【伝蔵荘日誌】

2010年5月22日: EV(電気自動車)タクシー T.G.

 日経ビジネスにEV(電気自動車)タクシー試乗記が載っている。 世界に先駆けてEV発売に踏み切った三菱自動車のi-MiEVを取材していたコラム記者が、電気自動車の性能と実用性を実地に確かめた記事である。 なかなか含蓄がある内容で面白い。 大手タクシー会社日の丸リムジンが“ゼロタクシー(Zero Emission Taxi)”を唱って、三菱自動車のi-MiEVをタクシーに使い運行しているという。 タクシーは自動車の最も過酷なユーザーである。 このEVタクシーに乗れば、EVの実用性がナンボのものか分かるだろうと言うわけだ。

 試乗記事によると、EVタクシーの運行は今のところ山手線の内側、特に銀座、東京駅、丸の内界隈に限っていて、少し遠い世田谷とか羽田空港はお断りしているという。 航続距離の問題である。 必然利用客は実用と言うより、電気自動車の乗り心地を体感しに来る“お試し客”が多いらしい。 記者の試乗記によると、静かで加速も良く、乗り心地はすこぶる快適らしい。 静かさは当然のこととして、加速も普通のタクシーよりいいという。 燃料にプロパンガスを使うタクシーはガソリン車に比べて加速が劣ることもあるが、電気モーターのトルクカーブがフラットなことも与っているのだろう。 要するに電車と同じなのだ。 ガソリンエンジンの欠点の一つは、回転数によってトルク(車輪を回す力)が変動することである。 それ故運転が難しい。 いい加減なアクセル操作をすると車がガクガクする。 おそらく(乗ったことがないので)EVはそういうことがない。 下手が運転してもスムースに発進、加速するはずだ。

 EVの最大欠点は航続距離の短さである。 記事によれば、このゼロタクシーも実用上の航続距離はたかだか40キロだという。 それもエアコンを使わない場合の話で、エアコンを使えばさらに短くなる。 エアコンは電気を大食いする。 今頃のシーズンであればエアコンなしでもいいが、猛暑の夏場は使い物にならないだろう。 エアコンのないタクシーなど、誰も乗らない。 三菱自動車が公称するi-MiEVの一充電当たり最大走行距離は160キロである。 急速充電だと、さらに8割の128キロに落ちる。 それでも128キロあれば羽田往復ぐらい軽いものという気がするが、実際は40キロ走ったら、充電のため車庫に戻るよう指示されているらしい。 つまり公称性能160キロはあくまでスペック上の話で、実用的な航続距離はせいぜい40キロということだ。 これではお試しタクシーならずとも使い物にならない。 40キロごとに一休みでは、遊びにも仕事にも行けない。

 電気自動車は電池とモーターさえあれば誰でも作れるから、世界中でEV開発が盛んである。 特に旧来のガソリンエンジン車後発組の中国、韓国の勢いがいい。 中国にはEVメーカーが大小合わせて数百社あるという。 そのほとんどがリアカーにバッテリーを付けた程度の町工場レベルだが、BYD(比亜迪汽車)のような世界中から注目を集める大手企業もある。 1月のデトロイトショーで、BYDが航続距離330キロのEV車、「e6」を発表して話題を呼んだ。 フル充電で約330キロは、現時点でEVとしては破格の航続距離である。 実態は2トンを超える巨大な車体にほぼ半分の重量、700kgもの電池を搭載し、むりやり距離を捻り出す電池の化け物、“モンスターマシン”である。 巨大な電池のかたまりに跨って運転しているようなもので、とても実用にはならない。 単なるショーの見せ物である。 中国という国は、ときどきこういうアホなことをする。

 “環境狂想曲”の昨今、ガソリンを使わないEVへの期待が高まっている。 自動車生産に関する技術蓄積や設備が不要なことから、中国、インド、韓国など、自動車後発国の威勢がいい。 トヨタとホンダにたたきつぶされた、デトロイトの復権を狙うアメリカも、しゃかりきになっている。 アメリカ政府の執拗なトヨタいじめはその戦略の一環に違いない。 EV実用化の鍵は一にも二にも二次電池である。 現時点ではリチウムイオン電池がその最右翼であるが、前述したように性能はいまいちである。 これに代わる電池技術は見つかっていない。 EVに必要なエネルギー密度と放電特性の点で、今のところリチウムイオン電池に優る自動車用電池はない。 エネルギー密度とは、単位重量あたりどのくらいの電力を蓄えられるかを示す数値である。 現在のリチウムイオン電池の水準はやっと100Wh/kgだそうで、これだとi-MiEVで実用性能40キロ、BYDの電池の塊のような化け物マシンでもやっとの事で330キロしか出ない。 EV、EVと大騒ぎしているが、見通しは決して明るくないのだ。

