prologue


捨てられてずぶぬれの、けがか病気でしかも泥だらけの黒猫に見えた。
そんなのを、拾ったことがあるわけじゃない。
だが、ふと目があったそいつは、そんな喩えがぴったりな気がした。
そこに転がっている奴にはとりあえず必要なものがあり、自分にはそれを与え得る余力があった。
だからといって、いつもの自分がそれを与えたかといえば、おそらくしなかっただろう。
――タイミングの妙で、何かの偶然で、気まぐれで。
・・・付けられる理由なんてその程度だった。

ともかく女は、少年を拾った。




+shower+


1.

まだ客の入っていない店内は、蛍光灯で皓々と明るい。
開店前の準備をしていた幽助は、掃除道具を放り出した。
「〜〜っ、何でこんなことまでしなくちゃならねえんだ!」
「・・・昨日、躯が一度に3人クビにしたのが直接の原因ですが」
冷静な、ともすると冷淡とも取れる声が答える。
「こうなることは躯も分かっていたんでしょうから、何らかの手は打つつもりなんじゃないですか?」
そうでないと困るし、といって蔵馬は幽助に布巾を手渡した。
「だから君も短気を起こしてないで、準備を済ませたほうがいい。そうでないと・・・」
「そうでないと、何だ」
「げっ」
幽助はそこに話題のその人がいるのを見つけ、呻いた。
蔵馬は微笑んで、顔色一つ変えない。
「開店時間に間に合わなくなる、と言いたかったんですよ。躯、今日はちょっと遅かったですね」
「ああ、ちょっとな」
あわてて革張りのソファを拭き始めた幽助をよそに、躯は目で裏を指した。
「?」
その様子に何かを感じた蔵馬は、歩き出した躯について、裏口へと向かう。
「お前らは裏から入ったんだろう?」
「ええ、そうですが」
「・・・店の前に転がってた」
そう言って躯はドアを開く。
何が、と思いながら、蔵馬が裏口のドアを出た躯を追うと、そこには一人の少年が壁にもたれて座り込んでいた。
その、俯いた頬と剥き出しの腕に血が滲んでいる。
黒っぽいTシャツとジーンズは重そうに水を含み、スニーカーは泥にまみれて元は白かったんだろうとしかいえない色になっている。
今日、昼過ぎに落ちてきた強い雨は、その後時間とともに弱まって、今は完全にやんでいた。
さっきから身動き一つしない少年の気力を削いでいるのは、疲労と寒さなのだろうと蔵馬は踏んだ。
「店の前じゃあな。さすがに転がしとくわけにもいかないと思ってつれてきた」
躯は、しゃがんで少年の顔を覗き込んだ。
「おい」
その声に、少年は不機嫌そうに少し顔を上げた。
そして何か言いたげに唇を動かしたが、結局言葉にはせず、ふいと横を向いた。
躯はくすりと笑った。
「ご機嫌斜めというわけか。この坊やは」
坊やか。確かに、と蔵馬は思った。
せいぜい十代後半という少年がこんなところをうろつくのは、いささか問題ありだ。
少年は、挑みかかるような目で躯を見た。
「・・・黙れ」
言われた躯は、少年を見下ろした。
「お前」
少年は視線を合わせたまま、ごくりと唾を飲む。
「口の聞き方に注意しろ」
躯は視線をそらさない。
彼は唇を引き結んだ。
二人のやり取りを、・・・というより、躯が少年を叱るのを――怒っているのではないことを、興味深げに観察していた蔵馬は、すいと躯が立ち上がり、自分に振り向いたので少し驚いた。
「何?」
「というわけで、だ。この泥だらけを風呂に入れて着替えをさせて、もうちょっとましにしてくれ。お前、必ず何着か用意してるだろう?後はここの予備で置いてるのが何かあったよな、その中から適当に見繕ってくれ。それと、幽助」
「なっ、なんだ。気付いてたのかよ」
気配を消していたつもりの幽助は、頭をかいて顔を見せた。
「そんならもっと早く、声を・・・」
「だから今、声をかけたんじゃねえか。これ以上早くってのは無茶な相談だろ」
躯はにやりと笑いかけた。
「お前は表の掃除をしろ。15分以内だ」
「え〜?!」
不満の声を上げた幽助だったが、じろりと睨み上げる視線に勢いをなくす。
「はい、やります・・・」
そう言うと、そそくさと引っ込んでいった。
ふう、と息をついて、躯は蔵馬のほうを向いた。
「オレは中をやる。こいつのことはお前に任せるから、適当にやれ」
「はいはい」
「ああ、それと。明日からは、清掃業者を頼んだから掃除の心配はしなくていいぞ。その代わり、業者が来る前に来て待ってなきゃならならんが。それは雷禅にさせればいいかな。・・・奴は?」
「お得意様からディナーに誘われたと言って出かけていきました」
「ふうん、物好きもいたもんだな。奴にきちんと同伴ができるのか?」
「さあ?どうでしょう」
肩をすくめた蔵馬を見て、躯は小さく苦笑いした。
「まあ、ああ見えてそつはないからな。何とかするだろ」
ふと、もしや『うまく』やりすぎてしまうかも、という危惧が躯と蔵馬の脳裏をよぎった。
が、案じてどうなるものでもあるまいと、二人そろって黙過した。
「じゃあ、よろしく」
そう言い置いて店内へと向かう背中を見送り、さて、と蔵馬は呟いた。
「ということだそうだから。中に入って、シャワーを浴びて。その間に服を用意しておく。まさか、歩けないなんて言わないよな?男を風呂に入れてやる趣味は、俺にはな・・・」
「俺にだってねえよ」
目線の高さに差があるにせよ、笑みを浮かべて見下ろす蔵馬を、少年は忌々しげに睨みつけて立ち上がった。
「それはよかった。こっちだ」
少年を中に入れ、蔵馬は、さりげなく全身を観察した結果、躯はたぶんここで働かせる気でこれをつれてきたのだろう、と結論した。

