伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2007年10月5日: 公園で遊ぶ子供の歓声 T.G.

 テレビを見ていたら、西東京市緑町の「西東京いこいの森公園」の噴水が使用中止になったと言うニュースが流れた。地面の穴から水が噴き出す仕掛けが子供達に大人気で、大喜びで駆け回り水遊びする。その子供らの歓声がうるさいと周辺住民から苦情が出て、市が対応したのだと言う。映し出された風景を見るとかなり広い公園で、背後の5階建て住宅まで距離がある。拙宅の近くの幼稚園よりはるかに遠い。こんな広い場所で子供が遊ぶ声が、どれほどうるさいと言うのだろうか。子供が夜中まで水遊びをするわけでもあるまいし。

 30年前、息子が一歳の時に今の建て売り住宅団地に移り住んだ。近所のお宅もほぼ同じ年代構成で、周り中赤ん坊だらけだった。彼らが小学校へ上がる頃になると、家の前の路地は遊び盛りの子供達の歓声でそれは賑やかになる。あまりにうるさいので、静かにしろと怒る大人もいないではなかったが、それも一時のことで、彼らが中学生や高校生になるともう家の周りで群れたりはしなくなる。さらに大きくなると、どこのお宅も子供達が独立して出て行き、老夫婦二人切りの生活になった。ご近所はすべてそう言う年金生活者ばかりだ。子供の声などもうどこからも聞こえてこない。昼中でも人通りがなく、静まりかえったゴーストタウンの風である。たまに遊びに来るお孫さん達の声が、路地の向こうから聞こえるとほっとする。近くの幼稚園から聞こえてくる子供達の騒ぎ声が心地よい。

  一昨日、もう一つ同じ様なニュースがあった。団地の上階の子供がたてる騒音がうるさいと告訴したら、裁判所がそれを認めて36万円の罰金を命じたと言う。騒音計で70デシベルあったと言うからよほどうるさかったのだろうが、それにしても親同士が話し合いも出来ず、子供の遊ぶ物音を裁判沙汰にするとは世も末である。

 小学生の頃、遊び時間があまりにうるさいので、「アメリカやイギリスなど進んだ国の生徒はもっと静かにしている。お前らも見習え」と先生が叱った。そんなものかと子供心に思ったものだが、そんなことはありはしない。大人になってアメリカやイギリスを旅行したら、どこの国の小学校も休み時間はうるさい。いずこの国でも子供達は元気だ。子供が賑やかでなくなったら、大袈裟でなくその国はお終いだ。

 戦後社会の一番いけないところは、公の利益より個人の権利に重きを置き過ぎることだ。国民はおしなべて堪え性が無くなり、少しでも自分に不利益があると事大に騒ぎ立てる。それを裁判所やマスコミが大仰に取り上げる。今回の二つの事件はまさにその典型である。

 民主党は貧富にかかわらず子供一人に2万6千円を支給するという。それに必要な予算は5兆円だという。絵に描いたようなばらまき公約である。選挙対策とはいえ、よく恥ずかしげもなくこんな見え透いたことが言えるものだ。「金を出すから子供を産め」では、「子供を産む機械」発言のバカさ加減と変わらないではないか。

 金をばらまけば少子化が止まるわけではない。勘違いも甚だしい。子は宝という社会全体の意識がなければどうにもならない。子供を育てる責任は親だけにあるのではない。産児制限をするほどのベビーブームは、戦後間もない食うや食わずの貧しい時代に起きた。今の満ち足りた時代、2万6千円が欲しくて子供を産む律儀な親はいない。そんな金があれば自分たちの遊ぶ権利に回せと言い出しかねない。

 あの公園の周囲の団地も、間違いなくあと20年でゴーストタウンになる。噴水で遊んだ子供らは、家を出て帰ってこない。うるさがられて遊ばせてもらえなかった団地や公園に、いい思い出が残るはずもない。そう言う養老院のような団地が至るところに出来つつある。子供を愛情深く育てなかったしっぺ返しだ。

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