【伝蔵荘日誌】

2009年3月29日: ひかり電話のトラブル T.G.

 明け方、枕元の電話がピッと鳴って目が覚めた。 受話器を取るとツーという発信音が聞こえて異常はない。 もしやと思って他の電気器具を見ると時刻設定などが消えている。 停電があったのだ。 今頃の停電は珍しい。 念のため携帯電話で自宅に掛けてみると案の定繋がらない。  電話が不通になっているのだ。 この現象は3年前に従来の固定電話をひかり電話に変えたときからたびたび経験している。 昨夏の雷シーズンには度重なる不通で往生した。 さっそく隣の部屋のパソコンデスクの下に潜り込み、回線終端装置(ONU)とひかり電話ルータの電源を再投入して復旧させた。 何度もやっているので手慣れてはいるが、煩わしい。

 従来の電話は停電ぐらいで不通になることはなかった。 日本電信電話公社時代からの交換機式電話システムは、信頼性の面で完成の域に達していて、滅多なことでトラブルは起きない。 勤めていた会社が電話設備の最大手企業だったから知っているが、NTTに納める電話交換機のスペックは耐用年数40年、MTBF(平均故障間隔)にも厳しい水準が要求される超高信頼機器である。 NTTの電話システムにはもう殆どトラブルは起きない。 何があっても電話だけは使えるのが当たり前になっている。 数年前、NTTがひかり電話サービスを開始してからその常識が崩れた。 ひかり電話の広域トラブルはそこら中で頻発している。 NTTのひかり電話webを見ると、しばしば故障情報が掲載されている。 技術的観点から見て、近い将来すべての電話がひかり電話に移行するのは明らかだが、従来の電話に比べて技術が成熟していないので、もうしばらくこういうトラブルは続くだろう。

 従来の電話システムは通話のたびに電話同志を電話回線で繋ぐ方式で、電話局に高価な交換機を大量に設置する必要があった。 その設備投資コストが跳ね返り、電話料金も高くなる。 長らくNTTが独占してきた日本の電話料金は、競争原理が働かなかったこともあって世界一高い。

  NTTがサービスを始めたひかり電話は、分かりやすく言えばインターネット電話である。 従来の電話システムとは原理がまるで違う。 インターネットのパソコン通信とまったく同じ原理で電話機同志がやりとりをする。 電話の音声はデジタル化され、細分化され(技術用語でパケット化され)、そのすべてに電話番号と順序の情報が付け加えられ、“インターネット網の広大な海”に放り出される。 パケットは番号情報を頼りに勝手に海の中を泳いで相手先の電話にたどり着く。 相手先の電話機はパケットを順番通りに組み立てて元の音声に戻す。 こういう方式で通話が成り立つから、もはや高価な交換機は要らない。 安価なルータと光回線だけでいい。 パソコン通信と同じで、原理的に電話料は無料で済む。 それではNTTの経営が成り立たないから、現在は3分8円取っているが、新規参入による競争で、将来はもっと安くなるだろう。 電話会社の経営が成り立つか、心配になるくらいだ。 インターネット網は世界中に広がっているからやがて世界中の電話がインターネット電話になり、地球上のどこに何時間掛けてもタダ、もしくは格安で掛けられる時代が来るだろう。 夢のような電話システムだ。

 しかしながら現時点では信頼性の面で問題が残っている。 最も深刻なのはインターネットシステムの信頼性に絡む問題である。 インターネットは光通信回線をルータで繋いだ複雑な網構成になっている。 どこかのルータや一部の回線が壊れても、他のルータや回線を介した通信路が選べる冗長設計になっている。 網全体で信頼性を確保出来ればいいという設計思想だから、局部的な信頼性はあまり重要視されない。 一つ一つのルータも交換機のような厳しい信頼性は要求されない。 インターネット技術の神髄であり、コストが従来通信網よりはるかに安く上がる理由である。 パソコン通信の場合はそれでも構わないが、一般人相手の、繋がってナンボの電話はそうは行かない。 掛ければ必ず繋がる信頼性が確保されねばならない。 ひかり電話の場合、NTTが専用のインターネット網を構成して信頼性確保に努めているが、インターネットの原理上の問題がすべて解消される訳ではない。 もうしばらく、インターネット電話の信頼性の問題は残るだろう。

 当家のトラブルの原因は分かっている。 光回線の取り入れ口であるONUとひかり電話用ルータとの間の問題だ。 停電から回復してONUとルータに再通電されると、インターネットとIP電話は回復するが、肝心のひかり電話が回復しない。 どうやら両装置間の接続手順の問題らしく、時間差を置いて再通電すると正しく回復する。 そんなこと東京電力がやってくれるわけがないので、停電のたびに自分でやらねばならない。 家人がねをあげて、「あなたが留守の時、私にはそんな難しいことは出来ない。 元の電話に戻しましょう。」 と言いだした。 やむを得ず、何とかしろと強硬にNTTに談判したら、係員が飛んできてルータソフトのバージョンアップをしろと言う。 何度もやったがうまく行かなかったと文句を言ったら、別のやり方を教えてくれた。 そんなこと分かっているなら早く言え!

 どうやらルータに内蔵されたソフトバグの問題らしいが、すでに全国の家庭に設置済みの何十万台ものルータまで手が回らないのだろう。 ルータ自体2万円程度の安価な機器なので信頼性は二の次なのだ。 Windowsのバグに慣れっこの当方は驚かないが、これではパソコンもインターネットも知らない人には使えない。 現時点のインターネット電話の信頼性を象徴している。

 そう言う問題はあっても、インターネット電話は快適だ。 自宅の場合、ひかり電話の上にさらにIP電話にしている。 同じIP電話グループの中だと通話料が無料である。 家人は親しい友人達としばしば長電話する。 1〜2時間は平気で話している。 以前は月何万円も取られた電話料金が激減した。 光回線は帯域が有り余っているので、テレビ電話も出来る。 他にもいろいろなサービスが可能になるだろう。 従来の電話に比べたら夢のような話だ。 もうしばらくすると、世界中の電話がインターネット電話になる日が来るだろう。 電話会社は消えてなくなるのだろうか。          

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