【伝蔵荘日誌】

2008年9月12日: 金正日総書記の病状 T.G.

 かねてから世界中の誰もが予期していた北朝鮮崩壊のカウントダウンが始まった。 以前から金総書記の健康状態に問題があることは噂されていたが、9日に行われた建国60周年の閲兵式に姿を見せないことから、一気に再起不能の重病説が飛び交い始めた。 現在では重度の脳卒中と言う説がもっぱらである。 病状は回復しており、今後の政治活動に支障はないなどと言う見方も韓国内にあったが、大方の見るところはそう言う楽観的状況にはないようだ。 米FOXテレビによれば、「米国政府内部では金総書記の病状は韓国政府の発表より悪く、米中両国は非公式に体制崩壊後の対応の協議を始めた」と言う。 よしんば病状が持ち直しているとしても、病気の性格からして、あの崩壊寸前の国の綱渡りのような舵取りが出来る状態には戻らないだろう。

 冷戦終了後の似たような独裁国家の崩壊には東ドイツとルーマニアの例がある。 東ドイツの最後の独裁者ホーネッカーは崩壊後世界中を転々と逃げ回り、数年後チリのサンチャゴで没するが、ルーマニアのチャウシェスクは崩壊直後銃殺刑に処せられた。 この公開処刑はテレビで放映され、全世界が見た。 金正日は自分がこれと同じ運命になることを常々怖れていたそうだ。 しかしながら専制独裁の程度と国家の疲弊度は比べものにならない。 東ドイツもルーマニアも過酷な政治制度ではあったが、北朝鮮のように国民の大多数が餓えに苛まれるほどの状況ではなかった。 多分に独裁的ではあったが、一応政治組織も働いていた。 北朝鮮はそう言う次元からまったく外れている。 完全な金総書記の専制独裁、それ以外は軍があるだけだ。 東ドイツもルーマニアも、体制崩壊は内部の蜂起から始まった。 北朝鮮ではそう言うことはまずあり得ない。 長年の恐怖政治で国民が気力も覇気も判断力も削がれているからだ。 金総書記の政治生命が終わったとき、彼を引き継ぐ後継者がいない。 書記に変わる唯一の権力は軍しかない。 しばらくは軍が成り代わって統率するのだろうが、長続きするわけがない。 独裁は一人がやるから成り立つのであって、集団の独裁などあり得ない。 すぐさま四分五裂するだろう。 そのときの混乱は悲惨なものになりそうだ。 日本も大波を被るだろう。

 東ドイツの崩壊は世界有数の経済大国西ドイツが吸収しソフトランディング出来た。 ルーマニアも周囲に豊かなヨーロッパがあったので何とかなった。 民度も経済力も低い北東アジアに位置する北朝鮮はそうは行かない。 受け皿となるべき韓国は、経済が今にもクラッシュしそうな状態で、とてもその能力はない。 西ドイツでさえ統一後10年経済が沈没した。 韓国が今のまま受け入れて南北統一したら共倒れになるだけだ。 そう言う気力も能力も今の韓国指導者にはない。 中国はかねて北朝鮮国境に数十万の軍を展開し、崩壊に備えているが、もっぱらの目的は自国の安全保障のためで、支援などさらさら考えていない。 今行われている米中の協議は、お互い如何にしたら貧乏くじを引かずに済むかの駆け引きだろう。 唯一日本の戦後賠償が効き目のありそうだが、大穴を埋め戻せるほどの金額でないし、第一交渉相手がいなくなっている。 きちんとした受け取り体制がなくては払いたくても払えない。 拉致やテポドンをそのままにして、日本国民が了承するかも疑問だ。

 さあどうするか、どうなるか。 日米中の支援を受けて韓国が平和理に南北統一出来れば一番いいが、世界はそれほど甘くはない。 統一後の展望が見えないうちは、どの陣営も明確なコミットメントは出さない。 ましてや金を出して応援することなどあり得ない。  自力統一はまず不可能だが、今の韓国には統一を目標に諸外国と外交交渉をする能力や判断力はない。 ノー天気な反米牛肉デモや反日デモの馬鹿騒ぎを見れば分かる。 歴史的に見てこの国はこういう状況に陥ったときの戦略的思考がまったく不得手だ。 百年前は、もたもたしているうちに日本に併合された。 今回は多分中国だろう。

 金正日亡き後、軍部が暴発したりすれば、中国軍は一気に北朝鮮に侵攻し、支配を確立するだろう。 国境を接する自国の安全保障上正統な理由がある。 韓国も抵抗出来ない。 アメリカもあえて介入し、火中の栗は拾う気にならないだろう。 今でも北朝鮮は中国の事実上の属国であるが、それがもっと明確な形になるだろう。 しかし中国の支配下に入れられたら、チベットやウイグルと同じで過酷な運命が待っている。 日本人と違い、中国人は歴史的に朝鮮にシンパシーを持っていない。 韓国併合当時の日本のようなモデレートな扱いはしないだろう。 どうやら韓国の人達はそう思っていないらしいが。
 アメリカは東アジアから軸足を移し始めている。 この半島で多少のいざこざが起きても、朝鮮戦争当時のような直接介入はしないだろう。 中国が韓国にまで触手をのばさない限り中立を守るだろう。 中国とその方向で摺り合わせが済んでいる可能性が多分にある。 南北統一は絵空事だ。

 こういう状況で日本はどう動くべきか。 つかず離れずで、洞ヶ峠を決め込むのか。 身を乗り出して動きに一枚噛むのか。 平和日本の取れる道は今のところ前者しかないが、思考中断以外の何物でもない。 自民党総裁選5候補の演説を聴いていても、誰もこの問題に触れない。 この緊迫した情勢の中での思考中断は自殺行為にもなりそうだ。     

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