2.

『おい』とか『お前』とか呼ぶのでは都合が悪いと蔵馬が言うと、少年は、飛影、とだけ名乗った。
「じゃあ飛影、そこがシャワールームだから」
躯への目付きからして、これは難物かもしれないと蔵馬に思わせた彼だったが、案外素直に従った。
蔵馬はさっさと済ませてしまおうと、幽助のロッカーとクラブの備品をあさった。自分の持ち物からは最後に取った――サイズから何から、完璧に把握しているからである。
(それにしても)
蔵馬は控え室を見回した。
(いろいろなものが備えてある店だ・・・)
クラブ百足には、その裏に、厨房とスタッフの控え室、ロッカールームにシャワールームがある。
そのうちシャワールームだけは躯がわざわざ付けさせたものだった。
しかし、当の本人は一度も使ったことがない。
躯はクラブの上階を、手前半分は事務所、奥の半分は自身の私室にしていて、そこにもシャワールームがあるのだ。また、それとは別に、クラブから歩いて十数分のマンションに一部屋を自宅として持っている。
躯は、仕事が終わるといずれかに直行してしまうのである。
仕事の後は帰宅してしまうことが大概なのだが、躯は、クラブの従業員を自宅に招いたことがない。
どんなに長い付き合いがあっても、気が合うように見えても、である。
幽助は、以前、よっぽど室内が酷いことになってるからじゃないのか、と揶揄した。
そしてそれを聞いた父親に、思いきり馬鹿にされていたのを蔵馬は見た。
根が人懐っこい幽助には悪いが、蔵馬は、雷禅の意見に賛成だった。
躯は散らかっているのが平気なたちではない、というのは、クラブのありようが示している。
万事においてあっさりしているのが好みなのだ、と言ったほうがより近いかもしれない。
自分で維持できないと判断すれば、たとえそれが自宅であれ、人を頼むことをためらわないに違いない・・・あるいは、下手に散らかしておくくらいなら何もかも処分してしまいそうだ、と思う。
(ただし、その論理で従業員まであっさり切ってしまうのは困りものだけど)
ドアの向こうで鳴るシャワーの水音を聞きながら、脱衣室に服を一そろいとバスタオルを置いた。
彼は今いる人間の誰より小柄だった。
だから、多少サイズが合わないのは致し方のないことなのだが、あの挑発的な目で人を見る少年はきっと面白くない顔をするんだろう、と想像して、蔵馬は小さく吹き出した。

3.

