【伝蔵荘日誌】

2007年11月7日: C型肝炎訴訟 T.G

 夕方のニュースで大阪地裁がC型肝炎訴訟に和解勧告を出したと報じている。 原告団は一応の勝訴と受け止めながら、判決が国と製薬会社の責任に言及しなかったことに不満を残しているようだ。 先のエイズ問題と同じく、旧ミドリ十字と当時の厚生省担当部局の故意、不作為の罪は大いに責められるべきだが、医療全般ついて思いを致すなら、難しい問題ではある。

 原告の中の26才の若い娘さんがインタビューで被告の不実を訴えていた。 生まれて間もなく輸血が必要になり、お母さんの血液型が合わず、やむなく問題のフィブリノゲン製剤を使って一命を取り留めたのだという。 ニュース映像を見ると、きれいなお嬢さんに成長されていて、病気のために結婚もままならないと言う訴えを聞くと胸が塞がれる。

 しかし考えようによっては、この娘さんは当時の最先端医療で生きながらえたので、今があるとも言える。 26年前にすでにフィブリノゲン製剤の危険性が分かっていたかどうかは知らないが、もし分かっていたらそう言う高度治療を受けることは出来なかったはずだ。 生後間もない赤ちゃんが輸血を必要とするのはよほどの重病である。 受けなければ、亡くなっていた可能性は小さくない。 
 新生児の死亡率は医療の進歩で年々減少している。 日本人の平均寿命が世界一なのはこのお陰でもある。 知人の医者が言うには、未熟児など、一昔前ならまず助からなかった赤ちゃんが、今では立派に育つのだという。 医療の進歩のお陰である。 誤解を恐れず言えば、フィブリノゲン製剤もその一つだったのだろう。

 痛風で定期的に医者の検査を受けている。 体質だから尿酸値を下げる薬を一生飲まなければいけないと言われている。 昨日もザイロリック3ヶ月分を処方してもらってきた。 薬局に聞くと、ブロテックというジェネリック医薬品があって、成分も効き目も同じで半値だという。 一生飲む薬だからつい考えてしまう。 念のため医者によろしいかと聞くと、多分大丈夫だが、どちらを選ぶかはあなたの自己責任だと言われた。 今のご時世、万が一のことを考えて予防線を張っているのだろう。 痛風は命に関わる病気ではないのに。

 最近の医療現場は、医療訴訟を怖れて思い切った治療を避ける傾向があるという。 出産は病気でないが、常に母体のリスクを伴う行為である。 不幸な医療事故を完全に防ぐことは難しい。 頻発する訴訟を怖れて、小児科医のなり手が少なくなっていることが社会問題になっている。 この状況が進むと、大都市以外では、産院や小児科医がいなくなるかもしれない。

 小松秀樹著「医療の限界」(新潮新書)にこう書かれている。

「人間はいつかは死ぬこと、医療が不確実であることは、本来社会の共通認識であるべきだ。 しかし現実には、ほとんどのメディアが不確実性を受け入れようとせず、一方的に患者と医者の対立を煽ってきた」

 厚生省のお役人とミドリ十字の不誠実、不作為は大いに責められるべきだが、勢い余って医者イジメになったら国民のためにならない。 世界では常識の癌治療の特効薬が、日本ではなかなか許可にならないと言う。 医療関係者が萎縮したら、医療の進歩は止まる。 難しい問題ではあるが、それだからこそメディアはこの裁判をいたずらにセンセーショナルに扱わず、もう少し冷静な報道を心懸けるべきであろう。         

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