【伝蔵荘日誌】

2009年9月21日: 八ツ場ダム騒動 T.G.

 民主党政権の群馬県の八ツ場ダム工事中止が揉めている。 民主党マニフェストの中で、賛成出来る数少ない政策の一つだ。 あのあたりは四万、沢渡、草津温泉の行き帰りにしばしば通る。 そのたびに馬鹿なものを作るものだと常々思っていた。 ダム本体はまだ工事が始まっていないが、吾妻渓谷の風光明媚な谷筋をブルドーザーで切り刻み、そこら中に醜悪なコンクリートの塊が顕れ始めている。 谷底を走るJR吾妻線や国道145号線をはるか上方に付け替え、ダムを横断する橋の橋脚が立ち並んでいる。 21世紀の今日、よくこんな馬鹿げたダム建設が続けられてきたものだ。

 1947年のキャサリン台風で利根川下流域が大規模な洪水に見舞われた。 その治水対策として2年後の1949年に利根川上流の吾妻渓谷にダム建設計画が持ち上がる。 その後紆余曲折を経て、1967年に現在の位置、中之条から長野原に至る風光明媚な谷筋に現在の八ツ場ダム建設が決定された。 当初の治水目的だけでは説得力を欠くので、首都圏への水の供給という副次目的が追加された。 以来長野原町を中心とする猛烈な反対運動が起きるが、国交省(建設省)の金を湯水の如く垂れ流す地元融和策が功を奏して、1994年に建設が開始された。 以来15年、工事の7割が終了しているという。 美しい谷が見るも無惨に破壊されている光景を、まあ一度ご覧になって下され。

 このダムがどれほど役立たずの無駄遣いかは、当初目的だった治水、水資源確保が今日現在まったく意味を失っていることで分かる。  1947年と言えば終戦2年目。 先の大戦で国力を使い果たし、治山治水対策などほとんど行われなかった時代だ。 利根川下流域にはろくな堤防はなく、ちょっとした雨で決壊した。 今は違う。 戦後64年、営々と続けた流域の治水工事で、百年に一度の大雨でも滅多なことで堤防は切れなくなっている。 その証拠に、キャサリン台風以後62年間、利根川下流域に大規模洪水は一度も起きていない。 このことは当事者の国交省ですら認めている。 国会でそう言う趣旨の答弁をしている。 首都圏の水も足りている。 少しぐらいの日照りで水道水が足りなくなったりはしない。 少子化、低成長の今後はさらにその傾向は強まるだろう。 つまりこのダム建設に投じられる4600億円の税金はまったくの無駄、ドブに捨てるよなものなのだ。  すでに3200億円が使われたと言うが、無駄なものはあくまで無駄。 これ以上工事を続ける必要はさらさらない。 さっさとやめるべきだ。

 ダム工事中止には賛否両論がある。 今のところ、テレビ新聞では否定的ニュアンスの報道が多い。 挙げられる理由はいろいろある。 一つは長野原町など地元住民の猛反対である。 建設中止ありきでは交渉に応じないと息巻いている。 猫の首に鈴を付ける損な役回りを押しつけられた前原大臣はさぞ大変だろう。 もともと建設に反対だった地元が、何十年もの間、脅されすかされ、札束でほっぺたを引っぱたかれ、国家権力に押し切られた経緯を考えるとむべなるかなとは思う。 しかしながらダムが無用の長物、かつ壮大な自然破壊であることに変わりない。

 もう一つの大きな理由は、すでに3200億円を投じ、7割方工事が終わっている、ここで投げ出すのはもったいない、と言う見方である。 7割方というのは4600億円の予算の7割を使ったと言うことで、工事そのものが7割完成というわけではない。 賛成派の言い分は、残り1400億円でダムは完成する。 今さら中止したら、諸々の対策費がそれを上回る。 中止の方が高くつく、と言う理屈だ。 しかし、きっちり4600億円で完成するという保証はまったくない。 そもそも当初の建設予算は2200億円だったのだ。 工事開始のわずか6年後の2002年に、総予算がいきなり4600億円に倍増されている。 バブル崩壊後のデフレ時代に、人件費も地価も上がっていないにもかかわらずだ。 こういう杜撰な目論見が計画と言えるのか! あと1400億円で完成する保証はどこにあるのだ! つくづく国交省はいい加減な役所だ。 総工事費が4600億円で収まる保証はまったくない。 おそらく後2年もすると、もう2000億必要だなどと、破廉恥な役人どもはぬけぬけと言い出すに違いない。 さらに完成させた後は、役立たずのダムのために毎年膨大な維持管理費がかかる。 すでに使ってしまった3200億円は口惜しいが、これ以上損を増やすべきではない。 株で言う損切りだ。

 中止した場合、地元対策費として770億円、水供給に1都5県が負担させられてきた事業費1460億円の返還、総額2200億円が必要と言う試算がある。 数字的には残り建設費1400億円より高い。 しかしこれらの支出は決して無駄ではない。 事業費はもともと国からひも付きで自治体に渡った交付金や補助金が、そのままダムに廻され飲み込まれただけのこと。 都や県が勝手に使えた金ではない。 しかるに中止された場合の返還金は自治体の自由財源である。 使い方次第でいろいろなことが出来る新たな財源になるし、地域振興の経済効果も伴う。 地元対策費も同じである。 ダムに飲み込まれる1400億円は、多少ゼネコンが潤うだけでまったくの捨て金だが、それに比べたらはるかに有効な税金の使い方なのだ。 地方振興や内需拡大など、新政権の経済対策としての効果もある。

 水没するはずだった川原湯温泉などの集落は、すでにあらかたダム湖半に移設を終え、住民の新たな生活設計が進んでいるという。 この人達への手当、サポートは絶対に必要だ。 それに要する770億円は決して無駄金ではない。 工事開始以来、道路を始め、当然の事ながら水没地域のインフラ整備は行われてこなかった。 国道も鉄道も地域インフラもすっかり老朽化している。 ダム工事は中止するとして、あらかた建設が終わった付け替え道路と鉄道路線だけは完成させたらどうか。 それを地域インフラに活用すれば、移設した町や集落で新たな生活基盤が生まれるだろう。 湖畔の温泉街になるはずだった新川原湯温泉は、見晴らしのよい新たな風景の温泉場になるだろう。 無理強いされた地域住民の方々の無念さ、恨み辛みは十分理解出来るが、禍転じて福となし、新しいインフラと今後投じられる対策費を活用して、より前向きの生活設計を目指したらどうだろう。 

 それより何より工事中止の最大の利益は、美しい吾妻渓谷の風景や自然が保全されることだ。 この意見には、もともと大反対だった地元の人々も賛成してくれるはずだ。 このメリットを金に換算したら4600億円以上の価値があるだろう。 諸々の工事でだいぶん破壊されてはいるが、自然の治癒力は大きい。 20年もすれば緑豊かな谷の風景が回復するに違いない。 民主党の政策で、唯一これだけは多とする。 前原君、頑張ってくれたまえ! 小沢闇将軍に潰されないうちに。          

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