目を閉じたまま、ざあざあと流れ落ちる温かい湯を浴びて、飛影は大きく息を吐いた。
・・・学校を飛び出したのは昼休みだった。
お互い、虫の居所が悪かったのだろう、些細なことで喧嘩になった。
何が原因だったか、すでに思い出せない。
飛影からすれば売られた喧嘩だったが、それは教師たちには関係のないことで、相手を殴り倒した飛影が槍玉に挙げられたのだった。
そして、持ち物は全て置いて雨の中へと出た。
当然、傘も財布もない。
濡れるのもかまわず、普段歩かない道をふらふら歩き回った末、足が重く感じて立ち止まった。
靴の中はぐちゃぐちゃと音がするほど水がしみこんで、ひどく気分が悪い。
目に雨が流れ込む。
馬鹿馬鹿しい、と飛影は思った。
それだけが頭の中をめぐる。
雨を避けようと思ったかどうかすら怪しい。何気なく建物の壁に寄りかかり、ずるずると座り込んだ。
舌打ちして目を閉じ、再び開いたとき、色の薄い髪が目前で揺れた。
・・・シャワーを止めて、目を開ける。
そこを出ると確かに服が用意されており、ご丁寧にバスタオルとフェイスタオルが添えてあった。
肌触りのいいバスタオルを頭から被ると、飛影はもう一度、大きな溜め息をついた。

4.

蛍光灯が間接照明に切り替えられるその瞬間、店内の空気は一変する。
それはまるで戦闘開始の予告のようだ、と躯はいつも思う。
そして臨戦の合図は、表の明かりを入れること。
幽助は言いつけどおり15分で掃除を済ませた。
これで時間通り開けることができる。
「あとは"奥"のやつらだが」
躯は手元の時計を確認した。
開店時間まではまだ、もうしばらくある。
外はそろそろ夕暮れだろうか・・・

いつも裏(通用口)から入る躯が、今日に限って表(客用入り口)へ回ったことは、一面ラッキーで一面アンラッキーだと思った。
「・・・?」
まだ明かりをつける必要のない店の前は、建物の陰になっているために薄暗かった。
そこに人影を見て、躯は眉をひそめた。
大方ホームレスか何かだろうが、邪魔なものは邪魔だ。
躯はその人間に近づいていった。
「ここは個人の敷地だ。座り込むのは、どこかほかに・・・」
と、そこまで言って、どうも予想が外れたらしいことに気がついた。
全身濡れ鼠の少年が、座り込んでいた。
少年の脚の下になっているタイルは、濡れて色が変わっている。
雨宿りをするにはタイミングが遅すぎた、という感じだろうか。
そうだとしても少年の様子はおかしい。
躯はしゃがんで少年の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「うるせえ、・・・」
少年は鬱陶しそうに答えた。
頬にかすり傷、唇が少し青い。
「移動したほうがいい、ここにいたって体を冷やすぜ。おい、立てるか」
そう言って肩に触れた手を、少年は乱雑に振り払った。
そして目ばかりぎらぎらさせて、彼は顔を上げた。
「・・・ほっとけって言っただろう・・・」
ぱん、と音を立てて、躯の手が少年の頬を張った。
「お前は放っておいてほしいのかもしれないが、オレの店の前にこんな薄汚いのが転がっていられちゃ、こっちが迷惑なんだよ」
少年はあっけに取られたように躯を見つめた。
「あるかないか分からん品格がさらに傷つくからな、この界隈を歩くんだって、そんな格好じゃしてもらいたくないね。特に、お前みたいなガキには」
最後の一言に、少年は目付きを一気に険しくした。
「黙れ、貴様・・・」
「黙るのはお前だ」
一声で、少年は口をつぐんだ。
「何も分かっていないようだから教えてやる。ここは本来お前みたいなガキのいる場所じゃねえ」
こういう店の立ち並ぶところを、どう見ても補導対象という歳で歩くのはあまりにも不釣合いだ。
目障りだ、と言ってもいい。
「だから俺もとっとと追っ払えればそれに越したことはないさ。だが、さっきも言っただろう?そんな格好でガキをうろつかせたら、しかもオレの店の前に小一時間も座り込んでた奴にそんなことをさせたら、オレの沽券にかかわる」
「・・・小一時間?」
不可解そうに、少年は躯を見る。
「そうだろう?そんなずぶぬれで、床まで濡れて・・・もう、雨はやんでるんだ。てことは、まだ雨が強いうちにここに来たってことだろう。少なくともついさっきの話じゃないはずだ」
躯の答えを聞いて、彼は眉を顰めた。
「今、何時だ?」
「4時半、じゃない、そろそろ5時かな」
「そんなに経つのか・・・」
少年はのろのろと前髪をかき上げる。
それから一呼吸してゆっくりと立ち上がり、躯の脇を通り抜けようとした。
「・・・待て」
躯は少年の手首を掴んだ。
少年は、躯が案じたよりしっかりした足取りだったけれども、それでも何か気懸かりを感じさせる。
「行けばいいんだろう?放せよ」
ガンたれてくる少年を、躯はにやりと笑って返した。
「お前にオレの手を振り払う体力があるなら、やってみろ」
「おい、待・・・っ!」
そのまま躯は店の裏口へ、少年を引きずっていったのだった。

