【伝蔵荘日誌】

2008年10月16日: マネー時代の終焉 T.G.

   以前バブル真っ盛りの頃、会社の先輩と話していて、「同じ給料で君より僕の方がリッチなのは、株をやっているからだ」と言われたことがある。 確かにこつこつ働いても給料アップはたかが知れていたから、あの当時株をやっていた連中はこたえられなかっただろう。 悔し紛れに、「株価なんていい加減だ。 実体経済を何も反映していない。 ただの博奕だ。」と憎まれ口を叩いたら、「それは違う。 株価は企業の資産、技術力、営業力、将来性など、すべてを評価した企業の実質価値だ。 株は博奕でなく経済だ。 君ももう少し勉強したほうがいい」とたしなめられた。 株や経済にはとんと疎い理工科系の悲しさ、それ以上の反論は出来なかったが、いまだに疑念は晴れていない。

 ここ数日、毎日のように株価が乱高下している。 おととい東証始まって以来の1100円と言う大幅上げを記録したかと思うと、今日は990円下げだそうである。 毎日日本国の資産が数十兆円生まれたり消えたりしていることになる。 物作りや商売など、実体経済が1日で変わるわけがないから、どう考えてもおかしな話だ。

   一昨日の日経BPに、経営評論家の桐原涼氏が「マネー時代の終わり」という解説記事を書いている。 それによると、2007年末の東証株価時価総額は480兆円だったが、今年10月10日の総額は270兆円、差し引きこの10ヶ月で210兆円の資産が消滅したことになると言う。 実際にGDPの3分1近い“実資産”が突然失われたら国家が沈没するはずだが、そんなことは起きていない。 多少不景気ではあるが、社会も国民もごく普通に毎日を過ごせている。 この解説記事は次のように言う。

「今はマネーの時代であり、実体経済よりはるかに膨張したマネーは実体経済をも翻弄するパワーを持つに至った。 世界の金融資産総額は、昨年時点で1京円(1兆円の1万倍)以上と見積もられ、世界のGDPの数倍の規模に達していた。 とどまることを知らないマネーの膨張は、実体経済をきしませる。 原油や穀物市場に巨額のマネーが流れ込み、原油相場は瞬間的に高騰した。 そしてマネーの膨張がもたらす歪みが臨界点に達し、バブルがはじけた。 世界の資本市場でマネーゲームを演出した“過剰マネー”は、市場の泡とともに消えた。 現在の株価は、実態の企業価値を離れて浮遊し続けている。 実態企業の価値と正対するリアルな投資に、回帰すべき時が来た。」

 なんだなんだ。 これでは20年前の理工系経済音痴の捨てぜりふと同じではないか。 そうと分かっていたのなら今までなぜ黙っていたのか。 後講釈なら誰でも言えるぜ。 これだから株屋の新聞は信用出来んのだ!

 経済音痴の当方も、最近の金融大混乱で興味が湧き、いろいろ勉強している。 新聞テレビの解説記事や書店で売られている経済書はまず当てにならない。 いろいろな人がブログに書いている解説や記事の方がよほど参考になる。 とっかえひっかえ読むと、少しずつ状況が理解出来てくる。 まさにインターネットの時代だ。

 これらを要約すると、こういうことらしい。 80年頃からアメリカやイギリスは物作り経済を放棄して金融大国に移行した。 フリードマン等ノーベル賞学者が考え出したインチキ金融工学を駆使して、やれデリバティブだCDSだとおかしな金儲けの手法を編み出した。 レバレッジと称して100ドルの元手を100倍の1万ドルに見せかけて株や金融資産の売り買いをする。 挙げ句の果てに世界のGDPの数倍にも達する金融債権が生み出され、焦げ付いた。 これが今回の金融大混乱である。 混乱の元凶であるサブプライムローンはその典型だ。 ローン自体の焦げ付きは高々百兆円程度なのに、あれこれいじくり廻して証券化したあげく、レバレッジ(梃子)を効かせてばらまいた不良資産の総額はその数倍に達するらしい。 もうアメリカ一国の力ではどうにもならない。 日本も竹中平蔵とかアメリカかぶれの連中が、やれグローバル経済だ新自由主義だと煽りまくったが、幸いにも英語が苦手な役人や銀行家がそれに乗り遅れ、被害を最小限度にとどめた。 怪我の功名である。 今では日本は周回遅れのトップランナーになっている。

 例えば、10月10日付の「ウォールストリート日記」は、世界最大の保険会社、AIGが潰れた原因になったCDSについて書いている。 CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)とは、債務、つまり借金に掛ける一種の保険で、返済不能(デフォルト)になると保険会社(AIG)が肩代わりする。 担保不足でも金が借りられるから一種の信用膨張である。 CDS自体がプレミアムがついて売り買いされる。 インチキ金融工学の真骨頂である。 元来保険というものは互いに影響を及ぼさない独立事象を対象にするものだ。 火事が起きても、無関係の離れた場所にある建物がつられて火事になることはない。 しかし企業倒産は違う。 経済状況が悪くなれば連鎖倒産なんていくらでも起きる。 むしろその方が当たり前だ。 こんなものを対象にした保険なんて、危険すぎて保険業の常識ではあり得ない。 それなのに世界最大の保険会社AIGはそう言うインチキ商売に手を出した。 AIGの倒産は本来の保険業務ではなく、このインチキ金融商品の焦げ付きだ。 アメリカは世界最大のこのインチキ金融会社に数十兆円つぎ込んで支えた。

 いち早く新自由主義経済を標榜して金融立国に転身したアメリカやイギリスは、製造業が衰退し、今では金融業が最大の産業になっている。 イギリスなど、国民の20%、5人に1人が金融業従事者とその家族だという。 一昨日発行の「緊急特別号:ウォールストリート;恐怖の8日間」というweb記事によれば、国家の純債務を大きい順に並べると、米国350兆円、英国80兆円、カナダ18兆円、イタリア12兆円で、ほとんどの430兆円が英米の借金である。 つまり英米の金庫は空っぽで、大量の借用書しか入っていない。 戦前の大恐慌の時はアメリカは債務国ではなかった。 対外純債務国のアメリカが金融危機の中心というのが今回の危機の最大の特徴なのだという。 それに対して純債権は日本の250兆円を筆頭にドイツ107兆円、中国78兆円、香港61兆円、スイス555兆円などとなっている。

 もしかすると、これは日本にとって一大チャンスなのではないか。 意味するところは、アメリカは金がないので自国の経済的混乱を自力で救えない。 基軸通貨のドル紙幣をじゃんじゃん印刷すればいいが、そんなことをしたらドルの価値が低下して国債価格が暴落し、アメリカ自体がクラッシュする。 金欠病で息絶え絶えのヨーロッパも助けられない。 助けられるのは、製造業など実体経済が未だ健全で、外貨準備など世界一の金融債権を持っている日本しかない。 中国も多額の純債権は保有しているが、安い労働力頼みの産業構造が脆弱で、おそらくその余力はない。 近いうちにクラッシュする可能性も大だ。 金詰まりで、今後石油や穀物などの価格は大幅に下がる。 一時140ドルの高値が付いた原油価格が今では半値の70ドルだ。 先進国のうち日本の銀行が一番しっかりしているから、今後世界中から行き場を失った金が日本に集まってくるだろう。 英米が転けた今、日本が世界の金融センターになる可能性は高い。 今の金融大混乱は日本にとって千載一遇のチャンスかもしれない。 そう言う願ってもないチャンスを生かしてくれる政治家の出現を待ちたいものだが、無い物ねだりか。  

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