 “二次電池のリーダーを目指せ!”というタイトルの日経ビジネス特集記事によれば、経済省が立ち上げた革新型畜電池先端科学基礎研究事業(RISING事業)では、リチウムイオン電池の性能を5年後の2015年までに1.5倍に引き上げ、さらに2030年までに新しい技術で7倍に向上させる計画目標だという。(右図はクリックで拡大可)

 現在日本はリチウムイオン電池分野で世界最先端を行っている。 その国の開発目標ですらこの程度に過ぎない。 仮に目標通り7倍の性能が得られたとして、i-MiEVクラスの小型車でさえ280キロがやっとのこと。 暖房やエアコンを使ったら、200キロをはるかに下回るだろう。 仮にエアコンは我慢するとしても、冬の暖房は必要不可欠である。 暖房が無い車など、寒くてとても乗れない。 電力を熱に変えるのはきわめて効率が悪い。 貴重な電池の電力は使えない。 ガソリンエンジンなら廃熱がそれこそ捨てるほどあるから問題ないが、電池自動車で暖房はまず無理だ。 ダウンコートを羽織って、襟巻きをして、湯たんぽ抱えて運転するしかない。 実際問題としてエアコンだってなしでは済まされない。 エアコンがない車など、今時誰も買わない。 結論的に言えば、今のリチウムイオン電池に依存する限り、EVは見果てぬ夢、絵に描いた餅になるだろう。

 実はこの7倍という目標数値自体が、技術的根拠は全くない。 ガソリン車の航続距離500〜600キロを想定した“希望的観測”に過ぎない。 しかも現在のリチウムイオン技術の性能向上をあてにしていないのだ。 リチウムイオンではほぼ達成不可能な目標で、それに代わるまったく新しい蓄電技術(ポストリチウム電池)が必要と言っているのである。 つまり、現在世界最先端の日本の電池技術者達は、現在主流のリチウムイオン電池では実用的な電気自動車は作れない見ているのだ。 リチウムイオン電池は他の電池と比較してエネルギー密度が格段に高い。 その性能を買われてEVに使われているが、エネルギー密度が高いゆえ取り扱いが難しい。 パソコンや携帯電話で発熱や爆発事故がしばしば起きるのはそのためだ。 それをやっとこさ押さえつけて、むりやり電気自動車に載せている状況なのだ。 仮に新しい素材や革新的蓄電技術が見つかったとしても、エネルギー密度はさらに高くなるから、取り扱いの難しさ、事故の危険性はリチウムイオン電池以上になるだろう。 はたして自動車のような人命を預かる移動機械に使えるだろうか。

 考えてみれば、ガソリンほどエネルギー密度が高く、取り扱いが簡単、かつ安全で低価格な自動車燃料はほかにない。 ガソリンに匹敵するエネルギー密度と可用性を実現できる蓄電技術は、後100年ぐらいは見つからないのかもしれない。 つまりガソリン車なみのEVは作れないと言うことだ。 もしそういう蓄電技術が見つかったら、地球規模の革命が起きることは間違いない。 自動車を含めて、化石燃料に依存した現在のエネルギー事情が一変する。 石油に代わるエネルギー源自体は、原子力と近い将来に実現される核融合技術でほぼ確保されている。 足りないのは効率の良い蓄電技術だけだ。 エネルギーと環境問題で行き詰まっている昨今の状況で、革新的蓄電技術を手にした国が世界の覇権を握ることは疑いがない。

 今も昔も、軍事力で世界の覇権を手にした国はない。 その時々の最高の技術水準を獲得した国家が世界の支配者になる。 歴史を振り返れば、大航海でアメリカ大陸を発見したスペイン、いち早く産業革命を成し遂げたイギリス、自動車の大量生産を可能にしたアメリカなどがそれに当たる。 近い将来、卓越した蓄電技術を手にした国が世界の覇者になるだろう。 スパコンと同じく、二次電池開発競争は地平線のその先の世界を見つけるための挑戦なのだ。 リスクも大きいが、得られる獲物も桁違いに大きい。 リチウムイオン電池で世界最高水準にある日本は、その最有力候補である。

 現在行われている政府与党の事業仕分けは独立行政法人を対象にしている。 前述のRISING事業を実施している経済省配下の独立法人、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)もその対象である。 「スパコンはなぜ世界一でなければいけないのか」と迫ったあの偉そうな女仕分け人は、またまた「エネルギー密度7倍にどういう意義があるのか?」などとNEDOの職員を虐めているに違いない。 世界戦略など眼中にない、タレント上がりのバカ女に政治をやらせていたら、日本の国力はますます危うくなる。 早く二度目の政権交代をしよう! ねっ、日本国の有権者諸君!         

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