躯はもう一度、時計を見た。
開店まであと30分。
蔵馬がまだこちらに来ない。
躯は"奥"へ向かった。

5.

控え室のドアを開けた途端、甘いココアの香りがあふれてきた。
それと、これは・・・
「蔵馬。お前、これにブランデーを入れただろう」
微妙な表情でマグカップを持たされている飛影をちらりと見て、躯は蔵馬を睨んだ。
「いいでしょう?温まりますよ」
躯はテーブルの上のミルクパンに残ったココアを直接飲み、顔をしかめた。
「やるに事欠いて、店の酒を使ったな?」
「ほんの一さじですよ。なあ、飛影」
嘘つけ、とあとから入ってきた幽助は思ったが、賢明にも口に出すのはやめた。
「飛影っていうのか」
躯もやはり胡乱な目で蔵馬を見た。
「ええ、だそうです」
蔵馬はといえば、どこ吹く風で微笑んでいる。
「いずれ大した量じゃありません。グラス一杯を倒したのに比べれば、安いもんです」
「ああ、まあな。そういうことにしておこうか」
「そうだ、躯にはコーヒーでも入れましょうか?まだ時間はあるでしょう」
「結構、遠慮する。・・・ん、飛影?」
少年はマグカップを置いて、俯きがちに目を閉じている。
「おい・・・?」
ぐらりと揺れた肩を掴み、躯は色を変えた。
「おい、どうした」
躯の背越しに幽助が覗き込むと、ソファにもたれている飛影はひどくだるそうに見えた。
「こいつ、どうしたんだ?」
「酒のせいでは・・・」
蔵馬の問いかけに、躯は頷いた。
「ないだろう。あれだけ飛ばしてあって、酔っ払うとは思えない」
力の入らない様子の少年の赤い頬に、躯は触れた。
「熱があるな・・・」
躯は少し考えて、立ち上がった。
「上へ運ぼう」
「上ぇ?」
素っ頓狂な声を上げた幽助を、躯は下がらせた。
「ここに置いといたら邪魔だろう。オレの部屋に連れてけば毛布と薬がある。そこに寝かせれば。・・・時雨」
「・・・はい」
「一応、お前も診てくれ」
「はい、オーナー」
呼びかけに応えて現れた男は、少年の前に屈みこんでその目を診た。
「救急車を呼ぶほどではない、と思うんだが」
「そう思います。雨で濡れたんでしたね?」
「ああ」
「体が冷えたのが、なにより悪かったんでしょう。とにかく暖かくしたほうがいい」
「そうか。分かった」
壁にかけられたいくつかの鍵の中から一つを取って、躯は上への階段へ向う。
振り向いて、蔵馬を見た。
「お前は表へ。幽助も。時雨、そいつを上まで。それに薬を飲ませたら戻る」
はい、と答えてまず動いたのは時雨だった。
小柄な少年を抱きかかえると、躯に付いて控え室を出た。
「時雨って・・・?」
幽助に近付いて、蔵馬は小声で問う。
幽助は腕組みをして時雨の行ったほうを見た。
「元、医者だったらしいって話を聞いたことがある。けど、詳しいことは俺も知らねえ。躯への忠誠心が厚い理由もな」
「・・・躯は、何か持病があるんですか」
「それは知ってる。頭痛持ちだってさ。偏頭痛だったかな」
「なるほど、アスピリンあたりを常備してるんですね」
「あ・・・?」
「アスピリン。鎮痛解熱薬です。・・・痛み止めで、熱冷ましとしても使える薬ですよ。・・・さて」
蔵馬は顔を上げて控え室を見渡した。
「開店時間です。持ち場に行きましょう」

6.

