【伝蔵荘日誌】

2008年12月5日: オバマとムッソリーニ T.G.

 前の日記に思いつきでオバマ次期アメリカ大統領とヒットラーが似ていると書いたら、今度はファシズムの元祖、ムッソリーニとの相似点を指摘する人が現れた。 評論家の佐藤優氏が産経新聞の元外交官岡本行夫氏と対談で、次のような趣旨のことを述べている。 

 「オバマ候補は大統領選の勝利演説で、「あなた達(国民)抜きでは出来ない。 新しい奉仕、犠牲の精神抜きでは出来ない。 新しい愛国の精神、責任感の精神を呼び起こそう。 町の大通りが疲弊しているとき、ウォール街だけが栄えていることは許されない。 この国は一つの国家、すなわち一つの国民として栄えたり衰退したりする。 長い間この国の政治を害してきた狭量で未熟な党派主義に戻ろうとする誘惑に耐えよう。」、とアジった。   この物言いと弁舌の巧みさはムッソリーニとそっくりだ。 ムッソリーニはファシズムの語源にもなったファシズムの元祖であるが、ムッソリーニが目指したファシズムは、ナチスの影響を受けて暴力独裁へ変質する以前は社会福祉国家の色彩を色濃く持っていた。 ムッソリーニはデマゴーグ政治家の側面を持っていたが、時代を先取りした現代的政治家であった。 彼は当時の民主主義政治家の一つのモデルだった。 国の隅々まで訪問し、絶えず大衆に政策を説き、目標を訴え、国民に協力を呼びかけた。 数万人の巨大集会で国民と対話し、パレードなどを通じて国民を動員し、大衆に数の力を感じさせた。 このやり方はオバマが大統領選で示した大衆動員戦略と変わらない。 パレードがインターネットに変わったくらいで、やり方はほとんど同じである。 9月の金融危機以来、アメリカは保護主義の傾向を強めているが、オバマ戦略の元でアメリカが巨大ファッショ国家に変貌する危険性がある。 オバマとムッソリーニは地下水脈でつながっている。」、と。

 素人の思いつきのヒットラーとのアナロジーと違い、彼の分析は、例えば「フランス革命の省察」(エドマンド・バーグ著)、「ムッソリーニ」(ロマノ・ヴィルビッタ著)と言った数々の著書を踏まえた考察から導かれていて、傾聴に値する。 佐藤氏は鈴木宗男代議士の外務省スキャンダルに連座し、職を追われ有罪判決を受けた元外務省ノンキャリア事務官である。 現在最高裁に上告中の刑事被告人だが、一審判決後、自分に対する国策捜査を批判した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)が大きな反響を呼び、現在はそこら中の雑誌、メディアから引っ張りだこの売れっ子評論家である。 外務省にいたらいつまでたってもうだつの上がらないノンキャリアだから、大成功の転職と言えるだろう。 もう一生食いっぱぐれがない。 評論家としての彼の魅力は、ベースになっている膨大な読書量と、モスクワ駐在外交官時代の実経験である。 多くの評論家は本を読んだだけの口舌の徒に過ぎないが、泣く子も黙るソ連相手のスパイ活動をこなしてきた佐藤氏の論説には説得力と迫力がある。

 読書量の多さ、多彩さについては今月号文藝春秋誌の立花隆氏との対談、「21世紀図書館、必読の教養書200冊」を読むとよく分かる。 「科学の最先端から禅問答まで、資本論からSM小説まで」、と銘打った対談は、あの古今東西の書に通じた博覧強記の立花氏が押しまくられてたじたじである。 どうやら彼は資本論ですら全巻読破しているらしい。 もともとが同志社大学で神学を学んだ熱心なキリスト教徒で、外務省職員としては異色の存在だったのだろう。 その風貌から外務省のラスプーチンと称されたり、あくの強い鈴木宗男氏との交流からさも胡散臭い人物のように言われることも多いが、どうやらこの二人の活躍が煙たくなった外務省キャリア達の姑息な抹殺劇だったようだ。 彼がモスクワ時代に携わってきたソ連やKGB相手の諜報合戦がきれい事であるはずがない。  功罪合わせていろいろな修羅場を踏んで来たのだろうが、そのことが彼の言説に巷のありふれた評論家と違う力と幅を持たせている。 彼の発言傾向から、いわゆるリベラル系のメディアには取り上げられず、ネット百科事典Wikipediaなどでも、「国体を重視し皇統の維持を強く訴える尊皇家」などとかなり歪んだ紹介がされているが、それは彼の文言のごく一部であり、群盲象を撫でるきらいがある。 Wikipediaは誰でも手を加えられる、“表メディアには悪名高い”ネット百科事典だが、この記述はどうやら彼の天敵であった外務省関係者が書き込んでいるようで、多分に悪意が感じられる。

 佐藤氏は同じ文芸春秋誌に過去17回にわたって「ビジネスマン必読、インテリジェンス交渉術」と言う記事を連載してきた。 その中でモスクワ時代の諜報活動経験をベースに、当時日露交渉に携わったの政治家や外務官僚の実態を暴き出している。 ホットな話題を、臨場感あふれた筆致でつぶさに書いており、実に面白い。 文藝春秋は出版部数も多く影響力のあるメディアなので、この中で実名入りで取り上げられ、無能でぶざまな勤務振りを暴露された高級外務官僚達はさぞ頭にきていることだろう。 しかしながら、あれだけひどい書き方をされても、誰一人名誉毀損で訴えないところを見ると、当たらずと言え遠からずなのだろう。 12月号の最終回で、かって親交のあったロシア語通訳、故米原万里氏への語りかけの形で鈴木宗男氏との顛末を書いている。 その中で、当時彼を刑事被告人に仕立て上げて排斥した高級外務官僚達の、国策を置き忘れた無為無能振りを痛烈に批判している。 彼の筆力からして、自分を陥れた者達への小気味よい復讐劇になっている。 あれだけ書かれて、外務省はなぜ黙っているのだろうか。 単行本になったらもう一度読み返してみよう。          

目次に戻る