食べ物に飲み物はふんだんにある。歌も音楽も踊りもある。飛び交う話し声、絶えない笑い声。祭りの只中にテイルスはいた。
それでいてテイルスの周りには淀んだ空気が漂っていた。懸念しているのは、最後に行われる儀式。
話によると彼は炎によって肉体を捨て魂を精霊へと昇華させるのだという。でもテイルスには到底信じられない。正直、どうでもよかった。
心に空洞ができてしまったかのように、ただ逝ってしまう友の様子を漠然と眺めていた。彼は笑っている。
まるでこの後に待ち受ける出来事を知らないみたいに。

「テイルスも飲んだら、どう?」

周りからそんな誘いが何回もあった。アルコールは口にしないと決めていたから全て同じ返答をした。
そしてその度に、このヒト達は一体どういう神経をしているんだろうと思う。



このあとヒト一人死ぬのに。



祭りはついに儀式へと移行した。全員、木で作られたあのやぐらの所に移動する。重い足取りのためテイルスは最後尾を歩いた。
到着するとすでに彼は作られた魂送台という木製の台に上り、見送りの村人を見下ろしていた。そこは、僕らが力を合わせてつくった場所。
伝統ある儀式。選ばれたことはこの村にとって誇れる事なのだという。彼の目に憂いの光や死への恐怖は見られない。
そしてその目は煌きを反射しはじめた。火がつけられたのだ。一緒にあがって行った者が一言二言、祈りを終えてすぐのことだった。
燃えやすいようにできている儀式台はあっという間に燃え広がり、炎に包まれ彼の姿が見えなくなってしまった。
何もかもが終わった。放心していたテイルスだったが、揺らめく炎の隙間から一瞬顔が覗き、彼と目が合った。
瞬間、思いが一気に込み上げ、胸が張り裂けそうになる。








死なせちゃダメだっ、助けるんだ!




















「うわあああぁぁぁぁ!」


















声を上げ群衆を飛び越え燃え盛る舞台へと飛び込んでいった。友の下へ。炎の中は高温と煙と光で目など開けていられない。
無我夢中、手探りだ。でも見殺しなんて絶対できない。助ける!体に火が燃え移りそうになっても構うことなく、必死で探した。
そして彼の手を掴んだ。身を焼く熱さの中おかしな話だが、ほっとするような温もりを感じ確信した。一気に引っ張り外まで無理矢理連れ出した。
二本の尻尾を全力で回転させ脱出し、火炎から離れ、荒々しく着地した。彼はまだ生きている。無事だ。多少の火傷はあるが命に別状はない。





彼は目を開けた。テイルスはその目をじっと見つめ返した。今は軽い酸欠を起こし少し朦朧としているようだが、
後で事の重大さに気が付いたときになんと思われようと構わなかった。たとえ怒りや恨みで満ちた目で見られてもテイルスは耐えるし、
どんなに罵倒され悪態をつかれてもそれを受け入れるつもりだ。自分は友を助けたかったし、
その結果彼らの信仰を冒涜することになるは承知の上でやったことだ。儀式は台無しだ。















「テイルス・・・」














横たわったまま弱弱しく口にした、その名は果たして友に向けてなのだろうか。
後に続く言葉には、邪魔をした非難の言葉が出てくるものだと予期していた。
テイルスは純粋に、自分が大切だと思う相手には生きていてほしいだけだったから、罵声を浴びる覚悟はできていた。でも彼の言葉は違った。

























「ありがとう。」

























背後に村の衆が集まってきた。ざわざわと騒がしかったが、大きく動揺したり敵意を持っている様子は感じられなかった。
群集から一人が先頭に現れた。アトラージだ。








「これで儀式は完了です。本当は生贄は必要ではないのです。」








予期していない、場にふさわしくない言葉が飛び出た。一体何のことを言ったのだろう。
泡食っているテイルスはすぐに理解は出来なかった。懸命に今の言葉を頭の中で繰り返す。

生贄が要らない。

レナルドは呆けたまま覆いかぶさっているテイルスを避けて立ち上がり、アトラージの説明の続きを話し始めた。






「この儀式はね、人望を試すものなんだ。クゥ神が島の外からひとりを選び出す。新族長に選ばれた者はその人物と信頼関係を築けるか試される。
それができなければ本当にあのまま焼け死ななければならない。」








内容が飲み込めないテイルスに構うことなく一気にしゃべった。魂送台が今大きな音を立てて焼け落ちた。







「外の人間とすら信頼を築けるのならその人望は本物。村の者となら尚更頼れる人物である証明。」
「逆にできないのなら族長の器ではないということ。」




















全ては外からやってきた自分が鍵を握っていたとのこと。話を聞き終えて、テイルスはゆっくり立ち上がった。
レナルドと友達になったこと、彼の村に招待されたこと、隔てなく接してくれた村人や他のことは、初めからこの儀式のために。
そしてレナルドが死にかけたのはクゥ神の仕業。
初めて明かされた神の名。でもテイルスにはすでにその存在の見当が付いていた。














「じゃあ、じゃあ、何なんだっ、試すような真似ばかり!」












跳ねるように飛び立ち、テイルスは一目散に山へ向かった。人だかりを飛び越え、森の上をヘリテイルで越え、真っ直ぐ。
レナルドたちをそのままにして、あの小さなほこらへ。






彫像は変わらず佇んでいた。テイルスはその正面に立つ。呼吸は乱れ肩で息をしていた。
興奮は冷めず心臓の鼓動が早い。自分の耳にも聞こえる音でドクン、ドクンと血流を送る。
これまでにも同様にして外界から人を呼びこうした儀式を行わせてきた神だ、こちらの事をずっと見ているはず。
そうしてこれまでも幾人もの命を「精霊」にしてきたんだ。
自分もそれに導かれるまま誘われるままやってきたのだ、それほどの力を持つ存在なら、逆にこちらの声も聞こえるに決まっている。

テイルスは口を開けた。命を軽く見る行いに対して怒りをぶつけるつもりだった。しかし声が出てこない。

立ち尽くす彫像は雨風に打たれひどく傷んでいる。長い長い時間ここに居続けた像に対しテイルスは言葉が見つからないでいる。
それは容易なことではないのだった。





膝ががっくりと折れ脱力したように座り込んだ。何も言えない。言う資格が無いことがわかってしまった。全てはこの島で生活するための事だった。
無償に空しくなって、涙が頬を伝い、太ももに垂れた。


結局一言も発せずに立ち去った。敗北感に似た感情を抱きながら、テイルスは緑火石のことを思い出していた。
帰り道は歩いた。鉛が足に付いているかのような力ない歩みで。その道中、追いかけてきたレナルドたちと出くわした。



















「気付いてたんだね。」

















荒い呼吸のレナルドが言う。特に言葉は返さない。さっきのことでまるで言葉を落としてしまったような、そんな気もしていた。






「そう、あの像は僕らの神、クゥ神をかたどった物だ。キミを呼びつけ、さっきの儀式を執り行わせた神様の姿だよ。」






自嘲気味に話し出す。彼がそうしたいだけだった。ずっと後ろめたい気持ちを引きずって接してきた反動だってすぐにわかる。






















「そしてその近くにあるのは、精霊、ううん、ちゃんと言うね。あそこにいるのは、儀式の犠牲者たちの霊。」
「・・・わかってる。」
















だからあえて、今出来うる限り明るく、この言葉を返す。


「村に帰ろうよ。」

















































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不要の生贄。不動の彫像。
生きて欲しいんだ。

次で最後。