2008年12月8日: 都市景観と電線地中化 T.G. ![]() 思いついて家の門の前で周囲に張り巡らされた電線の本数を数えてみた。 道路右方向は目の届く範囲で32本、前方は見通しがきかないが、道路を隔ててお向かいの屋根まで15本、左方向は実に42本もある。 要するにこんな田舎の団地でも上空は電線の蜘蛛の巣状態なのだ。 電線の中にはNTTの電話線も含まれているし、この方法が送電技術としては最も安上がりなのだろうが、もう少しやり方がありそうなものだ。 せめて当方のような田舎の住宅地なら、目の届く範囲でせいぜい電線10本ぐらいにとどめられないものか。 世界中いろいろなところを旅行したが、先進、中進国の中で都市景観が最も醜い国は日本だ。 外国から成田空港に帰ってきてバスや電車に乗ると、最初の田園風景が途切れて市街地に入る。 途端に景観が醜悪になる。 つい先ほどまでいたロンドンやパリやアムステルダムとの落差を実感するたびに溜息が出る。 これが世界第二の経済大国かと。 パリやロンドンと比べて何が違うのか考えると、最大の要因が林立する醜い電柱と張り巡らされた電線の蜘蛛の巣であることに気付く。 市街地自体は世界一清潔だし、あの電柱と蜘蛛の巣さえなければ日本の都市景観だってそこそこなのだ。 あの醜悪な電柱と電線は何ともならぬものだろうか。 電力会社の人に聞くと、単にコストの問題だという。 金さえかければ地中化なんて簡単なことだという。 もしそうなら、ロンドン、パリ、ニューヨークは置くとして、日本よりずっと貧乏な南イタリアやハンガリーやブルガリアやギリシャの都市に蜘蛛の巣がないのはどういうことだ。 どう言い訳しようと、東京電力がさぼっているとしか思えない。 日本の電力料金は世界一高い。 アメリカの三倍もする。 世界一高い電力料金を取っておきながら電線地中化に手を付けようとしないのは、怠慢以外の何物でもない。 電力会社のお偉方の美的センス欠如も与っているに違いない。 だからエコノミックアニマルなどと蔑まれる。 都市景観とは反対に、世界中で最も美しい景観が日本の田舎の風景であることは間違いない。 ロンドンやパリも車や鉄道で一歩郊外へ出ると牧場や畑が広がる美しい田園風景に変わるが、いかにも人工的で、日本の田園風景に見るような自然が溢れ出るような美しさはない。 特に東北や北海道の緑濃い山々や農村風景は天下一品である。 あんな美しい風景は世界中何処にもない。 ヨーロッパや北米は日本のように降雨量が多くないので、至るところに樹木の生えない裸地や荒れ地や裸山を見受ける。 日本の田舎で木の生えない裸地や丸坊主の山などまず見かけることがない。 カナディアンロッキーを車で縦断したが、針葉樹林はいかにもひからびて水気が足りない。 中国など、国土の大半が樹木も生えない砂漠や耕作不能の荒れ地だ。 インドネシアやネパールの山岳地を旅したが、熱帯、亜熱帯の森林風景は意外に暴力的で殺伐としており、日本の山岳風景のような緑滴るしっとりした美しさはない。 日本の北アルプスや南アルプス、東北や北海道の山々の山岳景観は、氷河と万年雪の景観を除けば、間違いなくヨーロッパアルプスやカナディアンロッキーより美しい。 おそらく世界一だ。 それに引き替えあの醜い電線はなんだ。 どうにかならんのか。 日本の都市景観のもう一つの問題は、無秩序な看板と都市計画不在の乱雑な建物だ。 田舎でも国道沿いの風景は殺伐としていて頂けない。 いくら自然が美しくとも、それをいいことに人が寄ってたかって醜くしている。 日本の自然は間違いなく世界一美しいが、人が介在すると途端に汚くなる。 当方の団地は通りに面した部分は植栽の垣根にするのがルールだったが、建て替えが進むに連れブロック塀やコンクリートが増え始め、30年前の緑豊かな落ち着いた感じは失われた。 もうしばらくすると老人ばかりのコンクリートスラムになるだろう。 それやこれや考えると、日本人は美的感覚や自然に対する感受性が欠如しているとしか思えない。 それはさておき、とりあえず家の周りの電線を地中に埋めてもらえないものか。 蜘蛛の巣だらけのコンクリートスラムで死ぬのは願い下げだから。 |