【伝蔵荘日誌】

2010年1月18日: この国を覆う憂鬱 T.G.

 70年生きて戦後の政治をつぶさに見てきたが、今ほど憂鬱に感じることはない。 日誌の筆(キーボード)もつい滞り勝ちになる。

 歴代自民党にもおかしな政権は多々あった。 しかし、金に汚いとか、役人とつるんでいるとか、多分に志や品格に欠けるきらいはあっても、国の先行きを危ぶむようなことはなかった。 小沢幹事長の金の汚さやヤクザ顔負けのやり口は、師匠の田中角栄の猿真似でそう驚かない。 鳩山総理が口先ばかりで指導力が無いことも、かっての細川政権や村山政権とどっこいどっこいだ。 あの時もしょうもない総理大臣とは思ったが、そういったおかしな政権が、愚行で日本国のポテンシャルをいくらか弱めることはあっても、国そのものを危うくするという心配まではせずに済んだ。 今はそうではない。 鳩山や小沢の国家観に欠けたやり口を見ていると、下手をすると国を壊すのではないかと憂鬱になる。

 そう言う漠然とした不安と憂鬱を、京都大学教授の中西輝政氏が今月号の文藝春秋で指摘している。 「小沢一郎の天皇観の異様」と題したこの一文は、主に中国の副主席来日時のどたばた劇で明らかになった小沢一郎の異様な天皇観を批判する内容だが、その中で1921年の日英同盟失効に至る経過と現在の状況のアナロジーにも触れている。 日英同盟が失効したあと、日本は国際的に孤立し、やることなすことすべてうまく行かず、坂道を転がり落ち、悪あがきの末無惨な敗戦を迎えた。 その再現になるのではないかと。

 日英同盟は1902年に締結され、19年後の1921年に失効した。 表向きは英米仏との4カ国条約への移行だが、それ以前にイギリスは同盟破棄を決めていた。 日英同盟は、日本がアメリカの防衛責務を負わない片務条約の日米安保と違って双務的条約である。 日露戦争時、イギリスは陰に陽に日本を支援した。 多額の軍事国債を引き受けたり、ロシアのバルチック艦隊が喜望峰を回って日本海へ回航した時には、途中インドなどイギリス領の港で石炭積み込みをサボタージュしたりした。 日露戦争はイギリスのバックアップが無ければ勝てなかった。 その後の第一次大戦中、ドイツ相手に苦戦したイギリスは日本に陸軍派遣を要請した。 日本は表向き“世論の反対”を理由に応じず、地中海へ駆逐艦を一隻送っただけでお茶を濁した。 インド洋での今の民主党のやり口とそっっくりだ。 ドイツに傾斜し、アジア利権にしか関心がない日本を、この時点でイギリスは同盟国失格の烙印を押していたのだ。 中西氏は、昨年12月15日の鳩山政権による普天間問題「無期限先送り」決定が、同じ様な日米安保解消の分水嶺ではなかったかと推察する。 おそらく後年の歴史家はそう書くだろうと。

 経済混乱とイラク、アフガンなど中近東問題で疲れ切ったアメリカは、片務的とはいえ同盟国日本に応分の手助けを期待した。 それなのに、日本はインド洋から手を引き、普天間の海兵隊はグアムに出て行けと言う。 挙げ句にこれ見よがしに中国に接近し、東アジア同盟などとアメリカを邪魔者扱いにし始めた。 アジア利権に傾倒し、同盟国イギリスを疎み始めた1920年代とそっくりな状況だ。 それでも日英同盟破棄は第一次世界大戦が終わった後のこと。 日米安保も今すぐ解消されるわけではない。 しかし、いざというとき頼りにできない日本との同盟関係解消は時間の問題だろう。

 当時のイギリスも、今のアメリカも、単なる善意で日本と同盟関係を結んだわけではない。 事実はその逆で、したたかなイギリスは、宿敵ロシアを極東で封じ込めるために日本を番犬に使った。 アメリカは東アジアの橋頭堡としての沖縄基地を無償で提供させるために日米安保を結んでいる。 軍隊を出す代わりに国土を提供するという意味では、日米安保も双務条約なのだ。 そう言う不愉快なデメリットはあったにしても、複雑怪奇な国際情勢の中で、日本が生存していくためには不可避な選択だったのだ。 それを小沢と鳩山は意図的に壊そうとしている。 国民はそれを傍観している。 国民の政治意識の薄さもあの頃とそっくりだ。

 小沢、鳩山政権は、どういう成算があってか日本単独で国際外交が出来ると思い始めている。 最大の難敵中国も、自分たちの外交力でいかようにも料理出来ると思っている。 どこからそんな自信が出てくるのか分からないが、日英同盟なきあと、単独で中国大陸に進出し、蒋介石や張作霖など魑魅魍魎の支那の政治家達と渡り合い、うまく行かないと軍事力でごり押ししたような、当時の政治家達の展望のなさ、夜郎自大さとそっくりだ。 好き嫌いは別として、英米などアングロサクソンと同盟関係にあった時代の日本は比較的うまく行って、そうでないときは失敗の連続であったことは歴史が示している。 日英同盟なきあと、朝鮮も、満州も支那も、ジャワもインドシナも、すべてうまく行かなかった。 日米安保なきあとの日本も同じだろう。

 日本という国は、地政学的にどこかの大国と同盟関係を結ばなければ生きていけない。 それがアメリカなのか、中国なのか。 今のところ選択肢は二つしかないが、小沢と鳩山はどうやら中国を選んだように見える。 その先はおそらく、いや十中八九、うまく行かないだろう。 中国はそんなヤワな相手ではない。 うまく行かないと戦前は軍事力で押し切ろうとしたが、今度は何を切り札にしようと言うのだろうか。 経済はもはや向こうの方が上で、足元を見られている。 軍事力ははなから問題にならない。 先の600人の大訪中団の時は、小沢自ら外国人参政権を手みやげに持っていったようだが、そう言う朝貢外交をやろうというのだろうか。 朝貢関係ならいざ知らず、独裁国家中国との対等な同盟関係などまずあり得ない。 そうだとしたら、1930年代よりはるかに豊かで手強い中国の国家体制と、外交力だけで渡り合おうとでも言うのだろうか。 そんな大それた戦略と自信が彼らにあるのだろうか。 おそらくうまくは行くまい。 戦前と同じく、おそらく日本国民はそのみじめな結果を20年後ぐらいに味わわされる。 もし今と同じ日本国民が存続していたとして。            

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