【伝蔵荘日誌】

2009年7月24日: Never say never!(絶対ないとは言うな!) T.G.

 7月15日のJBPressというウェブに霞山会主席研究員の安部純一氏が「中国の狙いは中華帝国、中台統一の日に備えよ」と言う記事を書いている。 きわめて現実的、かつシリアスな指摘で興味深い。 内容を要約すると次のようである。

 「これまで中国と台湾の統一は限りなく不可能に近いと言われてきた。 主たる要因は、民主体制下にある台湾の人達が、共産党独裁下で言論の自由もない中国との統一など望むわけがないからだ。 統一がなされるとしたら中国による武力統一しかないが、アメリカのプレゼンスに対する中国の相対的軍事力から見て不可能に近い。 しかし英語の箴言に言う“Never say never!(絶対ないとは絶対に言うな!)なのだ。 最近の情勢をつらつら見るに、中国の経済力が高まり、台湾貿易の中国依存度が40%を越え、大陸の台湾駐在員が100万人に達した。  2008年には三通、つまり通商、通航、通郵が実現し、週270便の航空定期便が中台を行き交うようになった。 台湾の馬英九総統も、「統一という選択肢を排除するものではない」と、将来の「統一」への可能性に言及するようになっている。

 中国は来年にも日本を抜き、世界第二の経済大国になる。、しかし現在の高い成長率が続くわけではない。 2015年をピークに生産年齢人口が減り始め、急速な高齢化が進むからだ。 2020年までに達成できる一人当たりGDPはせいぜい6000ドル止まりだろう。 中国は貧しいまま高齢化社会を迎える。 貧しい経済大国は、(戦前の日本のように)権益の拡大を貪欲に求め続ける。 中国共産党の国際秩序観、安全保障観は、米国中心の国際秩序を嫌い、自国中心の新たな国際秩序形成に意欲的である。 そのために、米国のプレゼンスを排除し得る軍事力の整備にしゃかりきになっている。 2020年を目標に空母を戦力化しようとしているのはその一環である。 米国のプレゼンスが後退し、熟し柿が落ちるように台湾が統一されると、東シナ海、南シナ海は中国の内海と化し、同海域での米海軍の活動は難しくなる。 周囲を囲まれた沖縄の米軍基地は意味を失い、西太平洋における米軍の防衛ラインは、グアムからハワイを結ぶ線への後退を避けられない。 そうなると、2007年に訪中したキーティング米太平洋軍司令官が中国の軍高官から持ちかけられた「中米二国による太平洋分割管理案」は決して絵空事ではなく、現実味を帯びて来る。」

 こういう蓋然性の高い前提に立って、安部氏は日本の取り得る安全保障政策を三つ挙げている。

 第一のシナリオは「日本の軍事的自立」である。 西太平洋での米軍の後退により、日米安保は破棄されるか、もしくは実効性を失う。 日本を含む極東から米軍は撤退し、朝鮮半島や東南アジアは中国への従属を強め、日本は孤立化する。 必然的に日本は自主防衛を安全保障政策の根幹に据えなくてはならなくなる。 核大国中国と対峙するために、抑止力としての「核の選択」も避けられない。 その場合、日本の核武装を容認しない米国の政策が変わらない限り、日米同盟関係は解消されることになる。

 第二のシナリオは今まで通りの「日米安保依存」である。 米国に依存し、日米同盟の枠組みを維持しながら中国に対抗していくことである。 ただし、米軍の西太平洋におけるプレゼンス低下に伴う抑止力の毀損に備えなければならない。 「非核三原則」を改め、米軍による「核の持ち込み」を、これまでの「密約による黙認」ではなく公式に認める必要がある。 具体的には核搭載艦船の日本近海常時配備などである。 現在の沖縄の米軍基地の通常兵力による抑止、横須賀配備の第七艦隊の急派が不可能になるからだ。

 第三のシナリオは、「ギブアップ」である。 すでに貿易総額で米国を抜き、日本経済の最大のパートナーとなっている中国、また日本に至るシーレーンを意のままにできる立場を確立した中国、を敵として扱うわけにはいかない。 またEEZ(排他的経済水域)などの争点を争ったところで勝ち目はない。 日本は対米中等距離の「どちらにもいい顔をする」政策を採らざるを得ない。 背景に厳然と存在する米中対立関係を無視した中立は、日本とのパートナーシップに関する米国の信頼を裏切ることになり、日本防衛を主眼とする米軍の太平洋戦略の放棄につながる。 米国の後ろ盾を失った日本は、好むと好まざるとにかかわらず、自らの安寧を軍事大国中国の意志に委ねる「属国」の道を選択せざるを得なくなる。

 この三つのシナリオには細かな点で幾つかのバリエーションがあろうが、大筋はこんなものだろう。 安部氏も言っているが、最も可能性が低いのは第一のシナリオだろう。 あまりにも長きにわたり平和に慣れ親しんできた日本国民は、戦前のように孤立に耐えられる意思の強靭さを失っている。 憲法9条と戦後60年の教育で、反戦平和、反核が骨の髄まで刷り込まれている。 自主防衛など軍国主義復活とただちに否定される。 核の議論をしただけで非国民扱いされ、内閣が吹っ飛ぶ。 アメリカに頼らず、自衛戦力を保持して仮想敵(つまるところ中国)と対峙するなんて夢の又夢だ。

 最も現実的なのは第二のシナリオだろう。 しかしながら9月に誕生する民主鳩山政権の普段の言動を見ていると、これも危うい気がしてくる。 普天間基地や思いやり予算見直し、小沢一郎の「第7艦隊だけでいい」発言など、この党のアメリカ嫌いが見え隠れしている。 今回のマニフェストでは一応日米同盟堅持を謳っているが、渋々である。 政権を取るための手練手管が見え透いている。 選挙対策で彼らがどう取り繕おうと、この空気がなくならない限りアメリカの方から離反していく可能性はある。 金融破綻のアメリカにとって、日本より中国の経済力の方がより重要になっている。 民主党が君子豹変しない限り、次期民主党政権の4年間に日米安保解消の流れに向かう可能性は大きい。 交渉には相手がある。 こちらの思い通りには行かない。

 今の民主党を見ていると、第三のギブアップシナリオが大いにありそうな気がする。 もしかすると最も可能性が高いシナリオかも知れない。  もともと岡田幹事長など民主党幹部はアメリカ嫌い、中国寄りの姿勢が強い。 中国首脳との会談でも媚びを売るような発言が多い。 小沢の“第7艦隊発言”などと合わせると、アメリカの傘から出て、中国との連携、互恵関係で生きていく道を考え始めているようにも見える。 この場合、彼らの考える対中国戦略はあくまで日中対等だろうが、そうは問屋が卸さない。 自主防衛力を持たない裸の日本が、軍事大国中国と同等に渡り合えるはずがない。 少なくとも中国側はそう出てくる。 今のアメリカと同じで、いろいろな局面で彼らに都合の良い要求を突きつけてくるだろう。 軍事小国、対中国経済依存の日本は甘んじて飲むしかない。 鳩山や小沢や岡田がどう思おうと、こういう状態を日本語では「属国」と言う。 もしかすると、アメリカの属国より中国の属国の方がいいと思っているのかも知れない。

 9月始めに鳩山民主党政権が誕生する。 ノー天気日本国民相手に、安全保障政策は選挙の争点にならない。 年金がどうの格差がどうのと、金の話ばかりだ。 まったくもって憂鬱な選挙だな。                  

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