【伝蔵荘日誌】

2010年9月11日: 再び、生老病死について考える。 K.O.

 先に書いた会計士の先生の死について考えてみる。

 9月9日ご自宅に弔問のためお邪魔した。 奥様との話で、7月末に病院へお見舞に行った後の新たな状況が判った。 抗がん剤の副作用からの体調不良より回復してきた8月半ば、患部からの「痰」の発生を少しでも緩和しようとしていた先生は、医者に勧められるまま放射線治療を決意した。 「1日15分照射を連続10日間」を1クルーとして数クルー行う計画であったようだ。

 8月19日に開始して、28日に1クルーが終了した。 体調は徐々に悪化していったようだが、頑張り通したとのことだ。 8月30日頃、医師が次のクルーに入りたいと先生に勧めたが、もう耐えられないと断った。 このころ、照射前とは全く異なる憔悴しきった顔貌となり、食欲も萎え、管で栄養補給をしなければならなかったと言う。 9月2日午前零時過ぎ、逝去された。

 死亡原因が、胃の内容物が気管を閉塞たことによるとは病院側の診断である。 本当の死因は、遺体を第三者機関で解剖しない限り判らない。 遺族に死因確認の意思がなかったため、遺体は9月3日荼毘に付された。 多剤耐性菌感染の件は脇に置いて、死に至る最大要因は「抗がん剤投与」と「放射線照射」により生命力が削り落とされた事にあると思う。 なぜ先生やご家族はこれら治療に同意されたのたのだろうか。

 ご遺族の話では「最初の抗がん剤治療により、痰の発生が少なくなった」との自覚があったので、「放射線治療により更に改善されるのでは」と期待したようだ、とのことであった。 痰の発生かやや少なくなったのは、抗がん剤の投与の結果なのか、それとも自己回復力によるものなのか判らない。 82歳の高齢者に、2ヶ月のうちに抗がん剤と放射線治療を施す無謀を、どうして誰も止められなかったのだろうか。

 大病院でのがん治療は、三大治療すなわち「手術」・「抗がん剤」・「放射線照射」しか選択肢が無いのが通常だ。 これらの治療法は対象療法に過ぎず、一部を除きがんを完治させるものではないことは医者は認識していると思う。 がんに限らず、病を完治させるのは人の持つ自然治癒力であって、医術はこれを手助けする補助に過ぎない。 今回の様に、医師の処置が患者の持つ免疫力を中心とした自然治癒力を徹底的にそぎ落とし、死に至らしめることが治療と言えるのだろうか。 たとえば死後解剖により患部が縮小していたとしたら、医者は「がんは治癒の方向に向かっていた」でも言うのだろうか。

 がん治療法は、健康保険適用外ではあるが沢山の選択肢がある。 ただし、エビデンスが確立されていないことや学校では教えていないこと、また医者自身がやりたくとも組織の一員としては不可能なこと等で、患者に選択肢として勧めることは無いと思う。 もし自分が病に冒されたら、医者にすべてを任せることが出来るだろうか。 医者の診察・検査結果を自分自身で判断評価できる最低限の知識を持つことは、自分自身が主治医になるために必要であると思う。 この世に生を受け、両親からもらった肉体を本来持っている寿命まで大事に維持していくのは、自分自身の責任と思う。

 70歳を過ぎれば、誰でも身体の不調和を感じる時があるのは当然である。 日頃のメンテナンスをどうするか、いざトラブルが生じたときどう対処するか、は常に考えておく必要がある。 足らざるは学習するしかない。 分子栄養学の創始者である三石巌先生の言葉に、「生涯学習者たれ」とある。

 父の代から38年間お世話になった会計士の先生のご冥福を衷心よりお祈りいたします。        

目次に戻る