【伝蔵荘日誌】
2007年3月10日: 派遣社員と格差問題

【ユニクロと正社員】
 今日のニュースでユニクロが派遣社員5000人を正社員に採用すると報じている。 それにより2割の正社員が3割に増え、健保や厚生年金、退職金引き当てなど人件費が10億円増えるそうだ。 目的は質のよい人材を確保し経営効率を高めるためだという。 こういう動きはJR東海やNTTなど多くの企業に広がりつつあると言うが、遅きに失した観がある。 いつの時代も企業競争力の源泉は人材である。 そのことに思いを致さず、バブルがはじけた後、苦し紛れにリストラに走った日本産業は競争力を失い低迷を続けている。 後先を考えず派遣社員やフリーターなど安価な労働力に依存したからだ。

 非正社員の大半を占める派遣社員やフリーターは、労働法上の制約も少なく、健康保険や厚生年金など一切のフリンジベネフィットを必要としない。 とりあえず利益率を上げたい経営者にはきわめて好都合な労働力である。 人材派遣業は以前は一部例外を除いて法的に禁止されていた。 いまは大手を振って歩いている。産業界の求めに応じて(当時の)労働省が制約を大幅にゆるめたからだ。

【コンピュータ産業の大失敗】
 短期契約の派遣社員には熟練度の低い業務を担当させざるを得ない。 派遣社員依存度が高まるといつまでたっても社内にキャリアやノウハウなど知的財産が蓄積されない。 すなわち人材の枯渇である。 契約社員は短期的にはコスト面で経営に貢献するが、長期的には企業競争力に致命的ダメージを与え、やがては衰退させる。

 その典型例がコンピュータ産業、いまで言うIT産業だろう。 70年代、急激な市場拡大に伴って大量の開発要員の必要に迫られた日本のコンピュータ産業は、要員採用が間に合わずそのほとんどを小規模ソフトウエア会社からの派遣社員でまかなった。 ソフト会社とは名ばかりのろくに技術も持たぬ未熟練労働者の集まりである。 コンピュータ開発コストの大半はソフトウエア、すなわちプログラマの人件費で占められる。 当時ソフトウエア開発を対象にした派遣業は法律で禁止されていたからいわゆる偽装請負である。 時代の要請に押し切られた労働基準監督署は違法な偽装請負に目をつぶり、一向に取り締まろうとしなかった。 そのうちすべてのコンピュータ企業の開発現場は派遣社員で埋め尽くされた。 私自身、当時大手コンピュータ企業に在職し、常時数十名から数百名規模の開発プロジェクトをいくつも抱えていたが、9割はそう言う派遣要員でまかない、正社員、すなわち自身の部下は1割程度に過ぎなかったことを覚えている。 プロジェクトが終わると複数のソフトウエア会社からかき集められた派遣社員はちりぢりバラバラになる。 いつまでたっても開発ノウハウが親会社の手元にも派遣側のソフト会社にも残らない。

 この状況がコンピュータ産業のみならず、ソフトウエア企業もスポイルした。 日本にはいまだに高い独自技術を持ったソフトウエア企業が育っていない。 人貸しをしていればいくらでも実入りがあったからだ。 IBMなどアメリカ企業と死闘を繰り返していた日本のコンピュータ産業は、人件費負担の少ない派遣要員の誘惑に負けて正社員比率を高める努力をしなかった。 その結果がいまのIT産業の体たらくである。 IT製品はコストが競争力に繋がらない。 マイクロソフトやグーグルを見れば分かるとおり、競争力の源泉はノウハウと技術のオリジナリティである。 日本のIT産業はそのすべてに欠けている。 アメリカ技術のコピー一辺倒で、日本製の技術やノウハウは皆無に近い。 よって国際競争力は皆無に近い。 インドや中国にまで追い越されている。 そうなった原因はすべて派遣社員依存の安易な経営が生み出したものだ。

【人件費削減の行き着く先】
 これだけの大失敗例を目の当たりにしながら、日本の経営者はいつまでたっても反省がない。 エクゼンプション法案など経団連は相変わらず人件費削減しか頭になく、真の競争力強化に乗り出そうとしない。 ユニクロにしたって7割以上を派遣社員でまかなっている現状は五十歩百歩である。 国民の大半が非熟練労働者になった暁には、格差社会はともかく日本そのものが立ちゆかなくなる。 それでも経団連のお偉方達は人件費削減を金科玉条とするのだろうか。 まさしく本末転倒、愚かな話しだ。

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