【伝蔵荘日誌】

2009年12月12日: 中国という国 T.G.

 インターネットは実に便利なもので、最近いろいろなブログを読みあさる。 多分に玉石混淆のきらいはあるが、時たま興味深い文章に突き当たる。 下手な出版物よりよほど参考になる。 最近「長生塾」というブログで中国に関する面白い文章を読んだ。 自分が常々中国という国について漠然と思い描いていたイメージを、実際経験に照らして言い当ててくれている。 目から鱗が落ちるというか、なるほどと感心した。 筆者はマッキンゼーなどいろいろなコンサルティング会社を渡り歩いたビジネスマンで、中国ビジネスにも経験豊富な方らしい。 長い文章なので、その一部のエッセンスを切り取ると次のようである。

■中国で世界共通のビジネスルールや考え方が通用すると思っていること自体が大きな錯覚なのです。 中国では「法律はない」と思った方がいい。 例えば中国でも企業は法人税を払わないといけません。 ところが中国は一応税法はあるものの、実際は決まった税率はないに等しい。 信じられないことに、役人と企業の間で「さて、今年のお前のところの税金はいくらにするか」という相談が始まるのです。 要するに「俺にいくら渡してもらおうか」というわけです。

■中国の役人はそういう賄賂で食っていると言っても過言ではありません。 中国の役人の給料はだいたい月に3000元(日本円で5万円)ぐらいですが、そういう役人が50万元もする車に乗っていたり、子どもを外国に留学させたりしているのは普通のことです。 「役人が賄賂で逮捕された」というニュースをたまに聞きますが、中国に役人はおそらく1000万人以上いて、引っかかったのは1000人にも満たない。 ほとんどが野放し状態です。

■同じホテルに泊まっても、日本人の私は値段を倍くらい取られる。「おかしいじゃないか」と言ったら、「何がおかしいんだ。お前は日本人だから高いんだ」と平気な顔で返されます。 正札の存在しない市場で、真っ当なビジネスは育ちません。

■90年代の初めくらいまでは、相談されたら「中国に行きなさい」と奨めていました。 しかし7〜8年ほど前からは「やめなさい」と言っています。 中国はおそらくこれから10年くらいの間に必ず大きな変動が起こり、今から出て行ったら成功する前に回収不能な状況が起こると思うからです。

■世界の歴史を見ると、貧富の差が数百倍の範囲にとどまっていれば革命とかいった乱暴なことは起こらないが、千倍を超えると起こる。 例えば日本は社員と社長の年収の差は平均的に見てだいたい十倍くらい、アメリカでは百倍くらいといったところです。 だから日本やアメリカでは体制の変動は起こらない。

■実は中国は百倍千倍どころではなく1万倍です。 中国の人口は13億人と言われていますが、そのうち10億人くらいが地方の貧しい農民で、豊かになっているのは北京とか上海とか香港の沿岸部のごく一部、1億人程度です。 貧しい農村部の10億人の年収は、未だに数千元(5万円ほど)です。 さらにそのうち半分以上が年収1万円にも満たないというのが現状です。

■広州郊外の中国で一番豊かな農村地帯の小作人でさえ、農機具は「せんばこき」のような、ほとんど日本の江戸時代のようなものを使っています。 これがもっと貧しい東北地帯の農村に行くと、ほとんど竪穴式住居で生活しているような状況ではないでしょうか。 中国にはそういう生活をしている人が5億も10億もいるのです。

■一方成功者はといえば、広州市でモーターショーがあった時に1台1億円の車が飛ぶように売れる。 年収数億円の人がごろごろいます。 すると貧富の差は1万倍になりますね。 つまり中国では、10億人の非常に貧しい人とその1万倍の年収がある少数の豊かな人が、同じ国で一緒に生活しているわけです。 先の広州の場合、年収5万円の小作人のいる農村地帯からたった50キロ行くと、東京と同じ摩天楼がそびえ、年収数億円の人が1億円の車に乗って走っているわけです。

■中国にすでに進出して成功している私の顧客に対して、「資産を整理し、工場や土地は売って、借家、借地にした方がいい」とアドバイスしています。 カントリーリスクが現実化した場合に被害を最小限に押さえるためにできるだけ変動費化し、いつでも回収出来るようておくのです。 そのほか中国以外に生産基地をマルチで持って、いつでも乗り移れるようにしておくことも勧めています。

