エベレスト街道トレッキング

【エベレスト街道:その4 タンボチェまで】


 10月28日。 今日はタンボチェまで。 8時にナムチェを出発し、コンデリをバックに昨日の丘を越える。 撤収したテントや食料、炊事道具はすべてゾッキョに担がせて後から来る。

 斜面をほぼ水平に巻きながらトレッキングルートが延びている。 眼下にドウドゥ・コシの谷が深く切れ込んでいる。 谷底までの標高差は600m程もあろうか。 この斜面は一昔前は鬱蒼とした樹林帯だったそうだが、薪にするため住民が谷底まで切り尽くしてしまった。 今では炊事にプロパンガスを使い、植林に努めているが、元通りにはならないだろう。 人の手が伸びない対岸の斜面はは、今も鬱蒼たる森林である。
 はるか後方に我々の荷物を背負わされたゾッキョのコンボイが見える。

 前方の尾根の上に、目的地タンボチェが見える。 寺院の尖塔も見える。 左下の斜面に見える集落はテシンガ。 あそこまでルートはほぼ水平にだらだら下がるが、テシンガから一気に谷底に下り、橋を渡って対岸の尾根に取り付く。 ほぼ半日、真正面にエベレストを望みながら、ゆったりしたトレッキングルートを歩き続ける。 天国のような道である。

 真正面にアマダブラムが迫り、足下にドウドゥ・コシの深い谷が切れ落ちる。 尾根の巻道をトレッカーが三々五々歩いている。
 シーズン中、このルートは大勢のトレッカーで人通りが絶えない。 身を隠す岩陰も遮蔽物もないからうっかり用もたせない。 やむを得ずいたしていると、後続のトレッカーがすぐに追いついてくる。 女性など大いに困るだろう。 ナムチェで腹をこわした後藤は、この日何度かピンチに陥った。

 テシンガから谷底へ下り、ブンキテンガの吊り橋で対岸にわたる。 ここからタンボチェまで、再び600mの急登がはじまる。
 この付近は針葉樹や広葉樹の美しい樹林帯が続き、日本の北アルプスの谷を歩いているような雰囲気である。 石楠花の林も所々に見える。 この辺りの石楠花は日本と違い、鬱蒼たる大木である。

 吊り橋を渡るゾッキョ。 こんなに担がされても文句一つ言わない。 ポーター5人分ぐらいの荷物を運ぶ。 歩きながら草を食べるから、飼料を持ち運ぶ必要もない。 こんな便利な家畜はいない。 ゾッキョ無くしてエベレスト登山は成り立たない。 ゾッキョを使えるのはこの谷だけだそうで、アンナプルナなどほかの地域の登山隊は人手に頼るしかない。 何故ほかの谷にも普及しないのだろう。

 タンボチェへの登りの途中、右手の深いU字谷の奧にタムセルク(6618m)が現れる。 谷の下流にはっきりしたモレーンが見え、その上には氷河が続いている。 実に美しい谷である。

 タンボチェ到着。 すぐに寺の門前を通る。 こんな山奥にもかかわらずなかなかの寺院である。 寺には修行僧のほかトレッカーも参拝できる。 食事前、ラクパの案内で読経を見学した。 上段に大僧正が座り、お経を唱えながら下段に居並ぶ修行僧達に問答を仕掛ける。 それに一人ずつ進み出て応答をする。 その合間に全員での読経と、一斉に鳴り響く笛やドラの音。 なかなか荘厳で、身を浸して聞いていると心地よい。 3900mの標高で少し高山病の気が出始めていたが、目を瞑って聞いているうちに、頭と体が軽くなった。

 門前を通り過ぎて今日のテントサイトへ。 気持ちのいい草原の上に、先回りしたポーター達がすでにテントを張っている。 左の黄色いテントが我々の宿泊用、青いのが食事用テントである。 今日は後ろの小屋のトイレが使えるので、トイレテントはない。 荷物を下ろされたゾッキョが草をはんでいる。 後方の斜面にはおなじみのタルチョ。

 エベレストをバックに贅沢な午後のティータイム。 ネパールは紅茶の産地なので、ティーは本格的なミルクティーである。 なかなか美味い。
 ナムチェで腹をこわした後藤はやや元気がない。 おそらく初期の高山病症状なのだろう。 高山病にはいろいろな症状があって、体の弱いところに出る。 頭痛持ちは頭が痛くなり、胃腸が弱いと下痢をする。 胃に重い石が詰まっているような感じで食欲がなかったが、寺で読経を聞いているうちに重石がとれて気分がスッキリしてきた。 なかなかのメディテーション効果である。

【その5に続く】