伝蔵荘ホームページ チョモランマBC

【チベット紀行−その3 チョモランマBCへ】

トンラ峠とチベット食糧事情

 次の日、高所順応を兼ねてシガールから標高5200mのトンラ峠に登りました。途中から雪になり、峠は見渡す限り広大な雪の台地でした。その向こうに東西に広がるヒマラヤ山脈が延々と続きます。絶景と言うほかありません。この先をさらに進むと、中国・ネパール友好道路を通ってカトマンズに至ります。チョモランマBCが目的の我々はここから引き返しました。途中で羊の大群と羊飼い達に出会いました。雪で草を食めなくなったので下へ下ろすのだそうです。下と言っても標高4000mを越える高所。こんなところでよく家畜が育つものだと感心します。

 乾燥した草木の生えないチベットにはほとんど農耕地がありません。その代わり至る所で家畜が放牧されています。ほとんどがヤクと羊です。畜舎などありません。荒れ地に放し飼いにされています。狂牛病などまず起こりえないでしょう。

 チベットでは肉と言ったらヤクの肉です。牛や豚にはあまりお目にかかりません。固くて日本人には美味しいと思えませんが、麦焦がしのツァンパやバター茶とともにチベット人の代表的な食材です。Yさんが言うには、チベットの河や湖には魚が沢山いるが、チベット人はほとんど食べないのだそうです。理由はチベットでは水葬が多いからだと言います。その話を聞かされた後、ホテルの夕食に出た大きな河魚の蒸し煮には誰も手を付けませんでした。

 話はそれますが、チベットの有名な鳥葬が見られる観光コースがあるそうです。ものの本によると、チベットの鳥葬は身分の高い人や金持ちの葬儀方法で、貧乏人はしてもらえません。あらかじめ遺体を切り刻み、鳥が食べやすいように団子状に丸めて岩の上に置いておくのだそうです。そんな気持ちが悪いもの、よく見る気が起きるものです。

チョモランマBCへ

 高所順応を済ませて、いよいよチョモランマBCに向かいます。途中無人の荒野に崩れた遺跡のようなものをたくさん見かけました。Yさんに聞くと、昔イギリスと戦争をしたときに使った土塁や城砦の跡だそうです。当時世界最強だったイギリス軍が、ろくな武器も持たないチベットを攻めきれなかった理由の一つが空気の薄さだそうです。ちょっと体を動かすと息切れするような高さでは、兵士達も元気が出なかったのでしょう。

 途中5000mのパンラ峠にさしかかると、真正面にチョモランマ、その左にマカルー、右にチョー・オユーなどと言った有名な八千メートル峰が現れます。この日は雲一つない晴天で、東西何百キロにもわたる壮大なヒマラヤ山脈の景色が一望に見渡せました。

 峠から1000mほど下り、広い谷を川沿いにしばらく走った後、南側の小さな谷に入り道は再び登り始めます。悪路を走り続け、5000mを越えると、やっとロンブク僧院のある台地に到着しました。この僧院もちろんチベット仏教のお寺です。タルチョ(祈願旗)はためく谷奥に、標高8848mのチョモランマがそびえ立っています。チベット観光写真でよく見かける景色です。

 ここには粗末なロッジが1軒と、もう一つ瀟洒な作りの建物がありました。我々と欧米人の観光客は全員粗末な方に泊まりました。聞くと瀟洒な方もロッジだと言うことですが、ひと気がなく誰も泊まっている様子が見えません。こんな山奥に不釣り合いな大きなパラポラアンテナや通信用鉄塔まであるところを見ると、おそらく軍関係の建物と睨みました。だとすると中国政府はなぜこんな所に軍事施設を置くのでしょうか。その先の国境は八千メートルのヒマラヤ大山脈が聳えていて、こんな所から敵が攻めてくるはずがありません。

 ここからさらに車で20分ほど登るとチョモランマBCです。世界最高峰の北壁と下部の氷河が眼前に迫り、素晴らしい光景です。稜線の向こう側は昨年訪れたカラパタールです。カラパタールまでは麓から歩いて10日かかりましたが、こちらはまったく歩かずに車で来ることが出来ます。欠点はチョモランマしか見えないことです。ネパール側は次から次へとヒマラヤの高峰が現れて飽きることがありませんでしたが、こちら側はまったく同じ光景しか見えません。変化に乏しく、いくらチョモランマとは言え半日いたら飽きてきます。二晩滞在する予定でしたが、Yさんに頼んで予定を変更し、一晩で下りることにしました。

チョモランマBCのトイレ事情

 下りることにしたもう一つの理由は、ロッジのトイレの汚さです。今まで入ったトイレの中で空前絶後の汚さです。生まれてこの方65年、こんな汚いトイレは見たことがありません。三畳ほどのドアもない開けっ放しの小屋の中に落とし穴が三つ並んでいる、いわゆる“ニイハオトイレ”です。チベットや中国でよく見かけるトイレ形式ですが、とにかく汚い。穴の周り一面に糞尿がぬたくり付けてあって、足の踏み場もありません。悪臭もひどく、とても入る気が起こりません。全員一晩トイレを我慢しました。

 山好きですから野外での用足しは慣れていますが、このあたりは野犬が多く、群れをなして徘徊しているので、夜暗がりで用を足す勇気は起きませんでした。噛まれることもよくあるそうで、狂犬病のリスクがあるから近づかないようにと注意を受けました。若い女性客などどうするのでしょうか。よほど我慢が出来なかったのでしょう、朝ロッジの玄関前に“大きいの”がしてありました。

 山向こうのネパールも決して清潔とは言えませんが、ここに比べたら天国です。チベット一の目玉観光地に、このような貧弱な設備しか作らない中国政府の観光政策には首をかしげたくなります。無理矢理行ったチベット解放の限界なのでしょうか。

 汚さの程度は別として、ラサの高級ホテル以外はどこもこの“ニイハオトイレ”が一般的でした。用足しの際、隣り合ってしゃがんだ姿勢で、「ニイハオ」と挨拶を交わすのだろうと勝手に想像しての命名です。チベットに限らず、北京や成都など都会でもたびたび見かけましたので、中国では一般的なトイレ形式なのでしょう。壁の仕切りが無く、床に落とし穴が並んでいるだけの構造です。中国人は排便時の姿を他人に見られても恥ずかしいとは思わないのでしょうが、日本人や欧米人には耐えられません。オリンピックを間近に控えているのですから、せめて外国人向けの場所は“個室化”を徹底してもらいたいものです。トイレは中国旅行、最大の苦痛です。

【その4へ続く】