【伝蔵荘日誌】

2005年8月8日: アルビノーニのアダージョ T.G.

 新しくできた区の図書館に出かけた。 先年総務省に札びらで横っ面張られて浦和、大宮、与野の3市が合併し、そのご褒美の補助金で、にわかに生まれた我が桜区にも豪勢な区役所と図書館とプール付き体育館が出来た。 役人好みの典型的な箱物行政である。 合併前までの市役所と小さな支所で充分間に合っていたのだし、合併したからと言って市の職員や業務が増えたわけでもない。 それなのにこんな立派な区役所を作る。 この行財政改革の時代にまったく馬鹿げたことだ。

 新設の図書館だから、建物と同じく蔵書もすべて新品である。 その中に河口慧海の「チベット旅行記」を見つけて借りる。 これを読むと、慧海はポカラからカリガン・ダキを遡り、ダウラギリの北西に位置するトルボあたりからチベットに潜入している。 100年前、ろくな装備も食料も持たず、国はおろか誰の支援も受けず、5000mを超える峠を越え、単独で未開のチベットに入った。 すこぶる付きの大冒険だったに違いない。 今頃、旅行社の手配したシェルパやポーターにおんぶにだっこで歩いてもあれだけ大変だったのだから、慧海の精神力と体力には恐れ入るばかりだ。

 本のほかにCDやDVDも沢山揃っている。 ジャック・ルーシェの「バロック・フェイバリッツ」を見つけて借りる。 ジャック・ルーシェはバッハのジャズアレンジで有名なフランスのジャズピアノ奏者である。 バッハ以外の演奏は珍しい。 演奏曲目はヘンデル、スカルラッティ、パッヘルベル、アルビノーニなどの聞き慣れた通俗バロック名曲で、もちろんジャズにアレンジしてある。 ルーシェのバッハ演奏は極めつきだが、バッハ以外のバロック音楽も同じように素晴らしい。 アルビノーニのアダージョなど、あの情緒纏綿たる浪花節的マイナー旋律をどうやってジャズにするのかと思いながら聞くと、これが見事にフォービートのジャズになっている。 一流のミュージシャンというものは実に大したものだ。

 こういう余録にあずかりながら文句を言うのは筋違いか。

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