2006年9月7日: 「現代数学の流れ」を読む。 T.G.

【すっかり忘れた数学】
 何の気なしにテレビの教育チャネルで三角関数の授業を見ていて、自分がSIN、COSの区別も分からなくなっていることに気付き愕然とする。 あらためてLogの定義や微積分の公式を思い出そうとやってみたが思い出せない。 程度を下げて二次方程式の根の公式は何とか思い出せた。 これでも昔は数学科である。

 これはいかんと図書館へ出掛け、「現代数学の流れ1」(岩波書店、上野、砂田、深谷、神保共著)を借りて読む。 裏表紙の解説に「理論の建設現場を垣間見ることで、ギリシャから現代まで数学がどのように展開したかを把握する…」とある。 ユークリッド幾何学から始まり、“激動の20世紀代数幾何学”まで、面倒な証明抜きで有名な数学者の業績や公式を時系列的に概観する内容である。 読んでいて少しずつ昔の感覚を取り戻したが、いかんせん付け焼き刃、ほとんどちんぷんかんぷんである。 思いついて学生時代のノートを引っ張り出して読んでみる。 3年生の時の位相幾何学の講義のノートだが、良くこんな難しい事が理解出来たものだと我ながら感心する始末である。 40年昔とはいえ、学校教育の限界か、はたまた自らの怠惰の故か。

【ユークリッド幾何学の第5公準】
 この本にはユークリッド幾何学の第五公準に関わる幾つかのエポックが書かれていて面白い。 第五公準とは「直線Aの上にない任意の点Bを通って、直線Aと交わらない直線が一本だけ存在する」と言う平行線に関する小学生でも分かる公準である。 理論体系の土台になる公準は、“誰にとっても証明の必要がないほどに自明なこと”でなければならない。 ギリシャ時代から2千年にわたって疑われなかったこの公準に対し、19世紀になってその自明性に疑義が投げかけられた。 その結果位相幾何学など多様な非ユークリッド幾何学が誕生した。 第五公準から容易に導かれる“三角形の内角の和が180度”と言う公式を、有名な数学者ガウスは実際に測量で確かめようと試みたそうである。 19世紀の数学が実学と結びついていた証左である。 地球上で直線を2本引けば必ず交わることから、地球上の三角形の内角の和は180度より小さいことは誰にでも容易に予見出来そうである。

【現在の初等数学教育】
 ここまではよいとして、20世紀中頃、フランスで生まれ一世を風靡したブルバキという現代数学の動きが教科書からユークリッド幾何学を追放した。 このことをこの本の著者達は残念がる。 ブルバキ的に言えば、「自明でない第五公準から導かれた不完全な幾何学を初等数学教育に用いるべきではない」と言うことなのだろう。 我々は中学や高校でユークリッド幾何学を習ったが、今の生徒達は全く教えられていない。 日本でも昭和40年代にブルバキに影響を受けた数学者達が文部省にたきつけて、ユークリッド幾何学をカリキュラムから排除したからだ。 三角形の内角の和が180度であることは超近似的に十分に正しい。 光速が不変でないことを前提にした“不完全なニュートン力学”は今でも十分に実用的で、学校でも教えている。 ユークリッド幾何学は面白くて実用的だし、論理性のトレーニングに最適である。 自分はこれで数学が好きになり、数学科に進んだ。 今はその代わりに集合論や行列、ベクトルなどを小中学校で教えるらしい。 これらは現代数学の基礎としては意味があるが、退屈だから生徒に数学の面白さを教えられない。 初等数学のカリキュラムとしてはまったく不適である。 子供達が全員数学者になるわけではない。 文部省もつくづく馬鹿なことをしたものだ。 近年日本の小中学生の数学力が落ちていると言うが、このことも原因の一つではあるまいか。 三角関数も忘れてしまった昔の数学科が言うのもおこがましいが。

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