【伝蔵荘日誌】

2008年4月19日: 善光寺の聖火リレー辞退 T.G.

 長野の善光寺が26日に行われる聖火リレーの出発地を辞退した。 暴力に訴えず、同じ仏教徒のシンパシーから中国政府のやり方に真っ向から異を唱えた。 チベット問題でこれまで世界各地の聖火リレーに対し様々な妨害活動が行われてきたが、これがもっともスマートで効果的なアピールだろう。 2チャンネルなど、この話で持ちきりで、1日でこの記事のスレッドが20にも延びた。 2チャンネル用語を借りれば、まさに“逆”炎上ある。 大方の書き込みは“善光寺、Good Job!”で、この問題に対する関心の高さを思わせる。

 それにしても、この問題に対する中国政府の対処は実に下手くそだ。 オリンピックは娯楽行事なのだから、多少のトラブルがあってもひたすら観客や外野席のご機嫌取りに終始すべきなのに、偏狭なナショナリズムを表に出して世界中の反発や不快を買うようなヘマばかりする。 何ごとも8月までは柳に風と受け流しておれば良いものを、頑なに国内問題だ、内政干渉だと突っ張り、ダライラマとその共感者を極悪人のように罵る。 挙げ句の果てに批判国製品の不買運動まで起こす。 戦前の日貨排斥と同じく、気に入らないと不買運動を始めるのはこの国のDNAになっている。 いつまでたっても成熟しない国だ。 問題収拾の落としどころとして各国政府がダライ・ラマとの対話を奨めているのに、まったく受け付けない。 これでは中国の肩を持ちようがない。 嘘でもいいから対話のポーズだけでも示せば、少なくとも欧米各国の空気は変わるだろうに。 おそらくチベット融和に対する国内の反発や動揺を怖れているのだろう。 共産党独裁が見かけほど強固なものではないことを示している。 とにかく一連のどたばたを見ていて、大国としての余裕がまったく感じられない。 オリンピックなど、十年早いと言うことか。

 それはそれとして、そもそもチベットは独立出来るのだろうか。 忌憚なく言えば、1950年の中国侵攻前のチベットは、確立した行政府もなく、これといった産業もインフラもなく、単にダライ・ラマのカリスマ性がかろうじて束ねているだけの“地域”に過ぎなかった。 今どきの世界常識で言う独立国の体をなしてはいなかった。 中国侵攻の是非は差し置いても、今さら独立というのには無理がある。 ダライラマもそのことはよくわきまえていて、文化や宗教の尊重と最低限の自治しか要求していない。 中国政府がもう少し柔軟なら、この要求を飲んで新しい展望を見いだせる可能性は十分にある。 そのきっかけとして、今回の騒動は絶好の機会ではないか。 オリンピック成功を奇貨として、チベット融和に対する国内の反発も和らげられるだろう。

 現在の中国領土には、チベット、ウイグルなど50の異民族が含まれていると言う。 毛沢東の中国建国以来、この60年の間にそれほどの領土拡張をしたのだ。 古来異民族の宗教、文化を否定、抹殺して支配を全う出来た国はない。 世界を二分するぐらい強大だったソビエト連邦でさえ、わずか70年で空中分解した。 中華人民共和国が同じ様な無理を通してもうまく行くはずがない。 岡目八目的に言えば、今のチベット自治区を自治州にし、チベット人による地方自治を認め、外交や安全保障など、北京の中央政府との役割分担を決め、宗教者ダライ・ラマをポタラ宮に戻し、チベット仏教信仰を認め、チベット語教育を復活させれば、中国チベット双方にとって最良の解になるだろう。 一国二制度は香港でもやっているし、中国にとって将来台湾を取り戻すときの格好のモデルになる。

 それにしてもチベットは貧しすぎる。 侵攻後、中国政府が資金投入して作ったわずかなインフラしかない。 広大でほとんどが4000mを越える高地には、人口もまばらで、貧弱な牧畜以外産業など皆無である。 自治州化してもはたしてやっていけるのだろうか。 実際問題として、自治に必要な行政府や警察組織や徴税システムなど、自前では作れないだろう。 経済的にも、中国資本と中国人(漢人)に依存するしか生きる道はないだろう。 21世紀の現在、昔のようにヤクの乳とバター茶とツァンパだけに頼る自給自足経済にはもう立ち戻れない。

 カトマンズの日本食レストランロイヤル華ガーデンで食事をしながら、ご主人の戸張さんから面白い話を聞いた。 ネパールは世界の最貧国のひとつだが、亜熱帯に属するので気候温暖である。 果実や農作物も容易に作れる。 食うに困らないから国民はおしなべて怠惰だ。 国を発展させようなどという気持ちははなからない。 そもそもネパールはインドの僻地で、国民のほとんどは数百あるカーストの最下層レベル階級がインドを食い詰めてはみ出してきた連中である。 実質的にはインドの一地方のようなものだが、うまく共存していて両国間に争いはない。 徴税システムなど存在し得ないから、国民は誰も税金を払わない。 経済収入はほとんどが観光と日本のODAだけ。 首都カトマンズから一歩離れると、道路も水道も電気もなく、警察権も行政権も及ばない。 小規模の軍隊はあるが、国王(当時はまだあった)の私兵に過ぎない。 奥地にはテロ集団マオイスト(毛沢東主義者)が跋扈するが、警察も軍も取り締まれない。 マオイストが徴税という名目で村々から収奪するが、ほどほどで生活を圧迫するほどではない。 外国の登山者が山中で出くわすと山賊のように金品を巻き上げるが、建前が観光税なのでレシートを出す。 そんな貧しい国だが、国民はおおむね満足して平和に暮らしている。 マオイスト騒動以外大した混乱は起きない。

 中国政府がインド程度に寛容で、チベット人がネパール国民のように大雑把なら、同じ様な棲み分けが出来そうなものだ。        

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