【伝蔵荘日誌】

2009年7月17日  トムラウシ山での大量遭難 T.G.

 新聞、テレビで北海道トムラウシ山での大量遭難を報じている。 朝日の記事によれば、東京の旅行会社が企画したツアー客15人のうち、半数以上の9人が亡くなったと言うから穏やかでない。 ほかにもこの山域で一人死亡、計10人だという。 死因は疲労と低体温症だという。 低気圧の通過で雨風が強くなり、頂上付近では気温もかなり下がったらしい。 それにしても夏の山だ。 いくら気温が低いと言っても、普通なら死にはしない。 ツアー客が全員50、60代と言う点を考えると、単なる体力不足の問題だろう。 こういう無理な商業登山は遭難というより人災に近い。 旅行社は今後さぞかし裁判で大変だろうな。

 このツアーは旭岳温泉から入山し、旭岳、トムラウシを2泊3日で歩く企画だったという。 大学1年の夏合宿で、ほぼ同じ時期に同じルートを歩いた。 層雲峡の銀泉台らからスタートし、旭岳周辺の山々をすべて歩いた後、沼ノ原から石狩岳を往復し、そのあと今回のトムラウシを通って十勝岳まで、2週間かけて歩く計画だった。 トムラウシにたどり着いたときすでに10日近く経っており、食糧補給のために一番近い天人峡温泉まで下った。 片道10時間近くかかる長いルートを食料を担いで登り返したはいいが、その晩から風雨が強まり、ひさご池に張ったテントから一歩も動けなくなった。 翌日テントで停滞していると、グランドシートの上を雨水が流れ、シュラフも衣類もぐしょぬれになった。 夕方4時の気象通報で作った天気図を見ても天候回復の兆しがなく、十勝岳は諦めて、雨の中天人峡へ下山した。 ずぶぬれのテントやシュラフでザックの重さは50キロ近くになっていた。 当時の登山ウエアや装備は今に比べてお粗末なものだったが、低体温症などには誰もならなかった。 遭難など想像だにしなかった。 年齢の違いと体力差ではあろうが、きちんと食事をとって体を動かしていれば体温は下がらない。 遭難した人達は吹きさらしの中で1時間以上立ち止まっていたと言う。 標高2000mで濡れたまま動かすにいるのは自殺行為に近い。

 テレビで見ると、救難ヘリから降りてくるツアー客は皆上等の登山ウエアを着ている。 足ごしらえもしっかりしている。 どう転んでも低体温で死ぬとは思えない。 今どきのゴアテックスレインウエアは完璧で、しっかりしたインナーを着ていれば、10度程度の気温で1日中雨に打たれていても死にはしない。 疲労していたとしても、テントの中で食事をとってじっとしていれば回復する。 ガイドが4人いたと言うが、彼らは何をしていたのだろう。 なぜ暴風雨の中を出発したのか。 予約している航空便をキャンセルしたくなかったからか。 歩き始めてすぐに一人が倒れたと言うが、メンバーの体調などお構いなしの行動は、商業登山故だろう。 昔歩いた自分の経験では、旭岳、トムラウシを2泊3日と言うのがそもそも短すぎるように思える。 60過ぎの老人ツアーなら、余裕を持って3泊4日は必要なコースだ。 本土の山のように有人の山小屋がないから予備の食料も必要だ。 予備を含む15人分の食料と炊事用具は相当な重さになる。 ガイド4人で運べたのだろうか。 ある程度ツアー客にも担がせたとすれば、老人にとってはかなりきつい山行になる。 悪天候の中を寄せ集めの年寄り15人を連れて歩けるルートではない。 旅行会社は同じツアーを何度もやっていると言うが、今までが運が良すぎただけ。 登山の何たるかをわきまえない暴挙だ。 同じことは、他人任せでこんな山行に加わるツアー客にも言える。

 おかしなことがほかにもある。 団体登山なのに団体行動をとっていない。 歩けなくなった人を置き去りにし、体力があるものだけで勝手に下山したりしている。 その後もバラバラに行動し、ガイドが全員を掌握管理していない。 なんとか無事下山出来た人が、ガイドの歩くのが速くてついて行けず、一人で歩き続けたと言っている。 グループ登山としてあるまじき行為である。 全員一致の行動と、最も弱い人に合わせることとがグループ登山の鉄則である。 それも分からない人間が山岳ガイドとはお粗末に過ぎる。 気心の知れない寄せ集めメンバーが、他人任せで山に登ったりしてはいけない。

 商業山岳ツアーの大量遭難で有名なのは1996年のエベレスト登山だ。 このときの顛末が「空へ-エベレストの悲劇はなぜ起きたか」(文春文庫)に書かれている。 一人65000ドルの参加費でエベレスト登頂を募集したら20人を越える参加者が集まった。 中にはアイゼンを履いたこともない人もいたという。 主催者のエリート登山家やシェルパが寄ってたかって標高8000mのサウスコルまで引っ張り上げたのはいいが、天候が悪化し12人が遭難死した。 その中に中年の日本女性も含まれていた。 エベレスト登山史上最大の大量遭難である。 山の難度が違いすぎるが、撤退時バラバラで下山を始めている点など、遭難パターンとしては今回のツアーに似ている。 この例でも分かるとおり、登山という行為は完全に自己責任の世界、商業ツアーには向いていない。 自分の体力技術の不足を、金を出して他人に補わせるのは大間違いなのだ。

 それにしても最近中高年登山の遭難が多い。 しっかりした登山経験も体力もない年寄りが、暇つぶしに登山などやるものではない。 トムラウシは日本百名山の一つで、中高年登山者に人気があるという。 「日本百名山」を書いた深田久弥も罪なことをしたものだ。 そう言えば元祖深田久弥自身も、68歳の時、甲州の茅ヶ岳(1,704m)に登山中急死している。 脳溢血だったそうだ。              

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