【伝蔵荘日誌】

2010年8月3日: 愚劣きわまる中高年登山 T.G.

 またもや中高年登山の遭難事件が頻発している。 そのいずれを見ても、いい歳をして、身の程をわきまえぬ愚行としか言えない。 一昔前は若者ゆえの無謀さが山岳遭難の主原因だったが、今はそうではない。 ほとんどが酸いも甘いもわきまえているはずの中高年の愚行である。 まったく救いがない。

 先月24日、東京都勤労者山岳連盟のパーティが奥秩父ブドウ沢を遡行中、滝の側壁をトラバースしていた“55歳”の女性が滝壺に滑落して死亡した。 道なき谷底をよじ登る沢登りは普通の登山とは違う。 それなりの装備とロッククライミングの訓練を必要とする熟達者の世界である。 このパーティもザイルなどそこそこの準備はしていたようだが、それでもこの女性は滑落死している。 このパーティはどんなお粗末なザイルワークをしていたのか。

 そもそも奥深い秩父山系の沢登りは、ろくにトレーニングもしていない初心者や中高年が、出来心でやるものではない。 どんな小さな谷でも、5〜10m程度の滝や激流が次々に現れる。 一般人は立ち入れぬ、きわめて危険な領域である。 体力も一般道とは比較にならないほど消耗する。  ロッククライミングの素養と、通常の2倍の体力、脚力、腕力が不可欠だ。 それなのに谷の入り口の滝で転落していたのでは話にならない。 実にお粗末な中高年山岳連盟である。

 それにもまして驚いたのは、滝壺に転落して瀕死か、もしくは死亡している仲間を放置して、全員近くの山小屋に引き返し、1泊していることだ。  不人情の世相の極みである。 もし自分だったらそういう人の道に外れたことは出来ない。 どんな状況だろうと傷ついた仲間のそばを離れることはしない。 仮にまだ息があったとしたら尚更だ。 一晩中付きっきりで懸命の介護をする。 生死にかかわらず20時間近くも放置しないで、担いで麓に下ろす。 彼らは何もしないで、滑落から20時間近く経過した翌日の25日になって、山小屋から携帯の通じる尾根に上がり、救助ヘリを要請している。 その際、59歳のリーダーは、「事故の報告のため」と称してさっさと下山している。 これには呆れた。 リーダーたるもの、率先して救助、もしくは“遺体収容”に当たるのが責務だろう。 報告などその後でいい。 山小屋から麓まで一般登山道でわすか数キロ。 もし報告が必要なら、他の者を行かせればいい。 このお粗末リーダーの行為は山屋の風上に置けない。 ある意味犯罪行為に近い。

 さらに疑問なのは、すでに“死亡している”にもかかわらず、救難ヘリを呼んでいることだ。 そう推察するのは、報道によれば、女性が滝壺に転落したのは24日午後。 その夜は全員山小屋に引き返し、一夜を過ごしているからだ。 だとするとすでに心肺停止していたに違いない。 そう思いたい。 もしそうでなかったら、それこそ一大事である。 まだ息のある瀕死の仲間を谷底に残したまま、救護もせずに山中に一晩放置したことになる。 そうなるともはや犯罪だ。 いくら何でも彼らがそんな人非人ではなかったと信じたい。 だからすでに死亡していたのだ。 にもかかわらず、“防災ヘリ”を呼んでいる。 ヘリの救助隊員が現場に着いたときにも、すでに息はなかったと言う。

 防災ヘリは遺体収容のためにあるわけではない。 あくまで防災、救難、救急が第一義だ。 不幸にも遭難したら、遺体はパーティの責任で、担いで登山口まで下ろせばいい。 わざわざ防災ヘリを呼んで、危険なフライトをさせるべきではない。 沢登りのようなある種先鋭的登山をする山屋だったら その程度の体力、能力はあるはずだ。 ヘリのない昔は皆そうした。 よしんばその気力も体力もないというなら、山岳連盟にヘリを有償でチャーターさせればいい。 それも出来ないお粗末な連中が、沢登りなどやるのは十年早い。 一説によるとこの山岳連盟は革新政党系で、応じなかったら後が何かと面倒になるので、仕方なく出動させられたとも聞く。 何をか言わんやだ。

 だから、その結果起きた防災ヘリ墜落事故は、もはや人災と言ってよい。 お役目柄とはいえ、5人の亡くなられた方々は実にお気の毒だ。 写真で見ても分かるが、奥秩父の急峻な沢筋で、ヘリをホバリングさせるのは技術的にも難しく、きわめて危険なフライトである。 遺体収容などのために冒させるべきリスクではない。 そういう危険行為を当然の権利のように要求する東京都勤労者山岳連盟とは、いったい何様と思っているのか!
 マスコミは5人遭難のヘリ事故ばかり事大に報道するが、責められるべきはこのお粗末中高年パーティの方だろう。

 愚行には愚行が重なる。 この馬鹿騒ぎが醒めやらぬうちに、今度はその取材のために山中に入った30歳と45歳の日本テレビ記者が二人遭難した。 こちらの方は論評する気にもならないほどのお粗末さだ。 ガイドが危ぶむほどのお粗末な装備で、ガイドの制止を振り切って危険な谷筋に入り、あっという間に遭難死した。死者をむち打ちたくはないが、馬鹿としか言いようがない。 テレビ局と記者がナンボのものか知らんが、世の中を舐めるのもほどほどにしろ!

 これに呆れていたら、今度は日高山系ヌカビラ岳で中高年のツアー登山パーティが疲労で身動きできなくなり、救援ヘリを呼んでいる。 そもそも日高山系は日本の秘境。 最も山深い山域である。 北アルプスあたりのハイキング登山しかしたことない連中が入り込む山ではない。 このパーティも北戸蔦別岳から幌尻岳と言う日高山系の核心部をを縦走する計画だったと言う。 このあたりは山は深いが、登山路自体はさして難しくはない。 それなりの登山経験と体力さえあれば、誰でも歩ける。 それなのに、単なる疲労で歩けなくなるとは、中高年パーティ故のお粗末だろう。 そういう登山経験の薄い中高年は、この山域に入ってはいけない。

 そもそもこの山系は商業ガイドに引率されて歩くところではない。 昨年のトムラウシもそうだったが、ガイドの後を言われたとおりに歩くしか能のないハイカーが立ち入るべき山ではない。 自身の経験と判断、体力で歩き通せる人だけが登るべきだ。 少なくとも、我々の若い頃はそうだった。 初心者が幌尻岳など、聞いたことがない。 日高やトムラウシが、あのころより容易な山になっているわけではない。

 中高年登山者にそういう自覚がないなら、そろそろこういうお粗末な商業登山に何らかの法的制約を課すべき時期に来ている。 そうでないと、こういう馬鹿げた遭難はなくならない。 街中の救急車のように、いとも軽々と救援ヘリが使われる。 それに要する社会コストと危険性は無視できない。 ヒマラヤ山中で、やむを得ざる事情でカトマンズから救難ヘリを呼んだら35万円取られた。 費用は旅行保険でまかなえた。 日本の場合、物価水準を考えて、山岳遭難の救難ヘリ要請には、事情にかかわらず1飛行100万円以上の費用を要求すべきだ。 登山者にも、それに見合う山岳保険加入を義務づけるべきだ。 保険料は年たかだか1万円程度。 それも嫌という身勝手な中高年ハイカーには、登山を遠慮してもらうしかない。          

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