか。 アメリカ政府筋は死体を奪還されるのを防ぐためと言い訳しているらしいが、それはおかしい。 軍艦に乗せてしまったら、いくらアルカイダといえども奪還など出来っこない。 大切な証拠をすぐに隠滅してしまうのは、どう考えてもおかしい。 何か隠しているな、アメリカは。

 いろいろ疑惑を呼んでいるさなか、こともあろうにアメリカの司法長官が、「山本五十六搭乗機の撃墜と同じ」と、ビンラディン殺害の正当性を強調した。 他国に侵入し、相手国政府に断りもなくテロ容疑者を殺害したのは無法に過ぎると、あちこちから非難が上がったからだ。 でもね、いくらなんでも山本長官とビンラディンを同列に扱うのはおかしいよね。 片方は交戦中の敵国正規軍の指揮官に対する作戦行動、、他方は単なる犯罪容疑者の逮捕殺害。 法の番人である司法長官からしてこれだから、アメリカ人の法意識、歴史認識はかくのごとくデタラメと言うことだ。 大方の日本人は、我らがヒーローヤマモトと、こそこそ逃げ隠れする薄汚いビンラディンを同列に見なされて不愉快極まりない。 さっそく2チャンネルで「トモダチ作戦も台無し」とからかわれている。 日本は右翼も左翼もアメリカ嫌いだが、なぜか左翼だけがアメリカに押しつけられた憲法九条を有り難がっている。 世界の七不思議の一つだ。

 同じことがアメリカ国内でも問題になっている。 この作戦の暗号名に「ジェロニモ」が使われたことが不愉快かつ史実にもとると、米オクラホマ州の先住民族(インディアン)の団体が、大統領に対し謝罪を要求したと言う。 ジェロニモはヤマモトと同じく、アメリカ先住民虐殺に対し最後まで戦ったアパッチ族の栄光の指導者である。 ホワイトハウスから抗議の書簡を回された国防総省は、先住民族を侮辱する意図はなかったと釈明した。 でもね、今さら遅いよね。 いまだにアメリカ人が心の奥底でビンラディンとジェロニモを同一視していることは明々白々だ。

 こういうおかしなことをするから、アメリカと言う国はいつまでたっても嫌われる。 あちこち出かけていってお節介をするが、何をやっても有り難がられない。 全面的に信頼されない。 善意の裏に隠された本音や魂胆が見え透いてしまうからだ。 今のアラブ情勢の大混乱はほとんどこれが原因である。 ほぼ善意の発露と思われる今回の「トモダチ作戦」だって、何かしら胡散臭さを感じてしまう。 作戦を名目に日本上陸作戦の演習をしているなどと、アメリカ嫌いの左翼リベラル新聞に書かれてしまう。

 こういう愚かなことは、長い歴史を持つヨーロッパ人は絶対にしない。 金がないからお節介もしないし、魂胆を見透かされるようなことも言わない。 法意識、歴史認識の違いだろう。 300年の歴史しか持たない未成熟国家アメリカは、基本的に無法の国である。 法以前の西部開拓時代の、やられたらやり返せのリンチの風習がいまだに残っている。 だからいまだに銃規制すら出来ない。 ジェロニモ作戦にあたり、 大統領自ら部隊に対し、「Wanted. Dead or alaive(指名手配!生死は問わず!)」と、西部劇まがいの命令を出したことがそれを示している。 とても法治国家のやることではない。 強大な権力を持つ国家は、法を無視すれば何でも好き勝手が出来る。 今の中国のように。 だから法治国家である先進国は、国家権力に法の縛りを与えている。 たとえ極悪非道な犯罪人といえども、まずは法による裁きを受けさせることが鉄則だ。 最初から大統領が「生死にかかわらず」などと野蛮な命令は出さない。

 でもアメリカの苦衷が分からぬでもない。 あの状況なら、殺さずに捕らえることはいくらでも出来た。 それをしなかったのは、うっかり生かして捕らえてしまったら後始末に困るからだ。 他国内での逮捕だからアメリカに裁判権はない。 パキスタン内でビンラディンの心証は必ずしも悪くない。 被害も与えていない。 裁判をしても無罪の可能性大である。 仮にアメリカで裁判をやったとしても、傍証以外ビンラディンが首謀者という直接証拠はない。 いくら法未成熟のアメリカでも、悪くすると証拠不十分で無罪釈放にせざるを得ない。 よくてもせいぜい禁固30年。 いまだに死刑に出来ない麻原彰晃に大勢の懲りない信者がいるように、収監された刑務所はアルカイダの聖地になるだろう。 アメリカにとって悪夢そのものだ。

 40分間の殺害劇のライブ映像がホワイトハウスのシチュエーションルームに送られ、オバマ大統領やヒラリー国務長官などが一部始終を見守ったという。 そのときの写真が公表されている。 ラフなゴルフウエアの大統領が中央席ではなく端っこの椅子に座り、軍の司令官以外はほとんどがノーネクタイのシャツ姿。 ヒラリー女史が思わず口元を押さえているのが印象的だ。 ローマの記者会見でそれを問われたヒラリーは、「どんな場面だったか憶えていない」ととぼけた。 そんなことあるはずがない。 しかしながらこの写真を見ていると、危機に際してのアメリカの底力がよく分かる。 すべての情報と知恵と権限を一カ所に集め、国家指導者が冷静沈着に指揮を執る。 そこには無駄な権威主義は見られない。

 翻って我が国の危機管理はお粗末だ。 我が首相官邸には同じような機能はないらしい。 今回の大災害に当たって、こういう情報の集中と統制された指揮管理が行われた形跡がない。 首相を始め、担当閣僚があたふたするだけで、ことに際しての統一見解すら出せない。 自衛隊を大規模出動させたにもかかわらず、いまだに最重要な安全保障会議も開かれていない。 出動規模も、2万、5万、10万と、その都度思いつきである。 原発にしても、一番大事な初期段階で首相がわけもなく指揮所を離れ、のこのこ現場に出かけ、作業を混乱させる。 言うことを聞かないと、権威を振りかざして「俺の言うことが聞けないのか」と怒鳴り散らす。

 首相官邸にホワイトハウスのような指揮統制機能がないなら(それもお粗末だが)、すぐ近くの市ヶ谷の防衛省の地下にはすべての情報集約と命令発動機能を持った中央指揮所がある。 そこを使えばいい。 仕事でこの建設の初期段階の検討にかかわったことがあるが、今回のような戦争にも匹敵する大災害の指揮にはうってつけの施設だ。 法律的にも、「首相官邸の危機管理センターが使用不能となった際は、中央指揮所に国の災害対策本部が置かれ、関係各所への指揮に使用される。」と書いてある。 管総理はあたふたせず、ここにどっかり陣取って情報を集め、指揮命令をすればいいのだ。 自衛隊嫌いのリベラル左翼総理が、軍事施設はお嫌いと言うなら何をか言わんやだだが。

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