■最近になって中国に出て行った人は、最悪の場合資産を全部没収という事態になる危険性もあるでしょう。 何しろ中国ではそんなことをしても誰も悪いと思っていないのですから。 リスクは生産業だけとは限りません。 今トヨタが中国でどんどん車を売っていますが、あれも大変な目に遭う可能性があります。

■民主主義が通用するのは人口がせいぜい2億人程度の国までです。 2億人ぐらいだったらエネルギーにしろ食料にしろ、今の世界経済で何とか出来る方法があるからです。 アメリカは約2億人、日本は1億人、ヨーロッパも全部で約2億人です。 すなわち民主主義は2億人以下のスケールの国だけで有効な政治システムなのです。

■ところが中国は13億人いるわけです。 一人っ子政策の歪みで農村部には戸籍のない二人目、三人目の子どもがかなりいますから、実際は15〜16億人と言うのが通説です。 この「13億人を食べさせないといけない」ということが、中国の抱えているカントリーリスクの根幹にあります。 中国人の貧しい10億人が先進国並みの豊かな生活をし始めたら、地球上の食料とエネルギー(石油)ではとても足りない。 従って、残念ながら今の科学力、技術力では中国の国民すべてを豊かにすることはできない。 1億人を豊かにする解と10億人を豊かにする解は明らかに違うのです。 そこを勘違いして、中国もいずれ民主化すべきと盲信している人があまりにも多い。

■民主主義政治の目的が「出来るだけ多くの国民を豊かにする」というものだとすると、おそらく中国共産党の政治目的はそうではない。 本音では、「1億人の豊かさを保持するために、いかにしてその他の10億人を長期間、不幸な状態に置いておくか」というのがテーマだと気づくべきです。 13億人全員を豊かにしようとすれば、結果的に全員が不幸になってしまうのですから、それしかありません。 今まで世界史の中で、こんな解のない政治運営を迫られた政府はないでしょう。 その意味で私は中国の指導者に同情を禁じ得ません。

■上海など沿岸部は非常に栄えていますが、そこに農村部から貧しい人がどんどん集まってくると困ったことになる。 都市の裕福な人を守るために、貧しい人たちの都市流入を防ぐ制度が必要になってくる。 中国は必死になって都市が膨れるのを防ぐための制度を三つ実施しています。 一つは戸籍制度です。 中国には戸籍による差別があって、例えば「農民」という戸籍では、原則として都市に永住して仕事ができません。 さらに「貧農」という戸籍もあり、「貧農」はどこに行ってもまともな仕事にはつけません。 もう一つは一人っ子政策です。 これはある意味、都会が膨張するのを防ぐ制度といえます。  三つ目は交通手段です。 シティと農村間にはバスのような交通手段がありません。 都市まで50kmといっても歩いていくしかない。 都市で働こうと思っても農村部からは通勤できないのです。 これも政府が意識的にやっていることでしょう。

■中国が13億の国民を治めていくためには、不満を出させずに10億人を不幸な状態に置いておくという政治システムが必要になってくる。 私は共産主義を肯定しませんが、そういう意味では共産主義というのは中国という国にとって非常に良い政治システム(必要悪)だと思います。 今の中国は、共産党一党独裁と強力な人民解放軍という二つの毒でこの矛盾を押さえ込んでいると言っても過言ではない。 10億人近い人口を持つインドのカースト制度も、同じ意味で必要悪のシステムだと思います。 私は共産主義もカースト制度も全く支持しませんが、皮肉な話ですが中国とインドに限り、認めざるを得ません。 他に解を思いつかないからです。

■中国はそれだけ難しい社会なのです。 そんな社会を何の対策もなく自由化すれば、どんなに楽観的に見ても金持ちと貧乏人の間の戦いが起こらないわけがありません。 中国の分裂は世界経済に大混乱を引き起こすこと必定です。 世界史を見ても、1万倍もの収入格差がある社会が長持ちした試しはないのです。 そこをアメリカも日本も根本的にわかってない。 もしかするとヨーロッパは分かっている。 現時点で中国のあるべき政治システムについて、世界中が解のない迷路に入り込んでいます。 今は分裂がなるべく穏やかな形で起こることを祈るのみです。 おそらく中国をどうするかは21世紀の世界の最大のイシューとなるでしょう。

 胡錦涛君も大変だな。 中国ヨイショのオバマ君も、そんなところへ子分160人も引き連れてのこのこ出掛けていく大物幹事長殿もね。     

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