【伝蔵荘日誌】

2009年1月11日: 派遣切り騒動 T.G.

 テレビを点けたら与野党議員が雁首並べて派遣切り問題を議論している。 口角泡を飛ばして罵り合うが、いずれの言い分も今ひとつピントがはずれている。 共産党はこのときとばかり“蟹工船的発想”の主張をまくし立てるが、皮相的でいかにもあざとい。 スタンドプレーに過ぎて軽薄ですらある。 この党はこのところの不況で勢力拡大しているらしいが、こういう刹那的主張に多くの人が引かれるとしたら危うい限りだ。 民主党は一応派遣法改正、雇用確保などもっともらしいが、連合など支持団体に足を引っ張られているいるのか、歯切れが悪い。 言っていることに一貫性がない。 マクロ、ミクロの経済問題にしっかりした見識を持っているとは思えない。 次の選挙で民主圧勝という見方も出てきたが、彼らに任して本当に大丈夫かと不安になる。 自民党は政権党らしく現実的ではあるが、政権政党の悲しさ、現状を大胆に否定出来ず、追認するしか能がないように見える。 彼らでは今の雇用問題の抜本的解決は出来そうもない。 公明党は論外。 定額給付金と同じく低次元の思いつきだけだ。 こんな政党が2大政党政治ののキャスティングボートを握っているなんて世も末である。 社民はその程度の思いつきすらない。 共産党の尻馬に乗っているだけ。 次の選挙ではさらに議席を減らすだろう。

 議論のキーワードを挙げると次のようだ。
・派遣法の再改正…派遣法を99年まで戻し製造業への派遣禁止、もしくは86年まで戻し撤廃
・ワークシェアリング
・大企業の内部留保で雇用確保
・役員給与、投資、配当を減らし雇用確保
・派遣業への適正な規制、行政指導
・…
 これらの問題は複雑に絡み合っていて、その適否、善し悪しは一概に言えない。

 派遣法が生まれたのは86年だが対象業務は限定されていた。 2004年に小泉内閣が改正し、一般製造業まで派遣を拡大したのが今の騒ぎの元凶である。 それ以前から偽装請負という犯罪に等しい悪慣例があって、事実上派遣は横行していた。 04年の改正はそれを追認したものである。 経営側とつるんだ竹中ら新自由主義者達にそそのかされたものだが、当時中国の安い労働力に押しまくられ、工場の海外移転が進み、国全体が産業空洞化の恐怖に脅えていたことが基本的動機である。 国会でも与野党大多数の賛成で成立した。 あれから6年、すでに100万人を超す派遣労働者がいるのに、今さら急に単純な派遣禁止は出来ない。 どうやら自民、民主は派遣法再改正に傾いているようだが、ぬるい風呂の温度を急に上げたら、皆飛び出して誰もいなくなってしまう。 派遣法を04年以前に戻すならそれなりの労働環境と法制度の整備が不可欠だ。

 企業の管理会計に少しでも携わった人なら、固定費削減が経営にとって如何に重要か身に凍みている。 固定費の最大要素は人件費だ。 これを変動費扱い出来るなんて、経理部長にとっては夢のような話である。 その夢が実現し、日本の製造業は何とか踏みとどまった。 そうでなかったら日本の工場はあらかた中国に移っていただろう。 アメリカやイギリスがその見本だ。 産業が空洞化し、国内には金融とサービス業しか残っていない。 その金融が総崩れで国が潰れそうだ。 多少の非正規社員が失業したくらいで大騒ぎしている日本は幸せな方である。 日本の労働人口6600万人のうち、製造業の非正規社員は高々100万人。 そのうち解雇されたのはわずか1割の10万人程度なのだ。

 ワークシェアリングは一筋縄ではいかない難しい問題だ。 早い話、給与水準の引き下げである。 ワークシェアリングなどと言うからもっともらしく聞こえるが、実態は“賃金シェアリング”、つまり賃下げなのだ。 誰しも既得権益は手放したくない。 非正社員が気の毒と思っても、自分の仕事と給料を進んで分けてあげる正社員などいない。 しっかりした雇用慣習や雇用関係法の支えも無しに手を付けたら、経団連が狙っている賃金引き下げの片棒担ぐのと同じ。 格差が拡散するだけで、より悲惨なことになるだろう。 準備もなしに派遣自由化した今の派遣法よりたちが悪い。 ワークシェアリングはオランダのように国民がそこそこの生活で良しとする“たそがれ国家”での話だ。

 「企業の内部留保を吐き出して雇用確保を」などと言うのは、経営のなんたるかをまったく知らない暴論である。 少なくとも天下の国会議員が言うことではない。 内部留保は景気変動に耐える企業体力を維持し、将来的な開発投資に備えるための資産だ。 これなくして企業の存続はあり得ない。 内部留保はあぶく銭ではない。 企業が営々努力し、将来に備えて税引き後の利益から積み立てたものだ。 仕事もないのにこれを吐き出して人を雇えなどというのは、金の卵を産む鶏の腹を割いて卵を取り出せと言うようなもの。 経営をやめろと言うに等しい。 共産党のようなわけの分からぬ社会主義政党が言うのはともかく、少なくとも自民党や民主党が言うことではない。

   派遣切りの前に役員給与、投資、配当を減らせと言う主張はそれ以上に次元が低い。 日本企業の役員はアメリカの金融会社やビッグスリーのように超高給をもらっているわけではない。 1兆円企業の社長でも平均年収1億円以下だろう。 責任の大きさに比べて安すぎるぐらいだ。 これを半分に減らしても、雇用などたかがしれている。 成功者を妬む庶民感情ならともかく、国会議員の言うことではない。  投資を減らして雇用に廻すのは必ずしも悪いことではないが、その時々の経営判断による。 今がそのときとは思えない。 今のご時世、雇用も大事だが、国家としての競争力維持はそれ以上に重要だ。 配当を減らしたら株価が下がる。 それを計算に入れない議論は不毛だ。 もしそう主張するなら、「株価を下げても雇用を」と言うべきだ。 雇用もさることながら、今の日本経済にとって最も深刻な問題は株価の下落なのだ。 こういう議論を聞かされると、今頃の国会議員の見識の低さに暗然とする。

 そうは言っても今の雇用状況が問題なのは確かだ。 こうなった根本原因は物が売れなくて仕事が減ったことにある。 経済を回復させ仕事を増やすのが解決の王道だろうが、今の世界情勢ではにわかには難しい。 派遣という仕組みを残したまま対症療法をするなら、正社員と非正規社員の格差を縮める施策が肝要だろう。 例えば、雇用保険、厚生年金、組合保険加入を派遣会社に義務づける法制度整備を考えても良い。 グッドウィルのようなヤクザまがいの劣悪な派遣会社の陶太にも繋がる。 多少のコスト増、雇用調整は避けられないが、非正規社員に対するセーフティネットのベースは出来る。 新卒主義に固まった雇用慣習をやめて、欧米のように労働力の流動性を高める施策も必要だろう。 今がひどいと言っても、戦後10年の状況と比べたら天国である。 この程度の状況に国民がどれだけ耐えられ、政治にいかほどのことが出来るかが問題だ。

 この日誌を書いている途中で新聞を見たら、朝日が「派遣切り、限界集落…そこに「共産党」―ルポにっぽん」という共産党の提灯持ち記事を載せている。 派遣切りや限界集落問題に共産党が如何に取り組んでいるかという、テレビと同じ無内容な宣伝記事である。 赤旗ではあるまいし、いったいこの新聞は何を考えているのだろう。           

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