飛影が目を覚ましたとき、そこには見慣れない天井があって、彼は目をしばたいた。
「起きたか」
辺りは、白熱灯の光で柔らかに明るかった。
目だけで見回すと、飛影の寝ている場所から低いテーブルとソファを挟んだその先、どっしりした木製の机の向こうに、声の主は座っていた。
「具合はどうだ。寒気は」
室内には外からの光も差し込んでいて、躯の顔を淡く照らしている。
「・・・なんともない」
「そうか」
躯は、ふっと笑った。
「・・・ところでお前、見事に何にも持ってないんだな」
「あ?ああ・・・」
「連絡先が分からなくて困った」
躯は手にしていた書類の束を置いて、少年のほうを向いた。
「いくつだ」
「は?」
「歳だ。お前、いくつだ」
「・・・17」
「帰るところはあるのか。・・・いや、あるんだろうが」
飛影は返答をためらった。
躯は立ち上がって、寝ている飛影のところへと近寄った。
「働いてみないか。ここで」
「えっ・・・?」
自分を覗き込む躯の後ろに、少しずつ明るくなっていく空が見える。
「ここで、働いてみたらどうだ」
その響きは、『おはよう』とでも言ったかと疑うほど何気ない。
「まだ高校なんだろう?高校には黙っていたらいい。休みの日だけ、ということも可能だ。・・・どうする」
飛影は、高校生だと認識している相手にそういうことを提案する、この躯という奴の神経を疑った。
「接客は、させないほうがいいな。というか、するな」
「どうして」
躯は吹き出した。
「法律違反だからさ。どうしてもしたいんならさせてもいいが・・・その方が、稼ごうと思えば稼げるしな。だが、大っぴらにはさせられない。オレも自分の首は絞めたくないんでね。で?どうする。来るか?」
・・・後から何度思い返しても、気の迷いだったとしか思えない。
飛影は、頷いていた。



作者よりコメント
悪かったのは、『虫の居所』ではなく『具合』だったんです。というオチ。
すいません、安易で。
だけど、そうでもなければ、躯がなんで飛影を拾うことにしたか、自分の中で説明をつけられなかったんです・・・
そのせいで、躯がへろへろになってる少年をほっとけない、いい人になっちゃった、というのが、ちょっとだけ悔しい。
でも、へろへろになってるのが飛影だから躯は拾ったということで、どうかよろしく。

企画部屋のイラストを見て、「クラブ百足」を読み、イラストを見直して。
しばらく経ったころ、『脚を投げ出して座る濡れ鼠の飛影と、レインコートのポケットに手を突っ込み、向かい合うように立って見下ろす躯』という図がふっと頭に浮かびました。
それが、「プロローグ」と、躯視点での出会いの場面になったんです。
その前後関係を書いていって、この小説ができました。
ひとえに、あくびさんのイラストと小説のおかげですv

『飛影が黒猫という喩え』ですが。
『黒』というのは説明いりませんね?
ただ、人間という設定なので、いくらなんでもトカゲとか龍とかは使えない。
そんなもんが転がってても拾わないと思うし。
(拾いますか。捨てトカゲって。・・・そもそも捨て龍ってなに)
猫に例えられるのは、どちらかというと女の人の場合が多いけれど、飛影には猫っぽさがあるようなきがして・・・独りが基本というか。
犬っぽくはあんまりない気がしたので、猫にしました。

登場人物に時雨を加えたのは、スタッフの中に躯の崇拝者を置きたかったから。
あの年恰好の人がホストって。
しかも元医者。
一体どんな経緯があって・・・?(←考えてない)
何で時雨にしたかといえば、第一に彼の見た目が私好みだからです。
あとは、『躯の崇拝者』と言って違和感がない人だから、かな?

