【伝蔵荘日誌】

2007年11月15日: 拉致問題とテロ国家指定解除 T.G.

 今日付の日経BPのコラムで経済評論家の大前研一氏が次のようなことを言っている。

「(北朝鮮が言う)「拉致問題解決済み」は「拉致した人はもういません」という意味だ。  …米国は「解決済み」の意味を北朝鮮から説明されている。 だから北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外す作業に着手した。 …米国の都合で、北朝鮮問題の解決を、日本の頭越しで図る可能性が高くなっている。 …(日本にとって)開発済みの原爆とそれを搭載する可能性のあるミサイルの双方を無能力化することが先決だ。 それをしないうちは、北朝鮮が日本にとって大きな脅威であるという状況が解消されない。 …ヒル国務次官補から政府の担当者に「日本よ、いい加減に目覚めよ」と言ってほしい。 (拉致に拘泥していると)日本にとって本当に重要な安全保障上の問題が放置されたまま、北朝鮮と米国との国交正常化が進んでしまう可能性が高い。 」

 つまり、「拉致は解決済み。 諦めて6カ国協議に入れてもらえ、バスに乗り遅れるな。」と言うわけだ。 彼は以前にもこのコラムで、自衛隊の代わりにロシアの軍隊に国を守ってもらえ、などと馬鹿げた主張をしたことがある。 この評論家は国益というものを何と考えているのだろう。

 “6カ国協議のバスに乗り遅れるな論”は一部の新聞や政治家にもある。 こういう訳知り顔の主張の行き着く先は日朝国交正常化にあるのだろう。 経済界には最近話題になっている北朝鮮のレアメタル利権に唾を付けたいと言う動機もあるようだ。
 いったい、拉致を諦めてバスに乗せてもらい、制裁解除をし、他4カ国と同調して重油を送り、国交正常化を急いで、どういう国益に沿うというのだろうか。

 アメリカは濃縮ウランや開発済み核兵器は棚上げにし、核施設無力化だけでテロ国家指定解除をするつもりでいる。 アメリカがいちばん怖れる核拡散はとりあえず封鎖出来る。 中ロも同じで、彼らにとって少量のウランやオモチャの核爆弾は脅威ではない。 韓国は盧武鉉の一連の融和政策で、核は自国に向けられないと“信じている”。 もしあるとしたら、開発済み核兵器は金正日にとって拉致よりはるかに譲れないカードだ。 そう言う状況で、バスに慌てて乗り込んだ日本が、無力化だけでは駄目だ、核兵器も取り上げろと金切り声を上げても、まず相手にされない。

 テロ国家指定解除をしても、アメリカや中ロが金を出すわけではない。 せいぜい重油50万トンだ。 韓国の経済援助だってたかがしれている。 ベルリンの壁が崩れて東西ドイツが統一されたとき、西独は東独の経済的な大穴を産め戻さなければならなかった。 さしもの西ドイツの経済力もその後10年沈没した。 韓国と北朝鮮の経済格差はそれ以上だろう。 彼らが自力で南北統一出来るわけがない。 おかしな金正日体制が続いていればなおさらのことだ。

 金正日が喉から手が出るほど欲しいのは、国交正常化に伴う日本からの戦後賠償だ。 金額の桁が違う。 問題なのは、今の金正日体制で国交正常化し、巨額の賠償金を払うのがはたして日本の国益に沿うか?、と言うことだ。 現体制が続く限り、拉致も核もそのままである。 日本国民との不協和音が続いたまま、核兵器を持った不気味な専制国家がすぐそばに残ることになる。 金をもらって経済力をつけただけなおさら始末が悪い。 いったいこれが日本の国益に沿うのか。

 日本にとって、6カ国協議のバスに乗り遅れることがそんなに悪いことだろうか。 この枠組みが核兵器を取り上げてくれるわけではない。 拉致を解決してくれるわけでもない。 金正日の体制を崩してくれるわけでもない。 であるなら、この際愚直に戦略的孤高を保つのも立派な外交ではないか。 もしかすると、事理をわきまえた拉致家族会の方々もそれを望んでおられるのではないか。 金正日に大金をむしり取られるだけの国交正常化など、別に急ぐ必要はない。 よしんばアメリカが先に正常化したとても、慌てる必要はない。 日本の国益になんら損失をもたらさない。

 北朝鮮は戦後賠償と言うが、日本は朝鮮と戦争をしたわけではない。 植民地支配の賠償というなら、古今東西そう言う金を支払った宗主国はない。 日本が“植民地朝鮮”から経済的搾取をしたわけでもない。 賠償をするとすれば、単なる日本国民の贖罪意識から出た“謝罪の贈り物”に過ぎない。 戦後70年、今の若い人達にはそう言う贖罪意識はない。 湾岸戦争の時は小沢幹事長が臨時増税であっという間に拠出金1兆円をひねり出したが、今の日本にはそう言う経済余力はない。 時間が経てば経つほど、金正日は1兆円の戦後賠償を取りはぐれる公算は大だ。 急ぐべきは北朝鮮だろう。 それまで日本は高みの見物でよい。   

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