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【アンナプルナBCへ−その2 アンナプルナBC】

 10月13日。今日の行程は標高2600mのドバンから3700mのマチャプチャレBCまで。距離17キロ、標高差1100mを、ほぼ富士山と同じ高さまで1日で登る。往路の最も長くきつい行程である。途中、岩屋のあるヒンコ・ケーブからデウラリのロッジを望む。U字型の典型的なカール谷である。ここまでのモディ・コーラ(モディ谷)は典型的なV字谷だったが、昔はこのあたりまで氷河が押し寄せていたのだろう。これから先は雪崩街道(Avalanche Track)と称され、5月頃のプレモンスーン期は雪崩の巣だそうである。遭難が多く、午前10時前は通過してはいけないと注意書きが立っている。

 標高3200m、デウラリのロッジで休憩。やっと森林限界を超え、両岸に剥き出しの岩壁がそそり立つ。左前方に見えるちょっとした岩山でも標高は5000mは下らないだろう。さすがヒマラヤである。この上方にマチャプチャレが聳えているはずだが、近すぎて見えない。毎日好天が続き、日差しは強いが、高度を上げるうちに気温が徐々に下がりはじめ、この辺りでは長袖、長ズボンでも苦にならなくなる。10月を過ぎポストモンスーン期に入ると、毎日このような好天が続く。午後から夕方にかけて雲が湧くが、雨はほとんど降らない。この谷筋のロッジは、エベレスト街道と較べてどことなく瀟洒な感じがする。このロッジも前庭にテーブルとプラスチックの椅子が置いてあって、いかにも観光地という風情である。周りの岸壁を見上げながら、しばしくつろぐ。

 デウラリを過ぎてU字谷の底の美しい草原地帯を通過する。いたるところに名も知らぬ高山植物が咲き乱れている。一昔前までこの谷は氷河で埋め尽くされていた。この辺りではアルプスと同じように、シーズン中山羊の放牧が行われている。途中で我々も山羊の群に出くわした。冬が来る前に麓の村に下ろすという。あの谷底の険しい道をどうやって下ろすのだろう。左前方の尾根を回り込んだ先に、今日の目的地マチャプチャレBCがある。奧に見えるピークはグレーシャー・ドーム(7069m)。トレッキングもそろそろ佳境に入る。

 10月14日、マチャプチャレBCの朝のテントサイト。標高3700m。気温零下5度。昨日までの暑さが夢のような寒さである。この辺りはU字谷が最も狭まったところで、東側をマチャプチャレへ続く絶壁に遮られ、昼近くまで陽が射さない。とにかく寒い。小さなロッジと、ドイツ人が作った、今は無人の荒れ果てた測候所が建っている。何のつもりでドイツ人はこんなものを建てたのだろう。前方に伸びる低い丘は、上から流れ下る南アンナプルナ氷河のモレーンである。あの向こう側には氷河が流れている。ここからトレイルは西に曲がり、一気に標高4200mの最終目的地アンナプルナBCを目指す。最後の登りである。

 登り初めて間もなく、まだ陽の当たらない尾根の向こうに朝焼けの主峰アンナプルナT峰(8091m)が初めて顔をのぞかせる。標高差4000mの垂直の南壁が圧倒的な高さでそそり立っている。まさにヒマラヤならではの光景。これを見んがため、遠路遙々、老躯鞭打ち、1週間かけてここまで登ってきた。


 アンナプルナBCの手前で一休み。前方のピークはアンナプルナ・サウス(7219m)。ポカラのホテルから真正面に見えていた山である。1週間歩いてその裏側にたどり着いたわけだ。 左のハンサムな若者は同行のシェルパの一人。ロッジを通るたびに店番の若い娘にちょっかいを出すので、プレイボーイとあだ名を付けた。そろそろ標高4000m近く、空気が薄く息切れがする。ここからBCまでは陽の当たる緩やかな登り道である。前方には常にアンナプルナの山々が見えている。すれ違ったヨーロッパ人トレッカーに“Welcome to Heaven!”と挨拶される。まさに天国である。

 昼頃、最終目的地アンナプルナBCに着く。南アンナプルナ氷河の左岸。標高4200mの平坦な台地である。大きなロッジが2軒立っている。荷物を放り出し、先回りしたポーター達が広げておいてくれたテントサイトのシートでティータイム。やがて陽気なキッチンボーイのティロッグが、お盆に乗せたミルクティーとビスケットを運んでくる。サーブは何もしない。と言うより、空気が薄く息切れして何もする気にならないと言うべきか。靴紐をほどいて、のんびり山を眺める。アンナプルナBCはまさに巨大な円形劇場である。周囲360度をヒマラヤの高峰に取り巻かれ、これ以上贅沢なティータイムはない。

 ティータイムが終わって、少し上に登る。上方の丘から見下ろした標高4200mのアンナプルナBC全景である。1970年のイギリス隊がベースキャンプに使ったのでこの名が付いた。南アンナプルナ氷河右岸のモレーンの台地上に位置する。ロッジとテントサイトが見える。右端の黄色い3張りは我々のテント。左側に流れ下るのはアンプルナT峰に発する南アンナプルナ氷河。流れ下る右下方は、昨日まで1週間、悪戦苦闘したモディ・コーラの谷である。前方にそそり立つのはホテルの窓から見えていたマチャプチャレ。形がすっかり変わっている。絶景である。

 一休みしてテントサイト前方のモレーンの丘に登る。足下数百メートルに南アンナプルナ氷河が切れ落ち、その奧に主峰アンナプルナT峰(8091m)が立ちはだかっている。氷河は幅約1km。土砂で覆われて氷は見えない。ここから頂上まで距離にして約8km。4km前方の氷河基部から頂上までの標高差が4000m。雪も付かないほぼ垂直の大岩壁である。前方の氷河基部が駿河湾の海面だとすると、そこから4キロ先に富士山より高い山が聳えていることになる。そう考えると、写真では分からないヒマラヤのスケールを実感する アンナプルナ南壁が至難のルートで、ほとんど登られていないと言う理由が理解できる。1950年のフランス隊はもちろんのこと、多くの登山隊は反対側のカリガンダキ谷からの西北面ルートを使っている。こちら側からはほとんど登らない。

    (写真はクリックで拡大出来ます)

【続く】