【伝蔵荘日誌】

2009年11月12日: スペイン旅行から戻って T.G.

 10日間ほどスペインを旅して帰国した。 どこまで行っても延々と荒れ地とオリーブ畑だけが続く、乾燥してひからびた風景を見続けたので、成田から帰宅するリムジンバスの車窓の景色が新鮮に見える。 日本は実にいい国だ。 こんなに緑豊かで水気に富んだ国はヨーロッパにはない。 スペインを鉄道とバスで縦横に駆けめぐった間、車窓に豊かな森林や川の流れを見ることがほとんどなかった。 あの国の農業はどうやって維持出来ているのだろう。 人ごとながら心配になる。

 その浦島太郎が十日振りに日本に帰ってテレビを見ると、おかしなニュースばかりが流れていて現実に戻される。 日本が本当にいい国かそうではないのか、思わず考えてしまう。

 昨夜から、2年前にイギリス娘を殺して逃亡した若い男が、フェリー乗り場で逮捕されたニュースで持ちきりである。 号外まで出されて、テレビも新聞もこのニュースで“夜も日も明けない”。 一体全体この程度の事件のニュースがそれほど重要なのか。 少し前の坂井とか言う古手アイドルのスキャンダル報道の時も思ったが、日本にはもっと大事なことがほかにいくらもあるのではないか。 来週オバマ大統領がが来日すると言うが、その方が大事ではないか。 民主党の危うい政権運営はどうなっているのか。 来年度予算に絡んで事業仕分けなどとやけに張り切っているが、“市橋ニュース”に隠れてほとんど報道されない。 パンとサーカスに明け暮れる日本国民は、市井のスキャンダルが面白くて、政治や経済なんかどうでもよくなっているらしい。 ローマ帝国の末期に似てきた。

 この“市橋ニュース”を見ていて気になったことがある。 両親と称する夫婦の記者会見だ。 両方とも医者だと言うが、きちんとした身なりで出てきて、マイクの前で実に饒舌に喋る。 母親など、ブランド物のバッグを手に持って、盛装して椅子に座っている。 「整形しても頬からアゴの形で息子と分かった」などと得々と喋っている。 いったいあの二人はどういう了見なのか。 どう言うつもりでこういう場に出てくるのか。 インテリらしく記者の質問に冷静に答えているつもりかもしれないが、見苦しい限りだ。 もし自分なら、息子がこういう破廉恥な犯罪を犯したら、恥ずかしくて人前には出られない。 ましてや、記者に質問されて、息子についてこうも冷静な第三者のごとき論評は出来ない。 逃亡2年の歳月を経て、苦悩の果てに親として悟りの境地に達し、覚悟の上で記者会見に臨んだのだろうか。 もしそうなら、自分だったら自らの子育ての誤りを恥じ、語った後に命を絶つ。 自分にはそんな度胸も覚悟もないから、おそらくこそこそ逃げ隠れするだろう。 この親は、出来損ないに育てた息子のことを他人事のようにぺらぺら喋った後、おそらく人ごとのようにのうのうと暮らすに違いない。 こういう出来損ないの親だから、こういう出来損ないの化け物のような子が育ったのだろう。 近頃のだらしない世相は、こういう劣化した親の子育ての行き着いた先だ。

 逆にこのニュースで感じ入ったことが一つある。 格差社会と言いながら、人間その気になれば働き口はいくらもあるし、食うには困らないと言うことがよく分かった。 逃亡生活中、身元も明かせない不確かな身分でありながら、土建会社に就職して従業員寮に住み込んで働きまくり、100万円も貯め込んだと言う。 衣食住のほかに、高額な整形手術を受けたり、パソコンを使っていたりしたと言うから、実入りはかなりなものだったのだろう。 この仕事は断じてハローワークなんかで見つけたものではあり得ない。 一体全体厚労省は何やっているんだ。 世の中、やれ派遣切りがどうの格差社会がどうのと騒ぐが、その気になれば仕事はいくらでもある。 世過ぎ身過ぎはどうにでもなる。 そう言うことがよく分かった。 派遣切りで生活保護などと馬鹿なこと言っている連中には、この市橋某の爪の垢を煎じて飲ませたほうがいい。 友愛ハトヤマもこういう甘ったれは相手にしなくていい。

 この騒ぎに隠れて、行政刷新会議の“事業仕分け”のニュースがひっそり流れている。 国民の大方は無関心だ。 民主党が来年度予算要求の無駄を洗い出すと大見得を切って始めたにもかかわらず、初日分の廃止事業は7項目、たったの500億円だという。 馬鹿言ってんじゃないよ! 金額が2桁違うだろう! こんな子供の遊びみたいな事やっていて、95兆にも膨れあがった概算要求から3兆円どうやって切るんだ! 日が暮れるよ!

 この仕分け作業は体育館を借り切って、一般の傍聴人を入れて公開でやっているという。 役人と仕分けチーム議員のやりとりが聞こえるように、傍聴人にイヤフォンを配っているのだという。 まるで見せ物である。 ポピュリズム政治極まれり。 大向こうを唸らせようと言うなら、削り方と金額にもう少し迫力がなければ逆効果だろう。 この仕分けについては、肝心の藤井財務大臣が記者会見で、「事業仕分けで出た結論は、的確に査定するように(主計局に)指示した。元の木阿弥(もくあみ)にはしない。 仕分け結果を尊重する方針だ」と明言したという。 つまり「仕分けは単なる見せ物で、結論ではありませんよ。 主計局の予算編成作業の参考に過ぎませんよ」と言っているのと同じだ。 語るに落ちるとはこのことである。 これが政治主導の予算編成とは笑わせる。 羊頭狗肉の最たるもの、こうも子供だましをやられて、国民もマスコミもよく黙っていられるな! 人が良すぎる。

 こういうお粗末なニュースを一日中見させられたら、暗い気分になって楽しかったアルハンブラ宮殿も、トレドの大聖堂も、美味しかったイベリコ豚の生ハムやワインも記憶が薄らいでしまった。 あーあ!         

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