【伝蔵荘日誌】

2011年4月1日: これからの原子力発電 T.G.

 震災から3週間たった。 福島原発は依然として膠着状態にある。 大量の高放射能汚染水が邪魔して、沈静化作業が捗らない。 ここに来て東電が1〜4号機の廃炉をやっと認めた。  5、6号機については言わない。 でも誰がどう考えてもあれが再び使い物になるとは思えない。 仮になったとしても国民が許すわけがない。 枝野官房長官はとっくに廃炉に言及しているのに、実に往生際が悪い。 おそらく分かっているのだろうが、その先のことを考えると、空恐ろしくなって言い出せなかったのだろう。

 廃炉には原発1基あたり約1000億円近いコストと10年以上の時間がかかると言われる。 福島第一原発は6基あるからその6倍。 でもそれは正常に運転停止した場合の話で、今の危うさならそれの10倍のコストと時間がかかりそうだ。 そのうえ、半径20キロ以内の土地は使い物にならなくなる可能性が高い。 その補償を含めて、何も生まない巨額な実損として降りかかってくる。 東電の役員達はそれを考えると気が狂いそうになるだろう。 だから社長はいまだに入院したりして逃げ回っている。

 昔、スリーマイルで問題が起こった頃、日経ビジネスで原発のトータルコストのことを書いた記事を読んだ記憶がある。 確かアメリカの専門家が書いたもので、それによると、「原子力発電のコスト計算には設備の償却とウラン燃料などランニングコストしか算入されていない。 だから火力より安く見えるが、原子炉や使用済み核燃料の廃棄処分コストを含めたらとても採算には合わない。」という趣旨だったように記憶する。 なるほどとは思ったが、それ以上のことは考えなかった。 大方の日本人はそうだろう。 アメリカはその頃から新しい原発建設をやめている。 日本はますます増やした。

 廃炉の最大の問題は使用済み核燃料の始末にある。 なにせ広島原発の何百〜何千倍の大量のウランとプルトニュウムである。 始末を間違えたらとんでもないことになる。 今の福島がそれだ。 菅直人ではないが、それこそ「東日本が吹っ飛ぶ。」

 アメリカ在住のジャーナリスト冷泉氏によれば、再利用のための核燃料サイクル完成を目指す日本と違い、アメリカは使用済み核燃料の再処理はせず、永久保管の方針だという。 そのためには使用済み核燃料を水で5年間冷却し、常温にして金属容器に入れ、敷地内に保管する。 前の日誌に書いたフィンランドのオンカロのような集中保管施設は作らないとも言う。 広大なアメリカならではの話で、狭い日本ではとても無理だ。

 ウラン資源の乏しい日本は、使用済み燃料を再処理したプルトニュウムを燃料として再利用する核燃料サイクルを国策として来た。 福島の3号機に使われているプルサーマル用のMOX燃料がそれだ。  しかし、これは見切り発車そのもので、サイクルに不可欠な中間貯蔵施設や再処理工場も未だ稼働していない。 だから福島の場合、たとえ無事に廃炉に出来たとしても、大量の使用済み燃料はそのまま燃料プールに入れ、永久に冷却保管し続けなくてはならない。 前に浜岡や柏崎原発で見せてもらったことがあるが、深めのプールに沈めてあるだけで、上から覗ける。 要するに遮蔽などなく、剥き出しになっているのだ。 今回のように地震や津波でプールが壊れたらお終いである。 プール自体は格納容器のように頑丈ではない。 そんな危ういものが日本各地に50数カ所もある。 考えただけで気が遠くなる。

 幸か不幸か、MOX燃料も核燃料サイクルももう要らなくなる。 日本でこれ以上の原子力発電はもはや無理だからだ。 学者どもの理屈はともかく、これだけの被害を受けたらもう国民感情が許さない。 少なくとも新たな原発建設は出来ない。 原発の寿命は30年だという。 福島や美浜はとっくに運転停止していなくてはならなかった。 廃炉に取りかかるべきだった。 無理して使い続けた東電の責任は重い。 気が重い廃炉コストの算入を先延ばしにしたからだろう。 そのツケが10倍になって戻ってきた。 まさに天罰である。

 これからの東京電力と日本の電力行政はどうなるのだろう。 今回のことで巨大電力会社の市場独占がいかに危ういものか、身に滲みて分かった。 アメリカなどは比較的小さな電力会社に分散している。 ニューヨーク大停電のように、それはそれで品質などの問題はあるが、今回のような大事にはならない。  計画停電が生む損失は1日あたり1兆円という試算もある。 やはりリスクは分散すべきだ。 

 民間会社としての東電はもはや存続できないだろう。 計画停電中は売り上げが激減する。 その上に福島原発の後始末や農業補償などに必要な巨額費用負担が加わる。 ましてや半径20キロ以内に人が住めなくなるようなら、もはや民間会社が処理できる問題ではない。 東電はこの際国有化し、体制をあらため、地域ごとの小規模電力会社に分割すべきだろう。 現在の経営陣は総退場しなければならない。 後始末を国に押しつけ、居座るようなことがあってはならない。 東電は昔から国家権力と結託した政治会社だ。 国有化の名を借りて、このいい加減な体制を温存させてはならない。

 原子力行政も見直すべきだ。 確かに地震が起きたとき、原子炉の運転はピタッと止めて見せたが、付帯設備がいい加減で暴走した。 柏崎原発も地震で建屋がぼやを出しただけで、いまだに運転の見通しが立たない。 トータル設計がデタラメと言うことだ。 テレビ解説のいい加減さ、記者会見のあたふたぶりを見て、原子力の専門家と称する連中のノータリンぶりがよく分かった。 こういうアホ達に原子力は任せられない。

 残る問題として、これからの電力不足はどうするのだろう。 どう乗り切るのだろう。 これから先原発は減りこそすれ、もはや増えることはない。 そうかと言って火力や水力発電もにわかには増やせない。 石油高騰の問題もある。 風力や太陽光発電はゴミのようなもの。 それを考えたら、思い切って電力依存の社会体質を変えるしかない。 前の総理はCO225%削減を唱えた。 それを電力25%削減に置き換えたら、不可能ではないかも知れない。 こうなったら好き嫌いは言っておれない。   

目次に戻る