【伝蔵荘日誌】

2010年1月1日: 元日のNHKスペシャル T.G.

 おせち料理をつまみながら、元日夜9時からのNHKスペシャルを見る。 大学教授、経営者、評論家らが民主党菅直人国家戦略担当を囲んでの“トークバトル”である。 テーマは現在日本が抱えている諸問題と鳩山政権の政策についてである。 聞いているうちに、鳩山ヨイショ派と懐疑派、批判派の議論が噛み合わず、薄っぺらな討論で白けた気分になってきた。 特に菅直人氏が批判を受けるといらいらしてきて、「そんなことマニフェストに書いてある。 しっかり読んでから言ってくれ」と居直るものだから、議論が発展しない。 政治家の国会の論戦の不毛さに似ている。 日本人はつくづくディベートが下手な民族だ。

 テーマの一つが鳩山政権の海外戦略、“東アジア共同体”構想の是非についてである。 冒頭インタビューで、アメリカ、ライシャワー研究所の研究者、オランダの大学教授、北京大学教授の3人が、米欧中の立場からこの鳩山共同体構想について各々意見を述べている。 内容の薄い出席者の議論より、こちらの方が彼らの思惑がかいま見えてよほど興味深かった。

 アメリカは当然懐疑派である。 「アメリカやインド、オーストラリアなども巻き込んだ同盟関係ならいいが、そうでなければ中国の力と存在が大きすぎて、対等な関係にはならない。 そうならないためには、アメリカを含めた構想にしなければ駄目だ。 中核となるのは日本と中国だろうが、アメリカ抜きの今の日本では、中国と対等に渡り合えない。 中国中心に回り始め、脆弱なASEAN各国は吸い込まれてしまうだろう」、と言う。 つまり、安全保障面の配慮抜きで、経済だけの統合を進めるのは無理、と言うことだ。 言葉の端々にアメリカ外しの不快感もにじみ出る。

 オランダの教授は賛成派である。 「アメリカンパワーはますます弱まる。 日本を含めた東アジア各国は今までのようなアメリカ依存で生きていけない。 EUは、最も経済力の高いドイツとフランスが中心になって通貨統合まで進めた。 北東アジア共同体の場合、日本と中国がその役割を担うだろう。 ドイツとフランスは長年争いを続けてきたが、今はそのわだかまりを解消し、強固な協力関係が出来ている。 日中が同じように融和出来れば共同体は実現可能だろう。」という。 言外に「あんたら出来る? まあ出来るものならやってみなさいよ。」と高みの見物の感じがする。

 北京大学教授はもちろん大賛成派だが、言いぐさがふるっている。 「東アジアに共通の経済圏が出来れば、マネーや経済のみならず、人材や労働力の移動も活発化するだろう。 中国の場合、豊富な労働力を輸出し、日本などから優秀な技術者を獲得出来るので、大変好都合だ。」と手放しである。 「要らないものはやるから、欲しいものをよこせ」と言っているのと同じ。 大学教授がよくこんな品のない、あからさまなことが言えるものだ。

 この3通りのコメントはそれぞれ的を射ている。 EUの場合、NATOという軍事同盟が基盤にあって統合が可能になった。 残念ながら東アジアにはそれがない。 国力や国家安全保障が平準化されないこの地域状況で、経済に限定した同盟は無理がありすぎる。 もし実現するとすれば、EUよりもっと緩い、そこそこの結びつき程度の同盟しか期待出来ない。 特に中国の突出した軍拡路線は周辺の国々に不安と懐疑心を起こさせている。 EUのような“大人の関係”は無い物ねだりだ。

 ヨーロッパは中世以降何百年もの間、血で血を洗う過酷な戦争を繰り返してきた。 ドイツはナポレオンに散々蹂躙されたし、フランスはヒットラーのパリ入城を許し、ノルマンディー海岸まで攻め込まれ、数百万人が殺された。 日本と同じ第二次大戦の敗戦国ドイツは、今ではフランスの核の傘に入って核の抑止力を手に入れている。 そう言う争いの歴史に培われ、地ならしされたコンセンスがあれば、オランダの教授が言うように同盟は可能だろう。 しかし東アジアにはその歴史の積み重ねがない。 日中の争いもほんの60年前のこと。 それもただ一度、わずか30年間程度の話だ。 相互理解にはほど遠く、互いのわだかまり、不信感の方が強い。 独仏のように、恩讐を乗り越えた大人の関係は後100年は作れないだろう。 「おやりなさいよ」とオランダ教授が奨めるのは、多分に外交辞令が含まれている。

 北京大学教授の言はおそらく中国の本音だろう。 よく言われることだが、中国には日本人より金持ちで購買力の高い人口2億人の“中国A”と、極貧の13億人を抱えた“中国B”の二つがある。 この二つの国は戸籍制度などで互いに分離されていて、融合することはない。 別の国と考えた方がいい。 うっかり融合させたら共倒れになる。 今世界が相手にしているのは中国Aだけで、Bはどうでもいい。 為政者中国共産党の最大の悩みは“中国B”の始末である。 この人口圧力を少しでも減らせたら大助かりだ。 ハトヤマの共同体構想はまさに渡りに船である。 仮に共同体が出来たら、中国Bから日本へ100万人単位で移民が押しかけてくるだろう。 在日中国人は軽く1000万人を超えるだろう。 その連中にハトヤマは地方参政権を与えるという。 地方都市の幾つかは中国のものになるだろう。 中国にとっては願ったりかなったりだ。 

 EUは文明程度が高く、比較的経済力が平準化された地域で実現された。 独仏に比べてポーランド、ハンガリーなど東欧は貧しい。 それでも経済格差はたかだか数倍の範囲だ。 日本と中国Aに比べた中国Bを含む東アジア地域のそれは、軽く数十倍に達するだろう。 そんな平準化されない後進地域で、通貨統合などまず不可能だ。 ヨーロッパ統合で多くのドイツ企業が東欧に工場を移し、労働者が逆流した。 そのためドイツの失業率は1.3倍に跳ね上がった。 東アジアの場合、そんな生易しいものでは済まないだろう。 堰を切ったように中国Bから人口流出が起こり、日本を含む周辺各国で混乱と社会不安が増大するに違いない。

 鳩山の共同体構想はそのあたりをどう考えているのだろうか。 名称ばかりでいつまでたっても構想の中身を示さないから論評のしようがない。 フィナンシャル・タイムスにからかわれた“15分男”の言うことだから、本当に中身はないのかも知れない。                  

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