【伝蔵荘日誌】

2007年9月4日: 遠藤農相の辞任と行政改革

 内閣改造から1週間も経たず、農林大臣が辞任した。 松岡の還元水問題に始まり赤城の事務所費二重計上と、今年に入って3人目である。 今度の遠藤農相の辞任理由は彼が代表を務める農業共済組合の補助金不正受給だという。 いずれも政治家としての志など無縁の、立場を悪用した利権つまみ食いだ。 選良とは名ばかりの、利権官庁にすっかり取り込まれた三百代言としか言いようがない。 こういう無節操な連中を排除しなければ議会制民主主義は絵空事になる。

 それにしてもおかしいのは、参院選惨敗で後のない安部首相があれほど綿密な“身体検査”をしても見つからなかった“病気”が、内閣改造直後に表沙汰になる不自然さである。 何者かの意図が働いているとしか思えない。 不正受給はすでに会計検査院が指摘していたことだという。 もしそうだとすると、いくらボンボン首相と言え官邸の耳に入らないはずがない。 役所が隠し持っていた情報を、意図的に内閣改造直後に表沙汰にしたとしか思えない。 まるで後出しじゃんけんである。 勝てるはずがない。 そう考えると、赤城の事務所費二重伝票も松岡の還元水も安部内閣攻撃に最適なタイミングでぶつけられていることに思い至る。

 今度の参院選の自民党惨敗のほとんどの原因は社会保険庁の年金不始末である。 それに輪を掛けたのがアホ赤城の絆創膏だ。 これは効いた。 選挙日当日の昼過ぎまで、NHKをはじめすべてのテレビが絆創膏の馬鹿面を映して煽るものだから、選挙公約もマニフェストもあったものではない。 国民は安部政権憎さだけのきわめて感情的な投票行動に走った。 ほとんど選挙妨害に近い。 国民の政治意識が成熟していない国の、マスコミの恐ろしさ、威力を痛感する。

 年金問題について、評論家の田原総一郎氏は天下り禁止法を柱とした安部内閣の公務員制度改革に対抗する“官僚の自爆攻撃”と喝破した。 言われてみると、社保庁の杜撰データのほとんどが国政調査権もない野党民主党の一部議員に手厚く渡されている不自然さに気がつく。 対応に追われた安部内閣が苦し紛れの答弁をすると、すぐにその裏をかくデータがタイミング良く民主の長妻議員から投げつけられる。 国民は大いに溜飲を下げ拍手喝采、この展開の不自然さに気付かない。 まるでお祭り騒ぎだ。

 明治維新以来、中央官僚がすべての国事を司ってきた。 当初は国家に対する志が彼らの行動原理を支えたが、官僚システムが成熟した昭和の初め頃からおかしくなった。 全体、すなわち国家利益の最適ではなく、局所(役所権益)の最適を目差すようになった。 国家の行く末など念頭に置かず、予算分捕り合戦に血道を上げ、自分たちのやりたい戦争をやりたいようにやった陸軍省、海軍省がその典型である。 官僚にとって今も昔も大臣や内閣は単なる飾り物、シャッポに過ぎない。 都合が悪くなればクーデターを起こしてでも抹殺する。 2.26事件や5.15事件がその好例だ。 この後、生命の危険を感じた政治家達は陸海軍の横暴を押さえられなくなり、国を滅ぼした。

 戦後60年経った昨今の行政を見ても、本質はまったく変わっていない。 寄生虫は宿主が死なない程度に栄養分を吸い取り、生存する。 宿主の利益と自分らの利益が相反しないうちはおとなしくしているが、そうでなくなると宿主を攻撃して痛めつける。 挙げ句の果てには宿主を殺して乗り換える。 膨大な特別会計予算を原資とした特殊法人と天下りシステムは官僚最大の利権である。 一般会計予算とは比較にならない膨大な金を自在に操れる。 甘い汁もたっぷり吸える。 社保庁の年金資金がまさにそれだ。 このからくりをぶち壊そうとする安部内閣はとんでもない奴らだ。 今のうちに潰してしまえ、と一斉攻撃を掛けたのが今回の選挙だろう。 彼ら官僚は日本の行く末がどうなろうと知ったことではない。

 田原氏は自爆攻撃と言うが、官僚には傷1つ付かないところを見ると、自爆ではなく一種のクーデターである。 昔のクーデターは下っ端の兵隊にやらせたが、今頃のクーデターは無定見なマスコミが片棒を担ぐ。 法律の専門家集団である官僚達は、いくら自分たちの不始末を暴露しても、自らに累が及ばぬよう事前にしっかり法律を作ってある。 あれほどの不祥事を表沙汰にしても、社保庁の誰一人逮捕者が出ないことからもそのことがよく分かる。 民間なら間違いなく横領か背任罪で監獄にぶち込まれている。

 民主党は選挙に大勝して大いに意気が上がっているが、自分たちがいいように官僚達の手のひらで転がされたことに気が付いているのだろうか。 いや、百戦錬磨の小沢一郎はとっくに承知しているに違いない。 政権をとった後、うっかり官僚権益を侵したりすると、今度は矛先が自分たちに向けられることを熟知しているに違いない。 この見せしめを見せつけられた小沢内閣も自民党内閣も、もはや真っ当な行政改革は不可能だろう。 官僚独裁政治ここに極まれり。 政治家は選挙で落とせるが、役人には誰も手が出せない。 安部内閣の天下り禁止法案を狙い通り見事粉砕した官僚達の高笑いが聞こえてくる。 このまま進むと、日本は官僚支配の泥沼から抜け出せず、“第2の敗戦”に行き着くのだろうか。
        

目次に戻る