【伝蔵荘日誌】

2008年6月25日: アメリカのテロ支援国家指定解除 T.G.

 報道によれば、アメリカは北朝鮮の核計画申告を受けて26日にもテロ支援国家指定解除を実施する見通しだ。 この申告にはすでに開発済みの核兵器は含まれない。 94年米朝合意の際は、アメリカ初の女性国務長官、オルブライトが取り仕切ったが、奇しくも今回も女性国務長官、ライス女史が仕切っている。 94年合意は大失敗に終わり、金正日体制の延命に一役買ったが、今回も同じことになるだろう。 女性を蔑視するわけではないが、とびきりの才女に二人続けてこうもあからさまなミスを犯されると、ついそう思いたくなる。 そう言えばあの時オルブライトは自ら平壌に赴き、目の前で北朝鮮得意のマスゲームを見せられ、感激して金正日と握手をしていた。 ライスもおそらく同じことをするだろう。 これで金正日体制は少なくとも10年は生き延びた。

 アメリカのような冷徹で権謀術策好きの大国がなぜこのような単純ミスを犯すのか不思議だが、振り返ってみるとこの国の同じ様な戦略ミス、愚行例はいくらもある。 ベトナム戦争とその戦後処理、、ドミニカ、ハイチなど中米諸国への軍事弾圧、一時期のイラン、アフガニスタンの扱い、最近ではイラク侵攻とその戦後処理。 どれを取っても、ほとんど思いつきでやったとしか思えない。 熟考の末にその先の展望まで見据えて行ったとは思えない。 イラク侵攻など、日本占領時の成功体験を元に戦後処理を想定していたらしいが、アメリカには日本とイラクの民度の違いに思いを致す知恵者はいないのか。 歴史をふまえて戦略を立てる策略家はいないのだろうか。 歴史が長く狡知に長けたイギリスはこういう馬鹿なことをしない。 歴史を持たないアメリカという大国の最大欠点だろう。

 北朝鮮問題に対するアメリカの戦略変更は、間違いなく対中国戦略の一環だろう。 金正日の出方にかかわらず、対北朝鮮方針はすでに中国とすりあわせが終わっているに違いない。 申告に核兵器が含まれるかどうかなど、米中両国にとってほとんど問題にならない。 ましてや拉致などどうでもいい問題だ。 米中にとって金正日の核兵器はオモチャに過ぎない。 いかようにでも始末出来る。 イラン、シリアなどへの核拡散を防げればそれで良し。 拉致なんて99.9%のアメリカ国民は関知していない。

 肝心なことははたして中国とどのような摺り合わせをしたのかだ。 日本にとって、実際は核や拉致よりこちらの方が問題が大きい。 新聞テレビなど、表のマスコミは書かないが、ブログなど裏マスコミ(その一つの例)は様々な見方をしている。 表マスコミよりこちらの方が説得力がありそうだ。 それらを集約すると、次のようである。

 4月現在中国の外貨準備高は1兆8千億ドル弱。 昨年末より2300億ドル増えた。 猛烈な海外投資資金が流入しているからだ。 そのうち5千億ドルはアメリカ国債である。 あまりのいびつな成長で、近い将来破綻がささやかれている。 破綻したらアメリカを含め世界の経済が大打撃を受ける。 今や中国は世界の工場で、アメリカの製造業もすっかり取り込まれている。 支えないわけにはいかない。 日本はそれ以上の6千億ドルの米国債を買わされているが、日本経済は今のところクラッシュに至る気配はないし、いざとなればアメリカの言うことを聞く。
 アメリカは中国を支えざるを得ず、今までのような対立ではなく、共存の道を選ぼうとしている。 そういう基本認識の元、今までの日米安保に代わるアジア戦略として、米中による東アジア支配を考えはじめている。 アメリカは中国との共存のために多少のことは目をつぶることにした。 知財権問題も、人権問題も、民主化も、多少の軍事力拡張も、安すぎる人民元レートも。 来るべき台湾併合にも目を瞑るつもりだ。 馬政権誕生と中国への接近がそれを示している。 対中国防波堤の役割だった日本、韓国もその意義を失った。 韓国や日本を中国から防衛する意味はもうない。 だから、しばらく前から両国の米軍基地整理を進めている。  アメリカは近い将来中国が北朝鮮をチベットのような属国化することも計算に入れた。 今回の米朝合意はその予兆である。 米中で安定した東アジア統治を行うにはその方が都合がよい。 疲弊した北朝鮮の吸収は中国にとって重荷になるだろうが、日本が払う数兆円の戦後賠償でお釣りが来るだろう。 先の敗戦で腑抜けになった日本は素直に払うだろう。 利権目当てで払いたくてうずうずしている政治家もたくさんいる。 先日、米太平洋軍司令官に対し、中国海軍が米中による太平洋分割統治を提案したことが話題になったが、あながち的はずれではない。 米中融和の流れの一現象だろう。 一昔前なら荒唐無稽な話だったが、今はそうではない。

 石油やサブプライムなどの経済問題、イラク、イランなど中東問題、アメリカが頭の痛い別の問題に精力を注ぐために、中国との平和共存を選んだわけだが、そううまく行くだろうか。 中国は日本のように従順ではない。 自力で国防が出来るから、いざとなればアメリカの計算通りには動かないし、勝手な暴走もする。 日本とは違って、何と言ってもおかしな一党独裁国家だ。 最も気懸かりなのは、中国経済の行方だろう。 かってイランとの蜜月関係がホメイニ革命で終わりを告げ、中東情勢が混迷を深めたように、やがて起きる中国との軋轢がアメリカ戦略を破綻させる公算は大きい。 アメリカはいつになっても単細胞思考から抜け出せない国だ。 腕力があるだけにやっかいな存在だ。

 気懸かりなのは日本の出方である。 昔からアメリカ以上に単細胞なところがある。 記者会見で福田首相は、「核がなくなることはいいことじゃないの」ととぼけたそうだが、その先のことを考えているのだろうか。 おそらく考えてはいまい。 大いに心配だ。 

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