【伝蔵荘日誌】

2008年4月29日: IOC会長の中国への非難中止要求 T.G.

 中国という国はつくづくおかしな国だ。 愛国運動とやらでやたらナショナリズムを発揮するかと思えば、自分の国が歴史の浅い発展途上の植民地主義国と言われても、何ら気にしない。 チベットは歴史的に中国の領土とあれほど突っ張っているくせに、「チベットは植民地だ」と言われても気にもとめない。 いったいこの国の精神構造はどうなっているのだろう。


 イギリスのフィナンシャル・タイムスによれば、26日、IOC(国際オリンピック委員会)会長のジャック・ロゲ氏が、欧米諸国に対し、北京五輪を控える中国への人権問題を振りかざした非難を中止するよう呼びかけ、次のような声明を発表した。

「われわれには、中国に時間を与える義務がある。 西欧社会が現在に至るまでフランス革命から200年を要した。 中国は1949年に建国したばかり(の歴史の浅い国だ)。 西欧諸国の強い思いはよく理解できるものの、中国に急激な変化を期待するのはいかがなものか。 英国、フランス、(ロゲ会長の)出身国ベルギー、ポルトガルを例に取れば、1949年当時共通して植民地保有国として問題を抱えていた。 ようやく植民地の独立を承認したのは40年前のことだ。 (そのことに照らせば)もう少し謙虚な立場を取るべきではないか。 (IOCは)オリンピックが中国の社会の発展に貢献すると常々考えてきた。 中国もそれを認めるだろう。 オリンピックは中国の門戸を開放する役割を担う。 仮に北京オリンピックが無ければ、この問題(チベット問題)は新聞の一面ではなく、4、5ページ目に掲載された(程度の些末な問題だった)のではないか。 IOCは既に(中国社会の発展に)一定の成果を収めたが、各国首脳が我々よりも大きな役割を果たしたかについては疑問だ。」

 諸外国の疑問の声に耳を貸さず、2001年のIOC総会で中国にオリンピック開催権を与えた責任者の立場からすれば、そんなに中国を責めずにもう少し穏便に、と言う気持ちは分からないでもないが、その言いぐさがふるっている。 この声明を素直に読めば、誰でも次のような意味に取るだろう。

「中国はたった60年前に建国した、歴史の浅い未成熟国家である。 それを長い歴史を持つ西欧諸国が非難するのは片手落ちだ。 もう少し時間を与えて然るべきだ。 チベット問題を非難するあなた方だって、同じ60年前には同じように植民地を持っていたじゃないか。 中国という遅れて来た植民地主義国がチベット程度を植民地支配したからと言って、あなた方に非難する権利はあるのか。 そもそもチベットなど、本来ならニュースにもならない些末な問題に過ぎない。 IOCは中国発展に協力したが、西欧各国首脳はまったくしていない。」

 このオリンピック責任者の、いささかデリカシーを欠いた乱暴な声明に対し、中国政府も国民も、三日たってもなんの反応を示さないのは驚きである。 つねづね中国四千年の歴史を誇り、チベットは歴史的に中国領土だと言い張っている国が、建国以来たった60年しか経っていない発展途上国と蔑まれ、かってのイギリス、フランス、ベルギーがそうだったように、いまだに植民地国家なのだ、と指摘されたに等しい。 その敷衍するところは、チベットは中国固有の領土ではなく、建国直後に侵略した植民地なのだ、と言われているのと同じなのだから。

 たとえ事実であっても、こんなひどいことを言われたら、どんな遠慮深い国でも黙ってはいないだろう。 ましてや中国は建国以来領土問題に特に敏感な国である。 少しでも自国権益を阻害されそうになったら、金切り声を上げる国である。 現在世界各地の聖火リレーで猛威をふるっている赤旗軍団は、自分たちが声高に叫んで顰蹙を買っている「チベットは固有の領土」という主張に水を差されてもなにも言わないのか。 こう言うときには決まって記者会見の壇上に上がり、にこりともせず中国の国益を代弁する中国外交部報道官のあの眼鏡のオバサンは、今回は黙っているのだろうか。

 何を考えているのか、中国というのは実に分かりづらい国である。 

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