【伝蔵荘日誌】

2007年10月19日: 亀田騒動

  昨日あたりから、テレビや新聞が亀田問題で騒々しい。 TBSが取り仕切ったお粗末なボクシング試合の後騒動である。 おおむね亀田批判が大勢だが、これ幸いと便乗して視聴率を稼ぐマスコミも、面白がってこの騒動を楽しんいる大衆も不見識の極みだ。

 伝蔵荘で皆で酒を飲んでいてテレビを点けたら、ちょうどこの試合をやっていた。 それを見ていたので、この馬鹿騒ぎにいささか関心がある。 後半の8ラウンドあたりからだが、素人目にもひどい試合だった。 挑戦者は上体を倒してガードを固めたまま何もしない。 チャンピオンの内藤選手が5発撃つ間に、不正確なパンチをやっと1つ返す。 ほとんどボクシングになっていない。 逆説的にいえば、こういう街のちんぴら程度のボクサーを連れてきて、世界選手権に仕立て上げる興行主とテレビ局の営業力は大したものである。

 この試合を見ていて、1974年に行われた有名なモハメド・アリとジョージ・フォアマンのタイトルマッチを思い出した。 ベトナム戦の兵役拒否でチャンピオンを剥奪されていたアリと、当時45戦無敗の世界チャンピオン、フォアマンの因縁の戦いである。 アフリカのキンシャサで行われ、前評判を覆してアリが見事にノックアウト勝ちしたことから、キンシャサの奇跡 といわれた。 衛星放送で全世界に中継され、自分も含め10億人が見たと言う。

 試合開始直後から、フォアマンの強打の前にアリは終始一方的な防戦を強いられる。 ロープに追いつめられ、顔面へのパンチはかろうじてスウェーで逃れるが、ボディを乱打される。 誰の目にもフォアマン圧勝と見えた8ラウンドの終わり近く、狙い澄ましたアリのフックがフォアマンのアゴをとらえる。 この一発でリングに崩れ落ちたフォアマンは立ち上がれない。 絵に描いたような見事なKO劇である。

 このアリのクレバーな戦法は、後に“Rope a Dope”(窮地に追い込まれたように見せかけて、最終的には勝ちに行く作戦)と称されて有名になる。 しかし、こういう戦法をとり続けたアリは、受けたパンチのダメージが積み重なり、 晩年パーキンソン病に犯されて、悲惨な死を遂げる。

 このようにボクシングは文字通り“肉を切らせて骨を断つ”凄まじいスポーツである。 あまりの残酷さに、時々禁止論が浮上するほどだ。 鍛え抜かれたボクサー同士が打ち合うのだから、相手のパンチを一発も受けずに勝つことなどあり得ない。 自分は倒れない程度のパンチを受けながら、相手に致命的ダメージを与える過酷なスポーツである。

 元世界チャンピオンのガッツ石松氏が現役の頃、家族で池袋の繁華街を歩いていてヤクザに絡まれた。 あっという間に5,6人を叩きのめしたしたという。 家族を守るためとは言え、プロのボクサーが拳をふるったとして警察の事情聴取を受けた。 ボクシングは素人だが、相手は喧嘩慣れした連中である。 それでも赤子の手をねじるに等しい。 世界ランカーのパンチはそれほど凄い。 ボクシングの試合は、それを受けながら勝たねばならない。 パンチが怖くてガードしかできない三流選手は、世界選手権試合などに出るべきでない。

 昨日の謝罪会見で、セコンドの亀田史郎氏は反則指示の有無を問われて、「“肘で目を打て”と言ったのではない。 “肘を上げてガードし、目を狙え”と指示したのだ」と弁明した。
 ある世界チャンピオンの話で、ボクシングの急所はこめかみとアゴだと聞いたことがある。 ほかの所を幾ら打ってもなかなか倒れないが、急所のアゴを的確に打ち抜かれると、どんなに強いボクサーでも簡単に脳震盪を起こし、一時的に失神する。 ボクシングのダウンは、ほとんどこのケースだという。 フォアマンのダウンはおそらくこの典型例だ。 敗戦濃厚な終盤、一発逆転を狙うために「目を打て」と指示するセコンドは、よほどボクシングのことを知らないど素人か、もしくは嘘つきなのだろう。 どちらにしろ、18才の息子はひどい親をもったものだ。

 それにしても、もう少しレベルの高いタイトルマッチを見たいものである。

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