私はこのssを、あくびさんの書かれた「CLUB百足」がエピローグのつもりで書きました。
もうちょっとネタがあるので、また書きますね。



shower おまけ

「あいつ・・・飛影を雇うことにしたから」
と、次の日躯が言ったことに、クラブのスタッフは様々な反応を示した。
「あれ、雇うつもりで連れてきたんじゃなかったんですか?」
と言ったのは蔵馬である。
躯は首を傾げた。
「え?雇うつもりだと思われてたのか?」
「俺はてっきり、そうだとばかり。違ったんですか」
「うん、そうだな。具合悪そうなのが店の前にいるのはまずいと思って、中に入れることにしたけど、その時はそれ以上のことは考えてなかったな」
「へえ、じゃあ気が変わったんですね」
「ああ。なんとなく、見てて『こいつ使えそうだな』と思ったんだ」
「使えそう・・・ですか」
「骨がありそう」
「なるほど」
「でもさ、ありゃどー見ても未成年じゃねぇ?いいのかよ」
自分も実は未成年のうちに雇われ始めたくせに、幽助は知ったような口をきく。
もっとも、スタッフの大半がそう思ったから、誰もそこに突っ込まなかった。
躯は、ちらと幽助を見下ろした。
「検査が入ったときは裏方に回す。それに、ホールにいても接客はさせない」
「そんなんでいいわけ?」
「お前も前はそうだっただろうが」
「・・・、いいのか・・・」
「彼、高校生くらいですか。学校や親は」
時雨が静かに尋ねた。
「休みの日だけ来る。学校へは、届け出なければ、ばれない」
「ばれないって・・・いいんですか?」
「いいさ」
時雨は畳み掛けたが、躯の答えは、取り合っていないようなものだ。
「ほんとにいいんですか?躯」
親のことに答えていない、と気付いていたが、蔵馬はそう聞くに留める。
「大丈夫だよ。・・・もし何かあったら、責任はオレが持てばいい」
蔵馬は、むっと唇を歪めた。
「あなたはそれでいいかもしれないですけどね。あなた以外のメンバーが困るんじゃないですか?」
躯はそれを聞いて、見下ろすように笑みを浮かべた。
「こういうとき、お前を引き抜いてよかったと思うよ」
「・・・ありがとうございます、と答えるべきなんでしょうね」
「ずいぶん嫌そうだな。」
「こういうとき以外で、ぜひ評価してください」
躯はくすくすと笑い出した。
「そうだな?そうするよ」
そして、当分は法律に触れないように配慮しよう、と躯は言った。

(というか、なんでこういう話をしてるときに本人がいないんだ?)
従業員たちの頭の中でそんなことがめぐったが、それを誰も口にしなかった。
結局、彼らにとって法律や当局より、躯のほうが怖いのである。



作者よりコメント

飛影の家庭環境は、原作どおり、父は不明で母は死亡している、としています。
彼は遠い親戚に、妹はとある施設に、それぞれ引き取られています。
飛影を引き取った親戚は、高校へ通わせているくらいですから、十分世話しているといえると思います・・・ですが非常に放任。
家に帰っても帰らなくても、犯罪に手を染めたとか借金を作ったとかでもない限り、何も言わないのでしょう。

“ shower ”には、「にわか雨」「雨が降る」という意味があります。
(もちろん日本語でいうところの「シャワー」という意味も。)

“ shower ”には、もう一つ意味があります。
それは、「雨のように(大量に)降り注ぐもの」「注ぐこと」という意味。
「降り注ぐもの」には、もちろん雨・雪も含まれますが・・・
弾丸も、言葉も、キスも、愛も、すべて“ shower ”。
後ろになっていくと、甘ったるくて恥ずかしい ><



あくびの感想

ま、まさか「企画」のページから飛び出した、『躯=ホストクラブのオーナー』ネタがこんな素晴らしい小説に発展するなんて!
彼等の設定は美味しいと思いつつも、誰か書いてくれないかなぁと甘い期待を持っていたのですが、
みかささんの手によってホスト躯が誕生するなんて!しかも続編まであるんですよ。こんな幸せ、あっていんでしょうか・・・。
みかささんに大感謝です!!

登場人物も躯・飛影・幽助・蔵馬・雷禅と、時雨 (時雨も渋くてモテそうですね〜!)という豪華版で、 躯が飛影を拾う場面、という、一生懸命虚勢を張るけれども、 躯サマに引きずられていってしまう飛影が、prologueにあるとおり 「黒猫」の姿とかぶってしまいました。そして色んな" shower "が所々にちりばめられていて、場面場面によって様々な役割をしているのも見ものです。
躯サマが飛影を見つけて話しかけるシーン、 思わず飛影が口ごもってしまう程の存在感がひしひしと伝わってきました。 みかささんの書かれる躯サマは、匂いたつような威厳に満ちていて かっこいいです♪ CLUB百足内の描写も細やかで、店内の風景や外の様子まで手にとって わかるようで、とても嬉しかったです。 こんな小説を頂けるなんて、私は幸せ者です。